くまったチョコちゃん
はぁい。地球の皆さん、こんにちは。
私、つい一ヶ月前まで地球の日本で女子大生をしておりました江藤ちよ子と申します。
気軽にチョコちゃんって呼んでね。なーんて。はは…。
うん。
察しの良い皆様の事。もう私の状況は薄々理解していらっしゃるでしょうから、早速ネタバレしちゃいますが…。
どうやら私、ネット小説で流行している異世界トリップってヤツを体験してしまったらしいのです。
しかも、人間以外の姿になるというオプション付きで…。
別に、死んだ覚えも無ければ召喚っぽい何かに巻き込まれた覚えも無いし、トリップに憧れていた覚えも無いんですけどね。
なんででしょうね。
ちなみに混乱や絶望の時期はすでに過ぎました。
今はこの世界で生きて行くために色々と試行錯誤している段階です。
さて…、ここで皆さんに質問。
私は、一体何になったんだと思います?
愛玩系の可愛い猫ちゃん?
強くてかっこいいドラゴン?
それとも獣人やエルフのような亜人?
スライムやゴブリンのようなモンスター?
いいえ、いいえ。
それらはきちんとこの世界に存在しますが、残念な事に答えはどれとも違います。
私がなったのは………なったのは……グリズリー…です。まさかの。
日本的な呼び方をするとハイイログマですね。ヒグマの一種です。
専攻がそっち方面でしたので生き物の分類とかは割と正確ですよ。
地球にいた生物なら、ですけどね。えぇ。
トリップ先はどこかの森の中。
大学で講義を受けていたはずなのに、気がついたらもうグリズリーでした。
思わず、なんじゃこりゃーー!と叫んだんですが、それがとんでもない咆哮になっちゃって自分でビックリして引っくり返っちゃいましたよ。
あぁ、今思い出しても恥ずかしい。誰にも見られていない事が唯一の救いです。
あ、そうそう。
ここまで全て私の脳内にいる妄想で作り出したお客様に話しかけているのであって、周囲には一切誰もおりませんのであしからず。
って、わざわざ言うまでも無いですね。グリズリーですもんね。
話しかけられるような存在がいたら逆に怖いですよ。
おっと?視線が痛いです。非常に痛いですよ。
誰ですか?時空を超えて冷たい視線を送って来るのは。
孤独に苛まれすぎた私が、うっかりMに目覚めちゃったらどうしてくれるんですか?
しかし、おかしいなぁ。一人暮らしをしていた時でさえちょっと独り言が増えたくらいで別に脳内で妄想を繰り広げたりはしなかったんですけどねー。
これが、真の孤独の威力というものなのでしょうか。
人間社会で一人暮らしって言ったって、結局引きこもりでもしない限り誰かしらと交流がありますもんね。
…交流と言えば、まだ森で自分以外のグリズリーに会った事がないんですよね。
まぁ、会いたくは無いですが。
だって、絶対ナワバリ争い的なケンカになるか、もしくは無理やり犯される羽目になるじゃないですかー。やだー。
人間の精神の残ってる私にそんな野蛮な事ができるわけないですよ。
と、言いつつ草食動物を狩ったり魚を獲ったりして、生でガツガツ食べちゃうような人間にあるまじき行動とか普通に取っちゃってるんですけどね。
ま、命には代えられないって事で。
女はいざとなったら逞しいものです。
ちなみに、何で森から出ずに生活している私がドラゴンや亜人やモンスターの存在を知っているかと申しますとね。
単純な話で恐縮ですが、実際に会った事があるからなんですよ。
あぁ、いつ思い出しても鳥肌ものです。
どっいつもこいつも、人の肉と毛皮狙いで問答無用で襲いかかって来やがって、チクショー!
ファンタジー世界マジ鬼畜!
地球なら人間にさえ気をつければ、グリズリーレベルの動物がそうそう命の危険になんか陥らないだろうに!
それでもこうして生き残っている私って、何気にすごくないですか?
まだグリズリー歴一ヶ月ですよ?
もしかして、この肉体、赤カブトレベルの猛者なグリズリーのものだったんでしょうかね?
と言っても、メスだし体格も特別大きいってワケでも無いですけど…って、うわぁーーーー!
噂をすればエルフですよ!
アイツら森の被害とか全然考えずに魔法ガンガン打って来てタチが悪いんだよ!
ああっ、ちょっ!三人組とか卑怯千万っ!
ひぃぃぃ!火とか水とか風とかそんな連続でうぉぉぉぉおおお!
避けろ、避けなきゃ死ぬぞ私ぃぃい!
上!上!下!下!左!右!左!右!B!A!そいやぁああああ!
あーもーっ!ここお気に入りの花畑だったのにーーッ!
誰だ、元の世界でエルフが森の賢者どうとか大嘘ブッこいたのは!
耳長色白金髪美形揃いはそのままなのに、とにかく野蛮で脳筋って感じの奴らばっかだよ!
種族ターザンって言われた方がまだ納得できるよ!
策を弄さずにただ魔法攻撃連発してくるだけだから、こっちとしては助かるんだけどね!
この火力で頭も良かったらとっくにヤラれてたわ!
そんなこんなで、忙しなくも充実した毎日を過ごすチョコちゃん。
実は彼女はグリズリーの成獣などではなく、成長すれば7メートル強の体長を持つ世界でも最高位の攻撃力を誇るサタンベアという魔王種に属する魔物の幼生体であるのだが、その重大な事実をチョコちゃんが知るのはまだ遠く先の事である。