轢かれた彼女は勇者で、轢いた俺はその従者で
超短いかもしれないです。
突然だけど、皆。異世界転生って、どう思う? ほら、例のあれだ。平凡な地球の小市民が死にました、そんでもって異世界に転生! チートだ、ヤッホイ! ……みたいな感じのやつ。
もちろん、夢があって良いと思う。俺だって、もしチャンスがあるなら、切符を掴むだろう。ドアを開けるだろう。喜んで、異世界に飛び込んで行くと思う。チートの有無は別として。
でも……、逆に俺が。いや、俺の行動が誰かを異世界に放り込むことに繋がっちゃったら? そして、ついでに俺まで転生させられちゃったら?
前略、死んだカーチャンへ。
……俺、他人を轢き殺して、異世界に送っちゃいました……。
◇◇◇
その日、俺こと佐久秀司は、非常に気分がハイになっていた。なにせ、次の日から仕事が三連休なんだからな。トラックの運転手という仕事は、メチャメチャキツいのだ。タバコと缶ビールが混ざった匂いの充満する運転席なんか、もううんざりだ。ハタチという、人生で最も輝かしい、みずみずしい時期に俺はいったい何やってんだ? 金はない、彼女はいない、オフクロは過労死、糞親父とは見限られて絶縁状態、特別な才能もねーから、一発逆転のチャンスなんてあるわけない。
イライラしてきた。アホくせぇラジオのトークショーなんかじゃ、ストレス解消にすらならない。何だって? また韓国のアイドルグループか? うるさいよ、ビッチ。お前ら、なんで日本に来て、俺の倍も稼いでんだ。
「くっそー! ムカつくぜ、マザーフ**カー!!」
ラジオを切り、CDを入れる。今日の選曲はエ●ネム様だ。大音量にして、憂鬱を吹き飛ばす。周りが何と言おうが、俺はヒップホップが最高なんだ。英語なんか出来るわけねーけどな。
スピードを出して、俺の愛すべきトラックを走らせる。絶賛、排気ガス放出中だ。俺の愛車は地球に厳しいのさ。
高速を降りて一般道路に入っていく。お届け先はもうすぐだな。……けど、それにしても眠たい。あくびが自然と出る。なんたって、昨日の夜中からぶっ通しで走ってるからな。俺の会社は優しくない。仕事中の休憩時間? そんなのあるようで、無いようなものだ。
普段からよく意味も考えずに聴いている英語ラップ。それが今ばかりは、宇宙の言語に聞こえてくる。いや宇宙の言語なんて知らないけど、とにかくなんか乱雑な言葉の羅列にしか思えない。“f*ck”だの“mothaf*cka”だのといった汚い単語だけが、やけに頭に響く。
「ねむてぇ……」
一際大きくあくびをした。涙が出て、視界がぼやけてしまった。そこから先は、もうスローモーションのようだった。
涙に濡れた目を開けたなら、眼前の信号は赤。目を見開き、ブレーキを踏み込んだが、なんと俺がブレーキだと思って踏んだのは、アクセル。
当然のように前へ突進。歩いていた誰かを弾き飛ばして、ようやく車体は止まる。そう、誰かを轢き殺してから……。
もう俺の脳内はパニック状態。やってしまった。殺ってしまった。どうして、こうなった。こんなはずじゃなかったのに。さっさと荷物届けて、休みを満喫するはずだったのに。
それでも、良心は最低限残っていた。トラックから降りる。被害者は女子高生らしい。……パンツ、パンツが見えとる! うおおおおおおおおおおおおお!?
