19.予言
「時系列順に行くと、食人怪鳥の襲撃までさかのぼるんだけど」
思ったよりさかのぼった。でもあれは、まだ昨夜のことなのだ。ハリラオスがうなずき、「続けろ」と言った。まじめな表情で椅子に座っていれば、ハリラオスも精悍な王に見える。
「前に、食人怪鳥は群れで行動するって言ったことがあるわよね。でもやっぱり、人里まで降りてくるなんて珍しいの」
「……まあ、そうだろうな。あれから俺も記録を調べてみたが、王都にまで魔物と呼ばれるものが出ることは、一人の王の治世で一度あるかないかくらいだ」
「お、さすがはお兄様。そうなのよね。半世紀に一度あれば多い方。まったくでないこともあるようだし」
やはり、ハリラオスとサフィラは兄妹だ。若干妹の方が現実が見えているが、勉強熱心で洞察力もある。
「つまり、すでに二度も襲撃があった今回、ハリラオス陛下の治世が乱れている、ということですな」
「おい」
ヴァイオスがふざけてそんなことを言うのでハリラオスが彼を睨んだ。もちろん、ハリラオスも冗談だとわかっているだろう。ヴァイオスも笑って「失礼いたしました」と頭を下げた。
「陛下がシスコンであることをのぞけば、文句の付けどころのない優秀な王であることはわかっておりますよ」
ハリラオスは何も言わなかった。そして、シスコンであることも否定しなかった。やっぱり自覚はあるようだ。
「続けていい?」
話をそらされてしまったサフィラが『まじめな話』を再開する。
「まあ、ヴァイオスの言うように、すでに二度も襲撃があったのよね。ってことは、やっぱり誰かが後ろで糸を引いていると考えるのが自然」
そこまで言われると、アルキスには脳裏に浮かぶ者がある。
「もしかしてあの、『魔女』とか言っていた女のことですか」
「そう。自称魔女メデイア。メデイアって神話にある魔女の名前でしょ。怪しさしかないわよね」
と、サフィラはバッサリ切り捨てた。胡散臭いのは確かである。しかも、予言まがいの言葉を残していった。
『エルピスは滅びへ向かう。生きるか死ぬかはサフィラしだい』
彼女はそう言っていた。サフィラは包み隠さずにそのことを告げ、ハリラオスとヴァイオスに意見を求めるように首をかしげた。
「どう思う?」
「往々にして、魔術師はともかく、予言者と言うのは偽物が多いので」
ヴァイオスが言った。自称『予言者』が多いのが事実だが、本物の予言者がいないわけではない。
「まあ、あの女が何者かは良くわからないけど、魔術師であるのは確か。一応、神官たちに手伝わせて魔術師に結界を張り直させているけど、もともとの結界をぶち破ってきたからね」
そう聞いてアルキスはふと疑問に思った。しかし、その疑問を口にする前に、ハリラオスが口を開いた。
「しかし、お前たちは自分で結界をといたのだろう? 破ってきたも何もないだろう」
冷静な指摘だ。目の前で見ていたアルキスもそう思った。だが、サフィラはそうではないのだと首を左右に振る。
「メデイアは近衛騎士に扮していたわ。つまり、結界が解かれるより前に城内に侵入していたってこと。特に、今はお兄様たちの式のこともあって、警備が厳重だわ。宮殿を訪れる者は、必ず城門前で一度止められる。使用人に関しても同じだわ」
「……確かに、下働きに関しても身元確認を徹底していましたが……」
実際に警備を担当したアルキスが言った。担当した、というか、今もしているが。
「ってことは、どこかをすり抜けてきたってこと。私の結界も、アルキスの警備体制もね」
「……面目ありません」
「あなただけのせいじゃないわ。私も、二重の砦になってたはずなのに」
と、サフィラとアルキスは二人一緒にうなだれた。しかしまあ、過ぎてしまったことは仕方がない。
「……まあ、新人が入る頃なら、それに合わせて侵入してきたと言うことも考えられますが」
「このところは急に人を増やすと言うことをしなかったからな」
ヴァイオスとハリラオスも相槌を打った。実際に担当しているのはサフィラとアルキスであったが、この二人も少なからず関わってきているので、やはり気になるだろう。
式の間は、城内に信用できるもの、今まで仕えてきたものしか置かないようにしようと言うのが暗黙の了解であった。ハリラオスの戴冠式の時もそうであったし、それにサフィラも納得していた。
