5
小池さん(本名、鈴木さん)が無残な姿で死に(殺され?)、島の外部への連絡方法がないまま、ただ過酷に時間が過ぎていく。主催者である王扇寺氏は部屋にこもったきり、出てくる気配はなく、夫人が扉越しに呼び掛けてもその姿を現さない。
そして夜が明け、ここにいたすべての人間がほぼ一睡もできずに朝の陽射しが東の空から昇り始めたのを目にした頃、更なる事件が起こった。
「奥様……」
メイドの一人と思われる女性が、血の気の失せた顔で夫人に声を掛けた。
「料理長が……」
「どうしたのです? お疲れでしょうけれど、食事の用意はしなさいな」
「それが……料理長が」
「橋本がどうしたのです」
夫人が疲れの余り声を荒らげ掛けたとき、蒼白だったメイドが突然泣き崩れた。
「厨房で……死んでるんです!」
そういい終えると、彼女は大声で泣き始める。その言葉を聞き、何人かが立ち上がった。
「厨房だな」
言って、立花氏が真っ先に駆け出す。それを見て何人かが疲れた足取りで後を追った。
コックの橋本さんは、厨房の流し台にもたれかかるようにして死んでいたと、塚田少年が後から説明してくれた。死因は多分毒物による中毒死。そしてやはり何かのメッセージだと言わんばかりに違和感のある姿だったと言う。
「手に、ロープを握っていたんです。料理で使用するようなものではなく、一目見てロープだと言うような、これくらいの太さの……」
言って親指と人さし指で輪を作る。すると結構丈夫なロープだったということだ。
「外部に連絡できないと、ご遺体もどうしていいか僕には分からないので、いま、立花さんが小屋の無線機の修理を試みている最中です。日向さんは、携帯の電波が届く可能性に賭けると、島全体で確認しています。だから……僕がこんなこと言うのは少しおかしいことかも知れませんけれどみなさん、どうか気を強く持っていて下さい。せっかくのショウがこんなことになったのは本当に残念ですけれど……」
その言葉に私たちはだいぶ助けられた。さすがに食事を摂る気にはなれなかったけれど、取り敢えず出されたスープを飲み、少し休むことができるまでに落ち着いた。
「何かあったらすぐに起こしますけれど、それまでは休んでいて下さい」
その言葉を全面的に信用し、私たちは短い休息をとることにした。
# # #
再び騒動が起きたのは、昼過ぎのことだった。
なんとか眠ることに成功し、短い間睡眠を取っていた矢先にメイドの悲鳴で目が覚めた。
悲鳴は近かった。
その声で一気に目が覚め、頭が冴えて来る。と同時に、(またか……)という気持ちと不安で頭の中が一杯になる。
ベッドから跳ね起き、部屋の扉を開ける。扉から、顔を出し外を覗いてみる。悲鳴はこの階の、一番奥の部屋からのものだった。確かあの部屋は早乙女さんの部屋だ。そう考えながら、次に浮かんだのは、早乙女さんの死(ほぼ確実にそうだろう)という予感。私はその短い距離を一気に駆け寄った。
メイドは体を大きく震わせながら、青い顔で部屋の奥を指差していた。部屋の中に入ろうか考える。そして勇気を出して一歩踏み込んだ瞬間、肩を掴まれた。
「仮にも若い女性がする仕事じゃない。ここは私に任せなさい」
言って、立花さんが私を押し退けて部屋の中へ入っていく。暫くして、彼は戻ってきた。
「早乙女さんは……」
私の言葉に、彼は首を横に振った。やはり、死んでいたんだ……。そう思いながらも、先程頭をかすめた予感が的中していたことで感覚は麻痺していく。
人の死が、こんなにも簡単に、しかも頻繁に起こっている。それに違和感を感じなくなっている。ただ、「死」という事実を受け止めているだけ。それについて悲しいとか、つらいという感情が伴わなくなってきている。
「取り敢えず、此処にいても仕様がないでしょう。サロンへ行きましょうか」
立花氏はそう言って、いまだ震えているメイドの肩を抱えるようにして先に歩き出した。私は一度早乙女さんの部屋のほうを振り返り、それから立花氏の後を追った。
サロンには塚田少年と日向さんがいた。先ほどのメイドの悲鳴は彼等の耳に届かなかったのか、少し考える。
「携帯のほうはどうです?」
「やはり電波が届きませんね。アンテナがないのだから、どう考えても難しいでしょう」
「無線のほうは、なんとか直せそうです」
「そうですか」