……一瞬、良心が見事に消えそうだった。危ない、危ない。にしても、ヤバイな。ピクリとも動かない。俺も動けない。なんてこった、人生が終了した。どうしよう。
わずかな希望を信じて、彼女の顔を覗く。綺麗な顔立ちだ、動かないけど。
「お巡りさん、こっちですのよ! 見てください、あの男! なんて凶悪そうな男! んまー! 女の子を轢き殺したのよ! 早く、早く! んまー、んまー!」
目撃者がいやがった。ババア黙ってろ! ……と怒鳴りたかったのだが。
「おい、お前! そこを動くな! あと、オバチャン、ちょっと静かにして」
来ました、ポリ公。遠くからは、パトカーの音がします。いや、救急車かもしれんけど。
その後のことはよく覚えていない。ただ、手首に掛けられた手錠の冷たさだけは、妙にはっきりと感じられたのだった。
◇◇◇
有り得ねぇ。胸の中は、その気持ちでいっぱいだった。
あの女子高生は即死だったとか。そして、俺がいた会社は警察の手入れで大変なことになっちまってるらしい。そのうち、俺は訴訟を起こされるかもしれない。
何にせよ、俺は今、留置所の中。自動車運転過失致死罪だのなんだのを背負ってしまった。あぁ、おしまいだ。これから、俺はどうなっちまうんだろう。女子高生なんか轢き殺しちまって。あの子、やたらと美人だったからな……。マスコミもうるさいんだろうな。ああ……、どこかで仮眠をとっていれば。
後悔なんて、しても無駄なもので。かび臭くて、硬い留置所のベッドの感触はまるで変化を見せない。やることと言ったら、汚い天井のシミを数えることぐらいだ。
「中学ン時に万引きしたときだって、留置所には入んなかったのに……」
グズグズと嘆いていたら、俺はいつの間にか夢の中に入って行った。
――起きろ。
嫌だよ、馬鹿。
――起きろと、言ってるのじゃ。
うるせーよ、誰だよテメエ。
「起きんかい!」
瞬間、弁慶の泣き所に強烈な痛み。何だ、何だ! 誰だか知らねえが、骨折れたんじゃねーか? 警察がこんなこと、やっていいわけない。
「いってえだろ! ボケコラァ!!」
叫びをあげて、起き上がる。留置所じゃない。ここはどこだ。そして、目の前に浮かんでるジジイ。お前は誰だ。
「テメエ、誰だ?」
「わしは神だ」
神様? このちっこいのが? 超弱そう。爺さんだし、ちっさいし、杖ついとるし。すごく楽に勝てそうなんですけど。こんなのが神様なら、俺の近所に住んでる爺様たちも皆神様になれるな。
で、この神様がいったい俺に何の用があるというのか。言っておくが、これから罪はたっぷり償うことになるんだぜ。お前からじゃなくて、塀の中でな。出所した後も、きっと賠償金まみれだぜ。被害者にはもちろん、損害出した会社に対しても。いったい、いくら掛かるやら。もう首を吊るしかないのではないだろうか。
「そんで、神様が何の用だよ。知ってんだろ? 俺は人生終わらしちまったんだ。よりによって美人の女子高生を轢き殺してなぁ! もう、お終いだって分かってんだよ! 夢の中でのお説教なんか、いらんわ!」
「その美人女子高生は、今ここにいるぞ」
……はい? 何て言いましたか、この爺さんは。いるわけないでしょ、だって彼女は死んじゃったんだもの。俺が結果的に殺しちゃったんだもの。それ、幽霊ってことじゃないか。やめてくれよ、俺幽霊とか駄目なんだよ。ホラー映画は見れないんだ。
とんとん。
誰かから肩を叩かれた。振り返る。そこには見覚えのある制服と、綺麗なお顔。
「あのー……、トラックの人ですよね?」
「……ええ、ソウデゴザイマス。モウシワケゴザイマセン、ホントウニ」
思わず片言になった。本当だった、マジだった。彼女がいる。俺が轢いちゃったはずの彼女がいる。人形みたいに綺麗な容姿が、逆に俺を恐怖の谷底に突き落とす。やめてくれ、そんな目で見ないで。そんな善良な目で、俺を見ないでくれー!
「そこのちゃらい青年。お主は眠気とわけの分からん爆音に気を取られて、彼女を轢いた。当然、彼女は死んで、わしが新たな命を授けるはずじゃったんだがの。あまりに悲惨な死に方だったから、本人の要望を聞いて異世界に転生させてあげることにしたのじゃ。分かるかの?」
わっかんねーよ、ジジイ! あと、ちゃらいとか言うな。俺はちゃらくないわ。それにわけ分からん爆音でもない! ヒップホップだ、ヒップホップ。馬鹿にするなよ、爺さん。
「そこで、チャラ男よ。お主には罰として、異世界での彼女のサポートを命じるぞ」
……何だと? 異世界だと? 俺も行けってのか。いや、まぁ決して悪い話じゃねぇけど。故意ではないとは言え、殺した相手と一緒に行動しろ、と? そんなの罰ゲームだ、過酷すぎる。
「……異世界に行けるとなったら、勇者になるっきゃないです。勇者にはお供が必要です。そこで、私の人生を終わらせてくれた貴方を従者に指名します」
貴方も道連れです。人形みたいに綺麗な彼女が笑った。勇者というより、女神のようだった。女神の宣告は絶対だ。俺に選択権は無いのかもしれない。
「これから、よろしくお願いしますね。責任取ってくださいよ。何があっても、そばにいてもらいますからね?」
つくづく思う。もうちょっと、普通の出会いだったらな……、このセリフも胸に響くんだけどな。
「……分かりやした……」
――こんな感じで、俺の数奇な……贖罪異世界生活が始まった。彼女と一緒に世界を救うのは……多分ずっと後の話だ――。