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 食事は結局、重々しい雰囲気のまま終りを告げ、コーヒーを飲み終えたものから順に、逃げるような格好で食堂を立ち去っていく。私は冷め切ったコーヒーに手を付けることなく、ただ一人残って2枚の絵を見つめていた。

 ――薄暗い食堂に浮かび上がった不気味な言葉。『タスケテ』。

 なぜ私の座った位置からこんなにもちょうどよく2枚の絵が見えるのか。そしてなぜ、こんなに薄暗いのか。

「照明のスイッチは、どこですか?」

 食事の片付けをしていたコックの橋本さんに問うと、ここです、と言いながら彼はそのうちの一つに手を掛ける。

「ここはいつもこんな感じで暗いんですか?」

「いえ、食堂の照明はボリューム式になっているので、明るさは調節できます」

 コックの言葉に、私はまた違う質問をしてみる。どれくらい暗いのか。答えは、いつもの3分の1くらいの明るさだとのこと。

「もう少し明るくして頂けますか? 薄暗いの……苦手なんです」

 言うと、コックはボリュームのレバーを上げる。明るさは比較にならない。

「今日は少し暗かったですね。ロウソクを使用するので、あらかじめしぼり気味にしたのかと」

 コックは言って、少し笑む。私も笑顔で礼を言う。

「コーヒー、入れ直しましょうか?」

「ありがとう。お願いします」

 するとコックは、いえいえと言いながら厨房に姿を消す。それを見送りながら私は再び絵を見た。……文字が、消えている。これはどういうことだろう?

「この2枚組の絵は、いつもここに掛かっているんですか?」

 新しいコーヒーを手に戻ってきたコックに、私は尋ねる。

「はい。普段はまた違う、やはり2枚組の絵を飾ることもありますけれど」

 コックは私の問いに親切に答えてくれた。多分、私の質問の意図には気付いていないのだろう。

「この絵は……奥様の大変お気に入りのものなんです。なんでも、お知り合いの画家の先生に頼み込んで描いていただいた傑作とかで……時価数千万の値打ち物だと、伺ったことがあります」

「そんなにするものなんですか」

「らしいですよ。私なんかは料理一筋で絵のことなんてこれっぽっちも分かりませんけど……数千万と聞くと、なんだかこう、いい絵かな、などと思ってしまいますけれどね」

 お気に召しましたか、この絵が。コックの言葉に曖昧に答え、私は食堂を後にした。

 ――そして、平和であった時間はあっという間に過ぎ去った。



 絹を裂くような……とはいいがたい、それでも物凄い絶叫が轟いたのは、夜10時半を過ぎた頃だった。私はシャワーを浴び終え、寝る支度を始めていた時に、それを耳にしたのだ。

