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 塚田少年が戻ってきた。重苦しい雰囲気を察してか、わざとらしく明るく務めようとしているのがすぐに分かる。

「やっぱり変ですよ」

と、飲み物を頼んでから少年は言った。

「死因は、やはり窒息死で間違いないようです。でも、殺されたのは別の場所だと感じました。カーテンレールの歪み具合が少ないこともそうですが、引きずった――これはもちろん早乙女さんを、ですが――跡が発見されたので、間違いないと思います。問題は、誰が、何故こんなことをしたのかと言うことですね」

「あともうひとつ。ロープはどうだった」

立花さんの言葉に、塚田少年は表情を暗くした。

「橋本さんが握り締めていたのと、同じものでした」

「どういうことなんだ……」

「もう、嫌っ!一体、いつまでこんなことが続くのっ」

結城さんが叫ぶ。それを宥めたのは、日向さんだった。結城さんの肩を抱いて

「取り敢えず、このメンバーの中は犯人だと思われる人物はいないということだ。だから、少しは安心して下さい」

と、静かに言う。

「少年のアリバイは?聞いていないわよ。もしかしたら、死体を調べる振りをして、証拠を消していたのかもしれないわ」

猜疑心いっぱいの声で結城さんが言うと、確かに、と立花氏が呟く。

「少年。悪いけど、君のアリバイも証明してくれないかな。鈴木さんの死後から、早乙女さんが殺されるまでの。おおよそでいいんだが」

言うと、少年は頷いて話し始めた。

「僕は、ずっと考えごとをしていました。鈴木さんの死と、今回のショウの関連を。でも考えてているうちに頭が混乱してきて……その後はずっと、医学書を読んでました」

「そんな物、持ってきたのか」

「はい。医大生は毎日勉強しないと試験には合格できませんから。だから休みの日でも、旅行中でも持ち歩いて勉強する癖が付いているんです」

「成程ねぇ……立派なものだ」

 感心したように呟いて、立花氏は私を見た。

「そう言えば、わたしもアリバイ証明をしていなかったようだ。犯人ではないとは主張していたけれど」

 言って、立花氏はあたりを見回す。全員の――しかし当初の半数にまで減ってしまった――顔を確認するかのように見て、口を開く。

「夫人のお見舞いをしていました。というのも、変なのですが……。夫人はもともとあまり体の丈夫でない方で、今回の突然の事件でショックを受けたのか、具合が悪くなったようで……倒られたのです。夫人の寝室は内側から鍵か掛けられていて開かない。仕方ないので、わたしの部屋でお休みいただいています。……こんなものでも、いいでしょうか」

「じゃあ……誰が犯人だって言うの?」

 涙声で結城さんは言った。それは誰もが考えていることだ。

「一番怪しいのは、王扇寺氏ですよね。あれだけの騒ぎになっているにも拘らず、部屋にこもったきり出てこない。いくらなんでも、普通はそんなことはしないでしょう。仮にも『ミステリー・ショウ』の主催者なのだから」

 結城さんの肩を抱いたまま、日向さんが言う。でも、と言ったのは、少年だった。

「僕が一番気にかかるのは、この邸で働いているひとたちです。一体、何人いて、どこで寝泊まりしているんでしょうか」

 それはわたしも気にかかっていたことだった。

「……ここに、今この邸にいる人全員を呼んでみてはいかがでしょうか」

 言葉を次いで私が言うと、立花氏は頷いた。

「それが最良の策だろうな」



 早速立花氏は近くを通りかかったメイドを呼んで、ここに全員を呼ぶように頼んだ。暫くして、遊戯場に人が姿を現す。

 クルーザーで迎えにきたくれた案内人、部屋割りの時に荷物を持ってくれた男の人4人、二度目の自己紹介のときに飲み物を運んでくれた使用人(男性)と、鈴木さんの死後、ここに集まった時に飲み物を運んできた使用人(女性)、橋本さんの死体を発見したメイドと、早乙女さんの死体を発見したメイド。

 そして今まで見かけなかったメイドがひとり、もうひとりいるメイドは今、夫人に付き添っているそうだ。それで全員だと、案内人をしてくれた人が言う。

 全部で10人。彼等は普段、厨房の奥にある部屋で寝泊まりし、仕事をしているそうだ。

「あなたたちが犯人だと言う証拠も、そうでない証拠も今はありません。もし仮にここにいる中に犯人がいるならば、今申し出ていただけませんか」

 立花氏の言葉に、口を開く人間はいなかった。

「するとやはり一番怪しいのは、氏だけだな」

 呟いて、私たちを振り返る。そして言った。

「少し乱暴な方法を取らざるを得ないようだ。…彼の部屋をこじ開けよう。反対するものは?」



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 夫人の了解を得て、私たちは氏(と夫人の)寝室の扉を破ることになった。

 少し乱暴な手段、と立花氏は言ったが、船着き場の小屋から借りてきた斧で扉を壊した(としか形容できなかったのだ)ときは、この落ち着き払った紳士然としている彼も、実はこの状況に不安や苛立ちを抱えているのだろうと知る。

