16.事件は続く
朝から騒ぎ続きでさすがに疲れてきたアルキスである。軍服の正装に着替え、彼は着飾ったサフィラを連れていた。と言っても、時間がなかったので淡い緑のドレスに装飾品をいくつか付けただけだ。髪をセットしている時間がなかったので髪はおろしたまま。髪飾りはしていたが、化粧はほとんどしていない……と思う。まあ、特に化粧をせずともサフィラは美人であるが。
奥の方からこっそり入ったアルキスとサフィラは宴会場の盛り上がりように「おお」と引く。入ったタイミングが悪かったのかもしれないが、みんな盛り上がっていた。
「姫様。アルキス」
二人に気付いて呼びかけてきたのはリダだ。彼女はドレスではなく護衛用の軍服を纏っている。よく似合っていた。
「外はもういいんですか?」
「とりあえず終息したからこっちに来たの。盛り上がってるわね」
「ええ……アグニ公爵が盛り上がりまして」
言われてみれば、酒の入った杯を片手に号泣しているのはクリュティエの父アグニ公爵だ。なるほど。なかなか片付かなかった末娘が王妃に収まり、勘当のあまり泣き出してしまったらしい。
「うん……まあ、しょうがないのかもしれないけどさ……」
やっぱり引き気味にサフィラは言った。アルキスも苦笑を浮かべ、「アグニ公爵は人柄も良いですし、娘が王妃になっても口を出してくるようなことはないでしょうね」と言った。
「そうねー」
サフィラも同意のようで、うなずいた。まあ、この国に置いてハリラオスとサフィラに逆らおうなど自殺行為にも等しいのだが。
「ところでお二人とも。おなかすきません? クリュティエ様……おっと、王妃様が気を使って食事をとって置いてくださったんですけど」
と、リダはすでにクリュティエを気に入っているらしい。この宮殿にいる人間の約半数がそうだが、彼女の基準は『サフィラをどう扱うか』で決まるのである。こうしてサフィラに気を使ってくれるクリュティエの評価はかなり高いと見た。
「せっかくだし、いただこうかな」
サフィラが言った。アルキスも一緒に、と誘われて、二人がリダに案内されたのは会場の少し暗い部分、あまり目立たないところだった。そもそも会場自体が薄暗いのだが、主役からも楽団からも遠いのでより暗く感じるのだろう。
ちなみに、前にも説明したとおりこの国の宴はテーブルに椅子を並べる方式と、床に絨毯やクッションを敷き、そこに直接座る方法がある。今回は後者だった。
クッションにもたれかかったサフィラが誰かに手を振った。どうやらクリュティエ、ハリラオスの二人と目があったようだ。アルキスもハリラオスと目があったので軽く会釈する。そろそろ慣れてきたが、睨まれた。新郎のする顔ではないと思うのだが。
ハリラオスが不機嫌なことなど気にするか、とばかりにサフィラが食事を始める。アルキスも見習って皿を手に取った。少し冷めてしまったが、スープをすする。冷めてもおいしかった。
サフィラは早々にデザートでもある果物を手に取る。基本的にいいものを食べているサフィラも「おいしいわね」と微笑む。
「姫様」
アルキスもだいぶ腹が満たされてきたころ、侍従の一人がサフィラに声をかけた。披露宴中なので小声でサフィラも「何?」と尋ね返す。
「その、壊れた広場のことですが……」
「ああ、片づけ終わった? 見に行くわね」
「ご一緒します」
サフィラが立ち上がったので、アルキスも立ち上がり、様子を見に行く。
「結構派手に壊しましたからね」
「私がねー」
アルキスとサフィラが気楽に会話をしながら広間に向かう。サフィラが珍しく魔法を行使したので、結構大規模に壊れている。
「あ、姫様」
片づけを終えて休んでいた近衛騎士が立ちあがる。サフィラが「お疲れ様」と手を振りながら片づけられた広間を見に行く。
「うーん。やっぱり明日考えようかなぁ」
片付けらると地面のえぐれ具合が良くわかる。サフィラはその場にしゃがみ込んでぶつぶつとつぶやく。
「お兄様とお義姉様の結婚式をしたばっかりだからなぁ。水路も延長したし、道も直したし、病院も建設中だし……。予算足りるかなぁ」
そこか。財政関係はサフィラにほぼ一任されているためか、彼女が財政で悩んでいるところをよく見る。
「よし。やっぱり明日、業者と相談して考えよう。アルキス。警備の見直ししておいてね。私は先に会場に戻ってるから」
「お一人で大丈夫ですか?」
「大丈夫よー。戻るだけだし」
「わかりました。何かあれば悲鳴を上げてくださいね。どうしようもない場合はためらわずに反撃してください。急所ですよ」
男なら股間、のど仏を狙うのがベストだ。女性なら……そもそもサフィラは力負けなどしないだろう。
「……わかったけど、アルキス、お兄様みたいだよ」
「……普通にショックです」
アルキスがうなだれると、サフィラが声をあげて笑った。近づいてきてアルキスの手を取る。
