現実世界【タワーポイント】
空間移動装置に乗って食堂に向かう。
保健室を出る前にサクラ先生から、保健室に来る時に入った白い空間の名前を教わった。
一階しか突破していないフィーには、見えない壁に遮られて通れない通路が多いらしい。
しばらくはスペラーターに乗って移動することになりそうだ。
そわそわしながら目前の扉を見ていると、軽い音とともに扉が開いた。
扉の外にはタイル張りの通路が左右に広がり、前方にはガラス張りの開かれた扉があった。
壁に食堂の看板が立てかけられている。
混み合う時間帯が過ぎたのか、人の気配はまばらだった。
食堂の中から食欲をそそる匂いが漂ってきて、足早にスペラーターを降りる。
見知らぬ場所は緊張するけれど、今のフィーは無敵だった。そう、背に腹はかえられないのだ。
意気揚々と食堂に入ったフィーは、券売機前で難関に行き当たり、考え込む羽目に陥った。
「……TP?」
【本日のおすすめ定食】の下のボタンに書かれた500TPの文字に小首を傾げる。
TPが500必要なことは分かるけど、肝心のTPが何なのか分からない。
「タワーポイントのことだ」
背後からの低い声に目を見開く。全く気配を感じなかった。
「えっ……と! ……タワーポイント?」
戸惑いながら後ろを見る。
学生服の胸元が見えた。ゆっくりと上に視線を滑らせると、鋭い灰色の目と視線が交差した。
「……記憶が無いなら先に保健室に行ってこい」
彼の鋭い目が細まり、睨まれている気分になる。
「い……行きました。あのッ……お先にどうぞ」
券売機の前から横に移動する。
(私がもたもたしてたせいで、待たせてしまったのかも。TPの意味を教えて貰えて良かった。だけど、タワーポイントって何だっけ。さっきも文字だけは見たような気がするけど……)
フィーが顎に指を当てて唸っていると、目前の青年が襟足までの黒髪をかき揚げ、腕を伸ばしてきた。
「セレクター証を出せ。教えてやる」
「え、本当ですか! ありがとうございます」
見た目は怖いけど、親切な人だった。
フィーは頭を下げてから、いそいそとロケットペンダントを取り出した。
「ロケットを開いて、タワーポイントの項目を押してみろ」
「あ、はい!」
ロケットを開くと立体映像が目前に広がった。
機械に嵌めなくても映像が出てきたことに驚く。
(目的地の項目がない……。スペラーターの機械に置くと項目が出るのかな)
「押したか?」
「待ってください……押しました!」
慌てて【タワーポイント】の項目を押す。
【所持TP:10,000】
映像の中央に目立つ表示が出現した。小さく【収支履歴】の項目も出ていた。
「所持TPが表示されたら券売機のボタンを押せ」
言われるがままにボタンを押す。
券売機の右端の画面に【500TP】の文字が表示される。
「画面にロケットをかざしてみろ」
頷いてロケットをかざしてみる。
鈴が鳴る音がして画面の表示が消えた。
券売機の取り出し口に【本日のおすすめ定食】の券が一枚出てくる。
フィーは無言で目を輝かせた。
(何これ凄い! 残りTPは減っちゃったけど、どんな定食が食べれるのか楽しみ)
券を取り出して青年を見る。
「ありがとうございました! これで食事ができます」
「そうか……良かったな」
彼の目元から少しだけ険が取れた気がした。
フィーが券売機の横にずれても、青年は機械を使う様子もなく向きを変える。
「待ってください……先輩? お礼をさせてください!」
彼の背を追って声をかける。フィーと同じ新入生では無さそうだったから、先輩だと当たりをつけたのだ。
彼は近くの自販機の画面にセレクター証をかざして、取り出し口から缶コーヒーを手に取った。
フタを開けて一口飲んだ後、フィーに視線を向けてくる。
「必要ない」
「でも……だったら名前だけでも教えてください。いつか恩返しさせていただきます!」
「……恩とか……おおげさ」
面倒そうなため息に、少しだけ気圧される。
「俺はラン。恩返ししてる暇があるなら、自分の心配をした方がいい。じゃあな」
「分かり……ました。あ! 私はフィーといいます。本当に助かりました……ラン先輩」
食堂から去って行く先輩の後ろ姿に、慌てて言葉を投げかけた。
彼に自己紹介が聞こえたのか分からないが、また会えたら恩返ししようと心に決めた。