 木製の扉が無残にもバラバラにされて、ようやく扉が開き――と言うのだろうか。扉は殆ど原形を留めていなかった――立花氏が中に入る。すぐに、怒鳴り声が聞こえた。

「どういうことだ!」

 はじめ、部屋にいる王扇寺氏に向かって言われた言葉なのだと思っていた。しかし。

「氏はここにはいない」部屋の中から、立花氏はそう言った。

 氏が部屋にいない、という事実を認めたくなくて、私たちは順番に部屋の中に入った。

 部屋は、もぬけの殻だった。

 数日前――といっても、私たちがここを訪れたその日は別としても――から、この部屋は使われた形跡はない。鈴木さんの死後、夫人がいくら呼んでも現れなかったところを見ると、その時既に、氏はここにはいなかったことになる。

 しかし、そのこと自体で、氏に殺人の容疑が掛けられたことは間違いなかった。

「仮に犯人が、氏だとすれば、もうこれ以上被害が増えることはない。あとはどうにかしてこの島から出ることを考えればいいだけなんだが……」

 言いながら、立花氏は難しい表情をした。どうやら一筋縄ではいかない問題でもあるようだった。

「難しいことはないでしょう。救助隊に気づいてもらえるように、狼煙でも上げればいいのだし、無線でSOSを呼びかければ」

 日向さんの言葉に、苦虫をかみつぶしたような顔で、立花氏は手にしていたものを突き出した。

「なんですか、これ」

「氏の、部屋の中においてあったものだ。参加者の方へ、と宛名があったので開いてみた。良ければ、読んでいただけませんか」

 日向さんは手紙を受け取って、便箋を開くと、文章を読み上げた。

「『皆様。ショウをお楽しみのところ大変恐縮ですが、仕事の都合で数日間留守にさせていただきます。そのため、皆様をお迎えしたクルーザーを使用させていただきますがご了承ください。仕事はおそくとも3日間ほどで片が付きますが、その間は存分にショウをお楽しみ下さい。』」

 そこでいったん、日向さんは言葉を区切った。心なしか、顔が青ざめているようだった。不安に思ったのか、結城さんが「どうしたの」と声を掛ける。

「続けて下さい、日向さん」

 手紙の内容を知っていると思われる立花氏が、そう促すと、日向さんは言葉を続けた。

「『なお』……『現在行われていることはすべて、ショウの一環です。』」

 皆が、息を呑んだ。日向さんは紙面を目で追いながら、言葉を続けていく。

「『それがどのようなことであれ、すべてショウの一部だということをご認識下さい。そして』……『貴方たちはショウの参加者であるというともご認識下さい。』」

「…どういうこと……?」

 結城さんが、眉をひそめながら体を震わせる。日向さんは便箋に視線を落としたまま、なおも続けた。

「『ここに、皆様に重大なヒントを与えます。貴方たちが解く謎はたったひとつ。』……『犯人を捜し出すことです。私が戻り次第、ショウは最終章を迎えます。そこで謎の解けたものに、王扇寺家の持てる財産すべてを与えます。期限は5月5日午後、私が戻るまでの間です。最後にもう一度言います。』」

 そこで日向さんは一呼吸おいた。

「『貴方たちは、このショウの参加者なのです。』……ここで、手紙は終わっています」

 大きく息を吐き出して、日向さんは今読んでいた手紙をこちらに示す。ワープロかなにかで書かれた硬質な字体の文章の最後に、手書きで〈王扇寺忠宗〉という署名が入っている。ここにいる全員が――といっても立花氏は一度それを目にした所為か、あえて見ようとしなかったけれど――わずかに近寄ってその手紙を見る。

 見終えても、どうしていいか分からない、という表情のまま立ち尽くすほかなかった。

「どうすればいいの、わたしたち」

「……犯人を捜せってことですよね、この手紙の限りでは。ということは、やはりこの中に犯人がいるという…こと、なのでしょうか」

「そうとしか、考えられないようだ。ただしこの場合、氏も容疑者のひとりに加えられる。もし氏が戻ってくるまでに被害者が増えなければ、氏が犯人であるということも考えられる。やはり時間が解決してくれるのを待つしかない、という感じがするのだが」

「そうやって手をこ招ていて、また被害者が出ないとも限らないでしょう。俺は反対します」

「ならば、寝る時以外は、一緒にいればいいんじゃないの?それなら、この中に犯人がいないって、信じられるわ」

「それが一番だな。この際、犯人探しはどうでもいい。生きていればこその幸福だから」

 立花氏はそう言って、皆を見回す。

「でも、寝ている時が安全とは限らない。結城さんとお嬢さんは、一緒に寝たほうがいいだろう。その方がお互い、安心できるだろう?」

「はい」

「そうね」

「そして私たちも、できれば同じようにしておいたほうがいいだろう。その方が、お互いを疑わずにすむし…いいかな」

「はい」

「えぇ」

「ならば、決まりだ。まだ、5月3日。氏が帰ってくるまで2日間ある。それまでは、なるべく単独行動を控えよう」

 その言葉で、すべては決定した。

 私たちは昨日とはまた違った意味で重苦しい雰囲気の中、ささやかな夕食を取った。

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