「まあ、アルキスももう一人のお兄様みたいなものだし。お兄様が結婚しても、アルキスがいるからあんまりさみしくないなって」
サフィラが微笑んで手を放した。先に行くわね、と彼女は手を振り、騎士を一人も伴わずに会場に戻って行った。大丈夫だろうか……。
「ここの片づけも終わったし、警備に何人か割けるだろ。まあ、もう披露宴も終わりだが……」
普通に宮殿の警備もいる。人は多い方がいい。
とはいえ、ここにいるほとんどの近衛騎士は食人怪鳥と戦ったものたちだ。さらに警備を命じるのは可愛そうな気もする。
しかし、交代要員が来るまでは頑張ってもらわねば。
「……姫様に頼んで近衛の増員もしてもらうか……」
でもたぶん無理だ。軍資金的な問題ではなく、近衛騎士は信用できる人物でないとなれない。そんな人物が早々見つかるとは思えない。
特に、女性近衛騎士の不足は深刻だ。女性で武術をしていると言うだけで珍しいのに、さらに信用できる、となれば余計に条件が厳しい。
今まではサフィラが自分で自分の身を守れたのでさほど問題にならなかった。リダ一人しか護衛がいないのは、人数が足りないからだ。しかし、クリュティエが宮殿に入ったことで、そうは言っていられなくなった。
財政はサフィラが担当だが、軍事関係はハリラオスが担当だ。まあ、ハリラオスが気づかなくても、サフィラが指摘するだろう。
とりあえずの指示を出したアルキスは、サフィラを追うように会場に向かった。すでに彼女は会場に戻っているだろう。
「やめ……っ。やめてっ」
か細い女性の声が聞こえた。アルキスはため息をつき、その声がした方に向かった。声の調子からしてよろしくないことが行われていると思ったのだ。
中庭に面した回廊を歩いていたアルキスは角を曲がってその現場を目撃した。その瞬間声をあげた。
「何をしている!」
壁に女性を押し付けていた男がはっとこちらを見た。女性が壁伝いに座り込む。男の方は逃げ出したが、顔は覚えていたのでアルキスは女性の方に駆け寄った。
「姫様、大丈夫ですか」
おそらく未遂だとは思うが、暴行を働かれそうになっていた女性はあろうことかサフィラだった。アルキスはしゃがみ込み、サフィラに手を伸ばす。しかし、彼女が震えたのでひっこめた。
こういう場合、どうすればいいのだろうか。肩を震わせるサフィラに、アルキスはなんと言っていいのかわからなかった。
誰か……この際リダでもいいので来てほしい。サフィラの前に膝まずいたままアルキスは途方に暮れていた。
「……姫様」
もう一度呼ぶと、サフィラがアルキスにしがみついてきた。一瞬動揺したが、しかし、この方がすることがあってよいのかもしれない。とりあえず、抱きしめていればいいから。
「げっ。隊長何やってるんですか」
「ああ、ラビス。悪いがフィリス殿を呼んできてくれ」
「……わかりました」
巡回時間になったのだろう。見回りに来た近衛騎士に言伝を頼んだ。この状況を目撃されたわけだが、今はサフィラが最優先だ。「げっ」とか言われた気がするが、気にしない。……たぶん。明日には噂が広まる可能性もあるが、ハリラオスの結婚も話題に上るだろうし、そのハリラオスがサフィラに不利な噂はもみ消すだろう。
「姫様、立てますか」
こくりとうなずいたサフィラだが、結局立ち上がれずにアルキスが抱き上げた。多少は居心地がいいだろうと中庭の東屋の椅子に座らせた。だが、サフィラが放してくれないのでそのままアルキスも一緒に座った。
しがみついてくるサフィラの肩を支えながらも、これ以上どうしろと? というのがアルキスの思いである。とりあえず自分が着ていた上着をサフィラにかけた。
「アルキス殿」
「フィリス殿」
ラビスが呼んできたフィリスが合流した。彼女はアルキスにしがみついているサフィラを見て眼をしばたたかせる。
「何があったんですか?」
「いや、私も事情を聞いたわけではないんだが……」
目撃状況から乱暴を働かれそうになっていたと判断しただけだ。サフィラが落ち着くまで待つしかないだろう。
「姫様。フィリス殿が来ましたよ」
だから、そちらに引っ付いてくれと言う意味だったのだが、サフィラは応じずアルキスの胸に顔を押し付けた。ああ、化粧がつく。いや、そこじゃないけど。
アルキスはフィリスを見た。サフィラを挟んで反対側の隣に座ったフィリスもアルキスを見つめ、それから微笑んだ。
「申し訳ありませんが、アルキス殿。しばらく姫様をお願いします。陛下を呼んでまいりますね。そろそろ披露宴が終わりますから」
ガンバレ! とばかりにガッツポーズをしてフィリスは席を立った。というか、本当にハリラオスを呼びに行ったのだろうか。新婚なのに。
アルキスはサフィラを引っ付かせたまま、再び取り残された。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
忘れていましたが、アルキスは近衛の隊長でした。




