18.翌日
翌日、宮殿内で殺人事件が起きた。披露宴のあと、サフィラを襲ってくれやがったテオドール・レアンダーが被害者である。彼は侯爵子息で、身分だけで言えば何とかサフィラとの結婚を要求できる。まあ、ハリラオスが許さないだろうけど。
テオドールの遺体は、宮殿の小さな礼拝堂に逆さづりにされていた。すでに血は固まっていて、死後かなりの時間が経っているのだろう。手を下した犯人の残忍さに、サフィラが悲鳴を上げるほどだった。
「……死亡解剖、しようか」
などと遺体をおろし、調べている近衛騎士たちに言うサフィラだが、その彼女はアルキスの背中にくっついている。不寝番をしたアルキスだが、一日徹夜したくらいではどうともならないくらいの体力はある。
変人で通っているサフィラのかわいらしい行動に、近衛騎士たちは複雑そうにしながらも、やはり微笑ましいのか頬が引きつっている。いや、これはサフィラに引っ付かれているアルキスを笑っている可能性もあるか。
「それは普通に医者にしてもらいますから、姫様は戻っていてください」
と、さりげなく追い出そうとしたが、サフィラはその場を動かなかった。彼女がくっついているのでアルキスは思うように動けないのだが、怖がりながらも真剣な表情で『観察』しているサフィラに、アルキスはため息をついてあきらめることにした。
「ご苦労」
無駄に威厳のある声であいさつをしたのは新婚であるところのハリラオスだ。アルキスを含めた近衛騎士たちが一斉に礼をとる。アルキスは片手をサフィラに握られていたので、不自然な格好になったが。
「……レアンダー侯爵の息子だな」
テオドールの遺体を一瞥して、ハリラオスは一瞬でそう判断を下した。すぐそばにいるサフィラを気にしつつ、アルキスは端的に言った。
「それと陛下。こいつです」
ちらりと視線をサフィラに投げれば、ハリラオスにも理解できたらしい。眉間にしわがより、険しい表情になった。が。
「さすがに死者に鞭打つまねはできんな……」
ある意味、サフィラに死亡解剖されるのが一番テオドールには堪えるかもしれない。
「それにしても」
自分もある程度状況を調べた後、ハリラオスはアルキスと、その隣のサフィラに視線を向けた。来るな、と思った。
「近すぎやしないか、お前たち」
「……」
言われると思った! アルキスはサフィラを見たが、サフィラはハリラオスを見ていた。そして、何を思ったか、アルキスの腕に抱き着いてきた。
「アルキス!」
「なんで私!」
くっついてきたのはサフィラであるのに、怒鳴られたのはアルキスだった。いや、わかってはいたのだが! ハリラオスが極度のシスコンであると! 結婚してもそれは変わらないらしい。
「お兄様……そろそろそれ、何とかした方がいいと思うの」
サフィラがいう『それ』とはシスコンのことか。と、アルキスは心の中でつっこむ。
「……まあ、結婚しましたしね……」
心の中だけ、と思ったのだが、思わず口をついて出た。ハリラオスがぐっと息を詰める。
「だが……しかし!」
ハリラオスにとってサフィラはまだ小さな妹なのだろう。彼女がどれだけしっかりしていようと、彼の中でそれはゆるぎない事実なのだ。実際、一回り年が離れているし、気持ちはわからないではない。
「……まあ、姫様は陛下が結婚されたので、お寂しくて私になついてきてるだけですよ」
たぶん。そんな言い訳をしてみる。ハリラオスが「そうなのか」とサフィラに顔を向けた。
「うーん。どうなんだろう」
と、サフィラはアルキスを見上げる。いや、自分のことなんだから自分で考えないと。
「陛下、姫様、隊長。検分が終わったんですが……」
近衛騎士にそう声をかけられ、アルキスたちはここが殺人現場で遺体の前であることを思い出した。
△
昨日結婚式があったが、翌日である今日からは通常営業だった。というか、通常営業に戻らざるを得なくなった。殺人事件などと言うものが起きたので。
会議場所はいつも通りハリラオスの執務室だ。部屋の主ハリラオスと、その妹サフィラ。さらに近衛隊長のアルキスと宰相ヴァイオスの四人がたいてい話し合う。
「議題は大きく分けて三つ。まず、お義姉様が戴冠したから、宮殿の体制を見直さなきゃならない。二つ目、昨日私たちがぶっ壊した広場の修理について。最後に……今朝方起こった殺人事件」
仕切っているのは何故かサフィラだった。サフィラはちょっと影の支配者っぽいところがある。
「早急の問題としては、宮殿内の体制についてですな。広場は見てきましたが、しばらく放っておいても城が崩れるようなことはないでしょう」
「殺人事件については、近衛隊が捜査中です。姫様の助言で、魔導師にも手伝ってもらっています」
ヴァイオスとアルキスが告げた。ハリラオスは「そうか」とうなずくとちらっとサフィラを見た。サフィラが「はーい」と返事をする。
「まず、宮殿の体制に関してだけど、大きくは変えないつもり。まあ、頭が私からお義姉様にすり替わるだけよね。宴の手配とか、庭の整備とか」
おそらく、サフィラは渡せる仕事はすべてクリュティエに渡してしまうつもりなのだろう。アルキスもそれでよいと思う。そうすれば、サフィラの負担が軽くなり、より内政に力を入れられるようになる。
「では、そちらはサフィラに任せていいか?」
「うん。大丈夫。むしろ、お兄様がやってもわかんないでしょ」
サフィラが相変わらず心をえぐるようなことを言ってのける。いや、地いつだけど。ハリラオスはある程度サフィラが成長した後は、彼女に宮殿のことをまかせっきりだった。
「あ、でも、使用人の雇用とかはお兄様を通さないとだね。警備体制の見直しもしたいから、アルキスも手伝ってね」
「それは俺も見よう」
「お望みとあらば」
ハリラオスとアルキスがそれぞれ答えた。とりあえず、一つ目の問題はサフィラに丸投げと言うことになった。
二つ目の広場である。アルキスも壊した一人である自覚はあるので、少し居心地が悪い。いや、八割がたの破壊活動をしたサフィラは平然としているけれども!