言って、立花氏はメイドを落ち着かせる。親切に「もう大丈夫ですね」などと顔を覗きこんで尋ね、彼女の頷きに少し笑みを浮かべる。
「ならば、飲み物を入れてきて頂けますか? 5つ。何でもいいですから」
「かしこまりました」
彼女は小声でそう言い、サロンを後にした。それを見送って、立花氏は私を見る。
「結城さんを呼んできて頂けますか?大事な話がある、と。必ず来て下さいと、伝えて下さい」
「わかりました」こくりと頷いて、私は彼の言葉に従った。
# # #
結城さんを連れてきて、サロンに戻ると、メイドがお茶を運び終えた後だった。
「大事な話って、なに?」
警戒心の強い口調で彼女は立花氏に尋ねる。
「今回の、事件のことで大事な話があるんです」
「それはどう言った類のものかしら?」
「そんなに警戒しないでも結構ですよ。僕は犯人ではない。そう言った話です」
すると結城さんは完全に警戒を解かないでいるも、渋々ながら席に着いた。私は残りの空いている席に腰を下ろす。
「さて、何から話し始めたらいいかな……」
全員が席に着き、飲み物に口を付けてから、立花氏はそう言って、自分も飲み物を一口飲んだ。
「まずは……今までのことを少し思い出しながら話していきましょうか」
言って、立花氏はこの島に着いてからのことを話し出す。
「この島に着いて、まず我々はこのサロンで自己紹介を行った。それから一度各々の部屋に戻り、またここへ集まって、自己紹介を始めた」
「そうです。2度目の自己紹介の時に、招待状の謎が出たんですよね」
「まぁ……後になってみれば、たいした謎でもなかったのですけれど」
「ねぇ……なにがしたいの?」
「もう少し待っていただけますか?」
結城さんの言葉を遮って、立花氏は話を続けた。
「それから少し時間が空いて……食事が始まった」
「あの雰囲気……重々しかったわね」
「やっぱりそう感じました?」
「えぇ。なんか……威圧的というか……食事をした、っていう感じがしないあの感じ……」
「妙な圧迫感がありましたよね」
「緊張もあったけれど……なんか不安になる感じ。見知らぬ土地に、一人で放り出されたみたいな?」
「そんな感じです」
「食べた気しなかった。食事とは思えない、特に大勢で食べる類いのものでは」
「……食事を終えて、約2時間後、第1の殺人。小池……いや、鈴木さんが、食堂で殺されていた」
「詳しくお話ししましょうか?」
塚田少年の言葉に、何人かが頷く。それを見て少年は、では…と呟いてから話し始めた。
「時間は10時45分前後、邸内1階の食堂、テーブルの中程に鈴木さんが俯せで倒れていました。死因は多分、失血死。死んでからそんなに時間が経っていないと思われました。まだ暖かかったので……死後、1時間かそこらだと思います」
「死後1時間というと……9時半から10時の間、ということですね」
立花氏は言って、紅茶を飲み干す。それからお替りを頼んで、話を続けた。
「鈴木さんの死が判明した後、少し混乱があって……夜が明けた。それからすぐに料理長の橋本さんが死んでいることが判明した」
「詳しくお話ししますと、発見は午前6時半頃、邸内、1階の厨房、流し台でメイドさんが橋本さんの死体を発見。死因は毒物による中毒死だと思われます。死後硬直の度合から見て、死後3時間くらいは経っていると思います。メイドさんによると、近くに毒物らしきものはなかったとのことです」
「死後3時間というと、夜中の3時すぎ……か」
「確か鈴木さんの死が判明した時点で、殆ど全員がサロンにいたんですよね」
「日向さんは、携帯電話が繋がるかどうか確認するため島全体を歩き回っていたんでしたっけ」
「そんなに広くない島だということもあるけれど、あんなに歩き回って何の収穫もないと、落ち込む度合いは益々大きくなりますね」
日向さんはそう言って、大きな溜息をついた。
「島ですからね、電波が届きにくいんです。携帯なんて、実は役に立つ代物でないと、初めて実感した」
「そうですか……」
皆の、落胆した溜息。それから暫く、間が空いた。一様に、現実を思い出したのかも知れない。
「そう言えば、結局どうなんです? 無線の方は。あのまま色々あって聞きそびれましたけど」
重苦しい空気を打破するかのように、日向さんはそう尋ねた。
「何とかなりそうだ、とは言ってましたよね」
すると塚田少年が少し頷く。
「多分、直せると思います」