 寝間着の上に軽く一枚羽織り、声のしたと思われる方へ向かう。

「今……悲鳴が聞こえなかった?」

 部屋を出ると、ガウンにスリッパを履いただけの結城さんが部屋から出てくる。

「聞こえましたか、あの声」

「えぇ。だから何があったのかと……」

「私、行ってみます」

「私も行くわ」

 言うと、結城さんはそのままの姿で私の後に付いてくる。階段に差し掛かった所で、やはり悲鳴に気付いた男性陣が階段を慌てて駆け降りてきた。

「何があったんだ!」

 私の顔を見るなり、立花氏が声を掛ける。

「分かりません。ただ、物凄い悲鳴が聞こえて……」

「下の方だな。行ってみよう」

 その言葉に、続いて階段を降りて来た日向さん、塚田少年が後に続く。私と結城さんは、更にその後に続いた。


 悲鳴を上げたのは、王扇寺夫人だった。彼女は食堂の扉を開いたところで、体を震わせながら立ち尽くしていた。

「どうしたんですか」

「こ……小池さんが……」

 夫人は震えたまま、奥を指し示す。

 立花氏が食堂に足を踏み入れ掛け…その足を止めた。「電話はありますか」

「え」

「一体何が……」

「王扇寺さん。この家に電話はありますか?」

 他の人の言葉に答えることなく、彼は夫人にそう問う。

「いえ」

「携帯なら、僕が持ってますけど」

 日向さんがそう言って、ポケットから携帯電話を取り出す。

「警察と、救急車を。至急」

「え……どういう」

「死んでる」

 立花氏の言葉は、すとんとこの場に落ちた。

 日向さんは立花氏の言葉を聞き、慌てたように電話を掛ける。誰でも知っている3桁をプッシュし、それを耳に当てる。暫くして、ぽつりと呟いた。

「繋がらない……。電波が届かないんだ」

 少しの間。そして、騒然が訪れる。



         #          #          #



 小池(本名は鈴木)さんは、死んでいた。

 食堂の、大きなテーブルにうつぶせる形で彼は絶命していた。テーブルは、血にまみれていた。その量を見ただけで、助からないと誰もが理解できるほど。

 そして奇妙なのは、背中に刺さっている銀色のものだった。

 食事用のナイフとフォークが、ご丁寧に刺さっている。イタズラにしても質が悪すぎる。それとも何かを示しているのか。犯人の声明なのか。

 そもそも、彼はなぜ死んだ(殺された)のだろう。そしてショウはどうなるのだろう。まさか彼の死もショウの一環なのか……ならば彼は本当に死んでいるのだろうか。

 何もかもが分からない。混乱していく。

「電話がないのでは、連絡のしようがない」

「それより遺体はどうするんですか」

 私が頭の中でパニックになっている時に現実的な話をしているのは、立花氏と日向さんだった。結局、現場をこれ以上荒らさないようなすることを考えた上で、連絡を取る努力をすることで話は纏まった。

「船着き場……」

「が、どうした?」

「確かあそこには……無線があるって。案内してくれた人が、言ってました。ここで生活するのに必要なものを調達する際に、連絡を取り合うためだとか」

「船着き場の、あの小屋の中だな」

「はい」

 私は頷く。すると日向さんが邸の人間に声を掛け、ライトを借りると邸を飛び出す。

「これでなんとかなるだろう」

 立花氏はそう言って、私たちが落ち着けるようにと、遊戯場まで送ってくれる。それから飲み物を持ってくるように、使用人に頼んでくれた。夫人は立花氏に支えられ、私たちのすぐそばまで連れてこられると、椅子に腰を掛けた。

「大丈夫ですか?」

 慰めにもならないことを言うと、夫人は青い顔をしたまま、ゆっくりと頷いた。

「それより小池さんがこんなに事になってしまって……」

「…………」

「彼は……本当に死んでいるのでしょうか?」

 私の問いに、夫人は瞠目しながら私を見た。

「失礼なことを言って、すみません。ただ、私は彼の姿を一度も見ていないので……」

「わたくしが見た限りでは、小池さんは死んでいるように見えました。出血した量を見て、そう思っただけなのかも知れないですけれど」

「死んでますよ」

 そう、あっけなく言ったのは、塚田少年だった。彼は簡単に言ってのけ、私のすぐ隣まできて飲み物を頼むと椅子に腰掛ける。

「詳しくは分かりませんけれど……失血による死と見て間違いないでしょう」

 そして紅茶を受取りそれを一口飲んでから、続ける。

「実は僕……医大生なんです。父の家業を継ぐために、今勉強中で……」

「塚田さんはお元気?」

「お陰様で。ただ、少し持病が悪化していまして……それで今回は僕が代理で来ることになったのですが」

「背中のあれは……」

「悪質ですね。あれ……死んだ後にやってます。はっきりとは言えませんけれど……あとは警察がなんとかしてくれるでしょう」

「日向さん……連絡取れたかしら」

「連絡が取れて警察がくるまで、どれくらいかかるのかしら」

 ――しかし、それはかなわなかった。

 日向さんは息急き切って戻ってくると、私たちに不吉なことを知らせる。

「無線が壊れていた。今日案内してくれた人が言うには、今日昼に僕たちを迎えにくる時には壊れていなかったと言うから、僕たちが来てから、誰かが壊したんだと思う」

 そして追い討ちをかけた。

「クルーザーが……ない」

 悲鳴が上がる。

「……この島に……どうやら閉じ込められたようだ」

 それからが、本当の『ミステリー・ショウ』の幕開けだった。

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