「先ほども言った通り、すぐに復旧する必要はなさそうです。しかし、一応工事予定を立てて見積もりを作ります」
「支出計算は任せて」
と、ヴァリオスにサフィラが微笑みかけた。逆に言えば、支出計算しかしないわけですか。でもきっと、工事が始まったら口を出してくるのだ。
「殺人事件については目下捜索中ですので、進展があればお知らせします」
アルキスはそう言うほかなかった。彼自身が捜査に関わっているわけではないし、まだ事件発覚からそれほど時間が経っていない、というのもある。
「わかった。それぞれ、ある程度まとまったら報告を頼む。……と、サフィラ、お前、大丈夫か?」
「え? 何が?」
心配するハリラオスにサフィラがキョトンと首をかしげた。『大丈夫か』に当てはまる事例が多すぎるのだろう。猟奇殺人現場を目撃したことか、男に暴行を働かれそうになったことか、それとも怪鳥退治のことか、はたまた結婚式に関して頑張りすぎたことか。
「……全部だな」
結局、ハリラオスは漠然とそう答えた。サフィラは「うーん」と首をかしげる。
「式の手配とか、怪鳥のことなら平気。殺人事件とかのことなら、アルキスが一緒にいてくれたからやっぱり平気」
「……そうか」
と、ハリラオスはサフィラに優しく微笑んだが、ついでアルキスを睨んだ。その視線は、「お前、いい気になるなよ」と言っているようだった。アルキスの被害妄想かもしれないけど。
「ちょっとお兄様は最近アルキスを睨み過ぎ! っていうか、結婚したんだから、私じゃなくて奥さんを構いなよ~」
と、サフィラがアルキスに抱き着きながら言った。たぶん、甘えられているのだろうが、再びアルキスを睨んだハリラオスは、次いで何故か泣きそうな表情になった。
「……自分が結婚して、いつか本当にサフィラが俺の手元から離れていくことになるということを改めて認識した……」
「そりゃそうだろうね」
サフィラがうんうん、とうなずいた。二人っきりの兄妹だ。共依存するのもわかるし、王族と言う立場上、二人とも結婚せざるを得ないこともわかる。何度も言っているけど。
「でも私、結婚するならホントにアルキスがいいな。一緒にいて落ち着くし、何より私が宮廷書記官長を続けることも絶対に認めてくれるでしょ」
「アルキス!」
「だからなんで私!」
何故か怒鳴られるのはいつもアルキスである。ちなみに、サフィラはアルキスにぺとりとくっついたままだ。そのくっつき方も色を含んだものと言うより、子供がじゃれ付いてきているような感じだ。だが、その体の柔らかさは子供のものではない。
「なるほどぉ。姫様はやはり、アルキス殿をご所望ですか。まあ、こちらも落ち着くべきところに落ち着いたと言ったところでしょうか」
ヴァイオスが楽しそうに言う。このままだと彼は本当にサフィラとアルキスの縁談を進めそうだが、以前は前向きに検討します、だったサフィラが、それでもいい、という方になってしまったので、これは本当に進められたら決まってしまう。まあ、アルキスの両親は喜ぶだろうが。
「まあ、そう言うのは置いといて。まじめな話していい?」
先ほどまでアルキスに抱き着いてぷくっと膨れたりしていたサフィラが、座りなおしてそんなことを言い出したので、思わず男性陣も居住まいを正した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ストックがなくなってきていますが、そろそろ完結に向かっていきます。