言って少し間を置いて、続けた。
「壊れていると言っても、そんなに細かく壊されていたわけじゃなかったのが幸いです。無線で使用する必要最低限の部品はほぼ無事でしたので。ただ、幾つか部品が足らないので、完璧とは言えませんけれど、多分こちらから何かメッセージを送るくらいのことは、なんとか可能だと思います」
その言葉を聞いて、明るい兆しが見えてきたのか、皆の表情が少しだけ和らいだのは事実だった。
「それはなによりだ。では、話を元に戻しましょうか」
立花氏は紅茶の頼んでいたお替わりが届けられるのを待って、話し始めた。
「橋本さんの死後、少しの休息があって、昼過ぎに早乙女さんが死んでいるのをメイドが発見した。時間は……2時前頃だった。そうだな……約2時間くらい前のことだ」
「2時間前……」
「早乙女さんの死因は?」
日向さんの問いに、立花氏は紅茶を一口飲んでから答える。
「多分、窒息死だろう。素人だから詳しくは分からないが、風呂場の、カーテンレールにロープを渡して、首を吊って死んでいた。一見、自殺体に見えた」
「それ、おかしいです」
言ったのは、塚田少年だった。その言葉に、立花氏を含め、殆ど全員が不思議そうな表情で彼を見返す。
「あのカーテンレールにそこまでの強度はない筈ですから、それは少しおかしいと思います。自殺だとしたら、尚更。もし自殺だとしても早乙女さんが、首を吊るのは難しいと思います」
「確かに……あの体格じゃあ、難しいだろうけれどな」
「あともう一つ。そのロープ、どこにあったんです?」
塚田少年の、見事なまでの推察に、皆驚きながらもはっと息を飲んだ。
「そうか……ロープの出所か」
「ロープ……?」
「そのロープ、まさか橋本さんが握り締めていたものと同じじゃないですよね?」
私の問いに、立花さんは首を傾げた。
「どうだろう……そこまでははっきり見ていなかったな」
「僕、見にいってきます。ついでといってはなんですけど……死因と、死亡推定時刻も調べておきたいんで」
言うなり、塚田少年は席を立ち、サロンを後にする。
「……取り敢えず、まとめて起こった殺人劇の流れはこんなものだろう。そして……ここからが本題になる」
立花氏は、そこで一旦区切って、一同を見回した。
「ここからは誰が犯人なのか、そして殺人の動機はなんなのか……そういったものを調べていきたいと思っている。先程も言った通り、僕は犯人ではない。そして、この中に犯人がいるという可能性が何%なのかは、皆さんの口から話していただかなければ分からない。それと、幾つかの謎。そして……『ミステリー・ショウ』はどうなったのか。どうなっていくのか……」
「冗談じゃないわっ!人が3人も殺されていて、この後また何人犠牲になるかも分からないのに、のんびりとショウの話?ふざけないでよ」
乱暴にテーブルに手を突きながら立ち上がって叫んだのは、結城さんだった。彼女は怒りの形相を露にして、立花氏を睨み付ける。
「結城さん、落ち着いて下さい」
「落ち着いてられる? もしかしたら、この中にも犯人がいるかもしれないと言うのに!」
「ですから話し合いをしましょうと言ったんです。まずは皆さんのいる中で、自分が犯人では有り得ないことを証明してもらいたい。もしこの中に犯人がいたとしたら、なぜ3人もの人間を殺したのかということ。それが聞きたい。どうせ救助がくるまではこの島からは出ることは難しい。犯人が分かれば、救助がくるまでの間、安心していられるでしょう?その方が、今の状態を維持しているよりは数段マシなんじゃないですか」
立花氏の言葉に、結城さんは多少納得したようだった。静かに、椅子に腰を掛けると、飲み物のお替わりを注文したのだ。
「ありがとうございます」
彼はそう言って丁寧に頭を下げると、では……と呟いて、皆を見回した。
「橋本さんの死体が発見されるまでは皆さん一緒にいたからいいとして、夕食を終えてから、鈴木さんが殺されるまでの間……皆さん、どうしていました?」
立花氏はそう言って、再び皆を見回す。
「わたしから話すわ」結城さんは言って、紅茶を飲み、話し出した。
「わたしは……食事が終わってから、日記を書いていたわ。何だったら見せてもいいわ。どうせ、大した事書いてないから。わたし、日記に書き始めた時間書く癖があるのよ。時間は……9時になってすぐのはずよ。それを書き終えて、お風呂に入ったの。何時頃かは分からないけれど。悲鳴を聞いたときに上がったのだから……10時半頃、かしら? こんなものでどう」
