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……私が様々な噂の的になっているという「ミステリー・ショウ」の招待状を手に入れたのは、全くの偶然だった。
久し振りに来訪した、父の古い友人が、彼の知人から頂いたというそれを、私は父から譲り受けたのだ。
「これに参加すれば、一生の自慢になるぞ」
父はそう言って、私に白い封書を差し延べる。
これに関する様々な噂を知っているために素直に喜べず、招待状を前に困惑している私を見て父は苦笑する。自分は仕事があるから休みが取れないと付け加え、だから私に行ってこいと、無言で告げる。
「元手が只の、誕生日プレゼントだ」父は笑いながら言った。
私は招待状を受け取った。
上品で質のいい、白い封筒には、宛名はない。誰に出したものかは関係ないと、いったところなのだろうか。中には、封筒と同質の白い便箋で、こう記されていた。
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招待状
来たる五月二日に開催致します「ミステリー・ショウ」に
貴方様を御招待致します。
つきましては、当日午後三時に別紙に記されている場所へ
お越し頂きたく存じます。
貴方様のお越しを心待ちにしております。
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――そして私は、招待状の書面通り、南伊豆の更に南端に位置する石廊崎へと向かった。
5月2日。私の誕生日と同じ、ちょうどゴールデン・ウィークの真っ只中のことだ。
指定された時間より少し前に私は指定された場所へ着く。するともう既に何人かが早くも集まっていた。その人たちの年齢は様々だったが一つ共通しているものがある。
どこから見ても、お金持ち。
着ているものや、持っているもの、そして物腰や、態度。それが「お金持ちです」と、全身で語っている。私なんかが声を掛けようものなら、一瞥して無視するような、そんな雰囲気すら身に纏いながら、彼等はそこで待っていた。私一人が、「庶民」という看板を掲げ、浮いた存在となっている。
暫くして、指定された時間がまもなく訪れるといった頃、残りの人間と思しき数人がやってきた。多分これで全員なのだろう。
人数は、私を含め7人。
男性4人と、女性――もちろん私を含め――3人。たったこれだけの人数とも、こんなにもの人数、とも取れる。際どい人数に私は思えた。
メンバーを見渡しながらそんなことを考えているうちに、どうやら約束の時間になっていたようだった。
微かなモーター音が響き、クルーザーが桟橋へ向かってくる。ゆっくりとそれは止まり、中から一人降りてきた。
「お忙しい中、ようこそいらっしゃいました。主人に代わりまして、まずは御礼申し上げます。ではこれから、皆様をショウの開催地へとご案内致します。クルーザーの方へどうぞ。お気を付けてお乗り下さいませ」
案内人はそう言うと、私たちを促す。何人かが頷き、クルーザーへと向かう。私はその後に続いた。
クルーザーに乗って約十分程で目的地に着くと、案内人は言った。場所は石廊崎沖にある小島で、「扇島」と言うのだと、続けて説明がある。
島の形が名前の通り扇に似ていることから、地元の人々にそう言われていたこの島を、ショウの主催者である資産家が買い取ったのは、数年前。その頃よりこの島を舞台にショウを開始しているとのことだ。
主催者である資産家は、この島が大変気にいったらしく――彼等の名字は「王扇寺」といい、この島が形状そのままの名前で、自分たちに共通するものがあるという点で大きく心を動かされたようだ――見つけ次第、即購入したのだそうだ。
そして、建物まで扇の形に設計、建設し、一風変わったショウを始めようと考えた……。
これを「さすが資産家、考えることが庶民とは違う」と見るか、「只の金持ちの道楽」と見るか、それは様々だろう。ただ、私のような一般庶民には考えられないスケールだなとは思う。
初夏を思わせるような、それでも心地好い陽射しの中、クルーザーは青い海を切り進むように更に南下する。白い波が陽射しに光り、麗らかな陽気の所為もあって、私は一人胸を弾ませながら甲板から、流れる景色を眺め続ける。
クルーザーは暫くして少しずつスピードを緩めた。と同時に案内人が
「もうまもなく到着です」と私たちに告げる。
前方に、島が見える。
動力を切り、静かにクルーザーは船着き場へ寄っていく。案内人は慣れた手つきでロープを杭にくくり付け、足元にお気をつけ下さいと言いながら、一人一人の手を取りながら私たちを順に降ろしていく。
船着き場の前には小屋が一棟、ぽつんと建っている。島で生活する必需品を運んでもらう際に使用するのだそうだ。貯蔵庫と、物置を兼ねていると親切に教えてくれる。
小屋より向こうには森が広がり、場違いなほど違和感のある舗装された細い道がその奥へと続いている。
この道を辿れば、ショウの舞台となる「扇館」に着く。
距離にして約2〜300メートル程なので、のんびりと散歩感覚でお進み下さいと、案内人に言われ、私たちはそれに従った。
案内人の言葉通り、のんびり歩いていると、突然森が開ける。視野に広がるのは、夢のように豪奢な洋館。自然の中に建てられた宮殿を思わせるそれは、ヨーロッパの方にある、写真の中で見た建物とどこか似ている気がする。
私が感嘆の溜息をつくと、同じような「ほう」という声が聞こえた。
「主人は、この中でお待ちです」
案内人は深く礼をしながら、目の前の重厚な扉を指し示した。誰ともなく、扉へ歩きだし、そして誰かが扉を開く。
ショウが、始まる。