そのため、どんなに人手不足でも人数は最低限しか増やせなかったのだ。だから、リダがサフィラの護衛を外れ、クリュティエにつくと言う事態になっている。そして、今朝方起きた事件のせいで、その期間は再び延長されている。
「そのメデイアと言う魔女。何のために危険を冒してまで宮殿に潜入したのでしょうか」
ヴァイオスが確認するように言った。サフィラが「さあ?」と首を傾げるので、代わりにアルキスが所見を語った。
「あくまで私の私見ですが、あの女。姫様に関心があるようでしたね」
「……まあ、それは否定しないけど」
サフィラがお前なんで言うの、と言わんばかりにアルキスをじとーっとした目でにらんだ。案の定、ハリラオスが「何っ!?」と声を上げる。
「俺の妹はそんなにモテてしまうのか!」
違う。反応する方向が違う。ツッコミを入れようかとも思ったが、話がややこしくなりそうな気がしたのでやめた。アルキスだけでなくサフィラとヴァイオスもハリラオスをスルーして続ける。
「たしかにうぬぼれでなければ、アルキスの言うとおり、私に関心があるみたいだったけど……食人怪鳥騒ぎも、私がその、襲われかけたこともそれで一応説明がつくし」
サフィラが少し戸惑い気味に言った。説明しようか迷っているようだったが、男性陣の三対の目に見つめられ、彼女は口を開いた。
「……少し調べれば、私が魔術師だってわかるもの。そして、私が王女で指揮権がある以上、食人怪鳥なんて異形が出て来たら、まず私が出張ってくるのは簡単に想像できる。それに、レアンダー侯爵子息が殺されたのは、口封じ」
「と言うと?」
「あとから落ち着いて考えてみたら、彼、様子がおかしかったもの」
いつの、とはサフィラは言わなかったが、たぶん、自分が襲われかけた時のことだろう。その時怖がって泣いていた少女とは思えない冷静さを発揮しているけれど。
「たぶん、精神汚染か何かで操られていたんだわ。でも、彼が死んだ今、確かめるすべはない」
「……死亡解剖でも?」
「魔法は目に見えないもの。私が直接会って、話をすればわかったんだけど」
つまり、彼女はテオドールが生きていれば会って話をした、ということだろうか。これはもう度胸どころの話ではない気がするのだが。
「……メデイアは胡散臭い予言をしていったけど」
サフィラの話が完結に向かおうとしている。アルキスはそう感じたので、口を挟まずに黙って聞いていた。
「古くから予言は存在するし、たいてい『あたる』とされるわ。でも、予言なんて、いくらでも『作ることができる』。そう。状況を見て情報を分析し、ありえそうな未来を告げる。そして、あとは本当にそうなるように自分を力を貸せばいい」
サフィラはどこまでも現実主義者であった。魔術師と言う、非日常的な能力を持っていても、彼女の本質は現実主義者である。
中には本物の予言者もいるのかもしれない。しかし、サフィラは自身も魔術師でありながら、メデイアの言葉は予言ではなく、ただの『予告』にすぎないと言う。
予告なら……止めることは、できる。自作自演と言うのなら、それをやめさせればいいだけの話なのだから。
「過去にも、予言者や占い師を信じ込んで身を滅ぼした王や国はいくらでもあるわ。でも、お兄様はそれはないわね」
「むしろシスコンで身を滅ぼすかもしれませんな」
と、ヴァイオスがいらないことを言う。だが、ハリラオスが「俺はサフィラの為ならいくらでも国を動かそう」などときりっとした顔(当社比)で言ったので、こいつ駄目かもしれない。と思った。
「……それは置いといて。とにかく。メデイアについては対処できるってこと。まあ、動きがわからないから大したことはできないけど、彼女の対策も私が考えておくから」
「ああ……いつもすまんな」
「適材適所が一番効率がいいわ」
と、ハリラオスのねぎらいにサフィラは素っ気なく答えるが、彼女は微笑んで兄を見ていた。
「私も、お兄様のことは大好きだから」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ひとまず一段落。ハリラオスもシスコンですが、サフィラもブラコン(笑)