「結構です」
「次、俺言います。って言っても……証明になるような証拠はないでしょうけど。寝てたんです、俺。実は酒、弱くて……食前酒に酔ったんで。すっごく眠くて……確か俺、一番に帰ったでしょう? 眠気がピークだったんで。で、悲鳴で目を覚ました、と」
日向さんはそう言って、決まり悪そうに頭を掻いた。
「へぇ……君が? お酒は強そうだと思っていたけれど」
立花氏が意外そうな顔でそう言うと、日向さんは少し困ったような笑顔を返した。
「どうも、外見からして飲める口だと、勘違いされるみたいで……」
そう言って、彼は再び頭を掻く仕草をした。そして立花氏は、視線を私に向ける。
「勇敢な、お嬢さんは?」
「私は、皆さんが食堂を出られてから少しの間だけ橋本さんとお話しをしていました」
「なんだって!」
皆が一同に驚く。私は自らを言い聞かせるように意思を込めて頷き、話を続けた。
「あの、2枚組の絵について少し聞いていたんです。あの時は、まさかこんなことになるだなんて想像もしていなかったから。だから、あの絵に浮かび上がった『タス』『ケテ』と言う文字はきっとショウの一環で、何かミステリアスな事件のポイントになるだろうって考えて……」
「成程、確かに〈ミステリー・ショウ〉ならばそう言ったことも考えられるな」
軽く頷きながら立花氏はそう言って、それから先を促すように私を見た。
「それで、絵について分かったことはあったのかな」
「はい。あの絵は奥様のお気に入りのものらしくて、なんでも画家の方に頼んで描いていただいたものだと、伺いました。橋本さんに聞いたところによると、何でも数千万円くらいしたとか」
「ほう……もし、ショウのために描かせたのなら、たいした道楽だ」
感心するように言って、他には、と続ける。
「あと、あの絵……照明を明るくすると、文字が消えたんです」
「何だって?」
驚きの表情を浮かべて、皆が一斉に私を見る。
「橋本さんに聞いたら、照明は通常の3分の1くらいまで落としていたと言ってました。ロウソクを使うための演出だろう、と。食後、照明を元に戻してもらったら、あの文字が消えているのに気付いたんです。あの時は、まさかあんなことになるとは分からなかったから……きっとショウのトリックだろうと……」
「彼なら、そういった趣向をするだろうな……。と、すると……」
立花氏は、首を少し傾げ、何かを考えているようだった。
「……そのあとは、部屋に戻ってずっと読書をしていました。10時を回っていたのでお風呂に入って……そろそろ寝ようかな、と思ったところで悲鳴が上がって……」
「ありがとう。とても重要なことを聞かせてもらったよ」
少し笑んで、立花氏は私に言う。
「彼女の言葉が正しいのならば、本来ならショウはあの絵から始まるはずだった……と私は思う。しかしいろいろな事情があって――参加者の橋本さんが主催者側の人間の1人だったと言うことがそれだ――順番がちぐはぐになってしまった。初めに会った時、氏も言っていたように。確か彼は『段取りに手間取って』と言っていた。そして食事が始まって、いよいよショウはスタートしたはずだった。しかしショウとは別に殺人事件が起こってしまった」
「では、これはショウとは何の関係もなく起こっていると言うことですか」
「そうだと、私は考える。いくらなんでも、殺人事件を起こしてまでショウをする意味がないだろう」
「だといいけど」
言ったのは、結城さんだった。
「橋本さんはともかくとして、殺されたのは宛名付きの招待状を貰った人たちじゃないの」
ざわ、と一瞬だけどよめきが起こった。それは、また新たなる波紋を呼んだのだ。
しかしそれ以上口を挟むものはいなかった。これ以上余計なことを考えたくなかったのかもしれない。
沈黙が、その場を支配した。
こそとも音のしない空間にいるだけで、今までのことが少しずつ現実となって見にしみてくる。
ほんの僅かな間に、3人も人が死んだ。
連絡を取る手段はなく、脱出する術すらない。
閉ざされた世界に一体いつまでいればいいのだろうか。そして犯人は……。
しんと静まり返った遊戯場がもとの雰囲気に戻ったのは、それから暫く経ってからだった。