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 夕食前の一騒動(?)から過ぎること約1時間半。とうとう今回のメインとなる夕食の時間がやってきた。私は荷物の中から一番それらしく見えるワンピースを身に付け、多少のおめかしを試みる。念の為に姿見で確認をし、ある程度満足感が得られたところで部屋を後にする。

 螺旋階段を降り、ホールから遊戯場を抜ける。その奥が食堂になっているという説明は、夫人から聞かされていたが、まだ中には入れないようで、ほぼ全員がサロンの内で椅子に座って待っている。

「お待たせ致しました。どうぞお入り下さい」

 案内人……多分この邸の執事かなにかだろう……の声と同時に、食堂の扉が開かれた。

「申し訳ございませんが、席順が決まっております。お名前をお呼びしますので、呼ばれた方から順にお座りになって下さい」

 執事はそう言って、順に名前を告げていく。扉を背に、一番右手――要するに上座に当たる場所――の壁を背にした席が王扇寺氏、扉側一番右端が夫人。時計回りに、塚田少年、私、結城さん。王扇寺氏の向かいに当たる、扉を背に一番左手になる席が立花氏。奥の席が左から早乙女さん、小池さん(この人の本当の名前はまだ知らないけれど、私はどうもこの人と向かい合わせになるのに縁がある)、一つ空席があり(まだ最後の人は来ていないらしい)日向さん、という順だ。

 呼ばれてすぐに、私たちは席に着く。それとほぼ同時に、背後から王扇寺夫妻がやってきて、席に着く。

「では、始めましょうか」

 氏の言葉が掛かると同時に、食事が運ばれてきた。

 ――まずは乾杯を済ませ、前菜が運ばれてくる。皆、緊張している。これから始まるであろうショウが、どんなものだか分からない不安。そして期待。空気が張り詰めている。 なんともいえない圧迫感を感じながら食事は次々に運ばれてくる。

「先程、招待状の件で面白いことがあったとか」

 いかにも愉快そうに、氏は尋ねる。その言葉を皮切りに、些細な会話が始まった。招待状の騒動は、氏をとても楽しませる結果となったようだ。特に気に入られたのが小池さん。結局彼は氏の誘導尋問に似た(それでもそうは感じさせないほどの巧みな)話術によって本当の名前を暴かれる羽目になった(そして彼の本名は、鈴木一男。そこそこのお金持ちでも、名前は平凡そのものなのには驚いた)。

 それから氏はいろいろと招待状の件について語った。これだけの話を聞いている限りでも奇抜さが分かるということは、やはりとても凄い道楽狂なのだろう。招待状の話から、次第に話は広がって行く。結局、夫人に窘められるまで話は続き、氏が渋々ながらに話をやめた頃には食事は終わっていた。

 デザートにオレンジのソルベとコーヒーが出され、皆が不安そうに氏に視線を向ける。すると彼は困ったように笑みながら「実は……」と呟いた。

「まさか、ショウは中止するんじゃないですよね」釘を差すような真似をしたのは、道楽仲間と称する立花氏。

「そんなことは絶対に無い。ただし、順番が代わってしまったんだ」

 子供の弁解に似た言葉で、氏は言い、続けた。

「今回のショウの、最後の参加者を紹介しましょう。入ってきてくれ給え」

 言うと、厨房(立花氏の背後に、厨房につながる扉がある)から料理人が一人現れた。先程から料理の説明をしたり、配膳したりと忙しかったコックだ。

「皆様、お食事はお気に召されたでしょうか」

 言いながら帽子を脱ぐ。色白で太っている、いかにもコックらしいといった感じの男の人だ。彼は氏の手招きに従い、氏の隣に近寄った。

「彼が最後の参加者だ。そしてうちのお抱え料理人でもある」

橋本徹(はしもととおる)と申します」ぺこりと頭を下げる。

「無記名で出した招待状の一通が、偶然にも彼の実家に流れ付いたのだそうだ。そこで、家族は驚くと同時に考えた。彼の勤め先に自分たちが行くよりは、出掛ける必要のない彼が参加した方がいいだろう。そして彼に招待状を送った。彼は驚いた。まさか、家族からの手紙が、自分の主人が主催するショウの招待状なのだから」

 詩を読み上げるような、朗々とした声で氏は語る。

「招待状を手に困り果て、私は旦那様に招待状をお見せ致しました。すると旦那様は、驚きながらもお笑いになった」

「それはもう驚いたさ。と同時にとても愉快になった。こういったこともある、そう思うだけで、無記名の招待状を出すことがやめられなくなる。しかし今回だけは多少困ることが生じた」

 言って、彼はコーヒーを一口飲んだ。

「今回のショウには、今までに無いほど力を入れているのに、段取りが狂ってしまった。ショウは夕食と同時に始まるはずだった。しかし、その夕食を作る本人が参加者では、ショウが進行しない。そこで予定を変更することになった。これについては皆様に謝罪しなければなりません。どうも、失礼致しました」

「また……相変わらず面白い方だ」

 言って立花氏が笑う。

「で……ショウはどこから始まっているんですか」

「ショウそのものとしては、先程宣告したように、既に始まっている。貴方たちは傍観者ではない、参加者です。ショウにどう参加するかは、貴方たち次第、ということですがね」

氏は言って、立ち上がる。

「ここからが、本番だと思って下さい。しかし、ショウは既に始まっているのです!」

 演劇の、役者のような言い方をして、彼は立ち去る。続いて夫人も席を立った。

「この後、起こるものすべてをどう取るかで、ショウの参加の度合いは変化していきます。充分にお楽しみになって下さいね」

 言葉を残し、夫人も食堂から姿を消す。私たちはまた残された。

「確かに……面白い趣向だ」

「何が起こるか分からないという点では、確かにミステリーだが。はっきりと謎が分からないのはどうも釈然としないな」

「不明だから謎なのでしょう?」

「でも、なにが謎なのかも分からない。謎の、謎だ」

「まさにナゾナゾ、と言ったところでしょうな」

 小池さん……もとい鈴木さんの言葉に、日向さんが笑い出す。

「〈ナゾナゾ〉か。そりゃいい。これだけで充分楽しいですよ」

「でも……私たちは何をすればいいのかしら?」

「そりゃあ……謎を解くことでしょう。ミステリーなのだから」

「どんな謎を?」

「だから〈ナゾナゾ〉を。なにが謎なのかを、探すことこそが、今回の趣旨なのかもしれない」

「でも……夫人は言ってましたよね。『この後、起こるものすべてをどう取るかで、ショウの参加の度合いは変化して』いくと。ということは、それだけがすべてじゃないと思います」

 塚田少年はそう言って、小声で「これは僕の憶測ですけれど」と付け加えた。

「そして『ショウにどう参加するかは、貴方たち次第』ということだ」

「では、どうすればいいのかしら?」

「取り敢えず……いろいろとあがいてみるのも、おもしろそうね」

 私は言葉が飛び交うのを、ただ聞いていた。なんだか、違う気がする。もっと……複雑で、重々しい。この食堂に入った途端に感じた、あの嫌な感じ。圧迫されているような、緊張を強いられるような……言葉では説明するのが難しい感情。

「『タスケテ』」

私の言葉に、皆が一斉に注目する。

私はただ、操られている人形のように無感情で、そして自分でも不思議に思うほど緩慢な動きで、のろのろと指し示す。……壁に掛かっている2枚組の絵を。

「『タ・ス』『ケ・テ』」

 そう、読めた。

 ただ普通に見るだけならば、それはただの抽象的な線の集合体でしかないような、2枚組の絵画だった。しかし……良く見ると、その線の集合体の中に、浮き上がるようにして文字が現れる。それが。

「助けて」

 ……雰囲気が、突然重くなった。

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