塔【一階層】
短編で投稿した内容と同じです。
『あなたは私の──。塔を登って──』
誰だろう。暖かくて、だけど少し冷たい声。初めて聞いたはずなのに、なんだか安心する。
目の前の霧が晴れて、塔が見えた。広い草原に、色とりどりの花畑。その中心に聳える荘厳な塔。
誘われたように入口まで歩くと、豪奢な扉の内側に吸い込まれる。自意識が消失する恐怖に固まった。
一瞬の暗闇。そして、真っ白な空間にフィーは立っていた。
いや、真っ白ではなかった。下を見ると自身の姿が反射して見えた。
「白髪……可愛い」
肩下までの白髪。毛先は緩やかにウェーブを描いている。毛先に触れてみるとふわふわしていた。細くて柔らかい。
白いローブから覗く指先は乳白色で滑らか。白い髪に縁取られた顔も自然な白さ。全体的に儚い雰囲気の少女だった。
「目は灰色……なんだか空気に溶けちゃいそう」
頬を触って温もりを感じ、生きていることを実感する。
少しほっとして、ゆっくりと周囲を見渡す。
広い空間だ。壁が見えない。
「塔に吸い込まれたから、塔の中だと思うけど、なんで私はここに居るんだろう」
《それは、君が塔に選ばれたからだよ。ようこそタワーセレクター学校へ。入学おめでとうフィー》
「ひゃっ! びび、びっくりしたぁ!」
突然、真横から幼い子どもの機械的な声が聞こえて、フィーは飛び上がった。
ちょっと体がふわりと浮かんだ気がした。だけど、床に転んだ痛みで、涙目になりながら腰をさすった。
きっと浮かんだのは気のせいだったんだ。
恐る恐る声が聞こえた方を見る。
「……ロケットペンダント?」
何でだろう。自身の記憶も曖昧なのに、見ただけでそれがロケットペンダントだと分かった。
このペンダントから声が聞こえたんだ。
立ち上がって、空中に浮いているペンダントを手に取る。
銀の鎖に金色に縁取られた白いロケット。
「タワーセレクター学校……?」
ロケットに書かれた流麗な文字。首を傾げてその文字を読み上げていた。
「分からないけど、ペンダントは首からさげるものだよね……」
鎖部分を首からさげて、ゆっくりとロケット部分を開く。
中から柔らかな光が溢れ出し、空中に立体映像が現れた。
「ちょ、ちょっと待って!」
驚きでロケットが手から滑り落ちそうになって、慌てて掴む。
危なかった。
片手で胸元を押さえる。跳ねる鼓動が少しずつ収まっていくのを感じた。
《僕は君の案内精霊ナビ》
フィーの慌てぶりを気に留めた様子もなく、目前の映像から先ほどの声が聞こえてきた。
灰色の長い髪と丸い目をした子どもだ。性別は……分からない。声の感じから男の子みたいだけど、精霊だから性別は無いのかも。
《分からないことがあったら、このロケットを開いてね。質問に答えるよ》
縋るようにナビを見た。
分からないことは沢山ある。この子は全部答えてくれるんだろうか。
「塔に選ばれたってどういう意味なのかな……?」
《そのままの意味だよ。フィーは塔に選ばれてここに居るんだ。選ばれた人間は、この塔を登ることで成長できるんだよ》
何だか、煙に巻かれたような。
少し眉をひそめながら、フィーは頷いた。
来たからには塔を登らないといけないんだ。塔の外で聞こえたあの優しい声を思い出す。塔を登ろう。
自然とそんな思考に傾いていた。
「塔を登るには、どうしたら……いいのかな?」
ナビが暖かな微笑みを浮かべた気がして目を瞬く。
《階層ごとにある試練を突破すると登れるよ》
説明は機械的だけど、この子にも心はあるのかも知れない。
《あ! 行き詰まったら、会話映像を見るのも手だよ。フィーと同じセレクターの会話を見れるし、フィーも会話を送れるから、塔を登る助けになるかも》
「……えっ?」
(他の人? あ、タワーセレクター学校……。そういう意味か。私だけなら、学校とか無いよね)
立体映像からナビの姿が見えなくなると同時に、一階過去会話、現在会話の二つの見出しが映像内に浮かび上がる。
見出しの下に【内容確認】の吹き出しがあって、吸い寄せられるように、指で吹き出し部分を押してしまう。
一階過去会話
【アレン:記憶無いんだけど、これって普通のこと? それとも俺がやばいの?】七年以上前
【リーレイ:セレクターになったの!? 本当に、私が?!】五年以上前
【ラン:取り敢えず、ここの試練を試してるとこ】三年以上前
【ユリア:記憶吹っ飛んだ人、結構いるんだ……】一年未満
ズラズラと過去会話の文字が立体映像に映し出されて、目を回しながら飛ばし飛ばしに文字を追った。
「この会話って、今一階にいる人じゃなくて、過去の……」
《そうだよ。フィーが過去会話の確認を開いたから、表示されたんだ。現在の会話を見たければ、現在会話を表示しないとだよ》
過去会話の端っこからナビが姿を覗かせて、フィーの独り言に反応してくれる。
ナビは人間じゃないけど、孤独感が薄れて有り難い。
「そうなんだ。教えてくれてありがとうナビ君」
何となく男の子だと仮定して、ナビに微笑みかけると、彼は照れたように頭を掻いた。
やっぱり自意識があるみたい。
現在会話に表示を切り替えてみる。
一階現在会話
【キリエ:塔を登ると何があるのか分かる人いる?ナビは詳しく教えてくれないの】
【ユリース:え、まじ? キリエじゃん。記憶飛んでんのウケる。まあ、頑張って試練突破してみなよ】
【キリエ:あんた誰? いきなり失礼なんじゃない? 私の知り合い……?】
【ユリース:腐れ縁だし。というか、同時にセレクターになるとか、腐れ縁通り越して運命かよ。ウケる】
【キリエ:いや、突然運命感じられても困るんだけど。ユリース? だっけ。あんた、もう試練突破したってこと?】
【ユリース:今試してるとこ。俺の力が何なのかさっぱり分からん】
【オルガ:おい、新人二人。ここは公開会話だぞ。身内同士の会話は個別会話でやれ。他の人が困ってるかも知れないだろ】
【ユリース:えっと、オルガさん? 先輩っすか。すみません。興奮してました! 一階の試練、どうやったら突破できるか教えて下さい!】
【オルガ:自分で考えろ。それも経験だ】
どうしよう。会話を追うだけで精一杯だ。
現在会話から視線を逸らして目を閉じた。顎に指先を当てながら思案する。
(ユリース君? は記憶があるみたい。積極的に塔を登ろうとしてる。オルガ先輩? は上の階層にいる人で、助言はくれなそう。進んでみないと何も始まらないのかも。試練か……やってみよう)
深く息を吐いた後、ゆっくりと目を開ける。
未だに続いている現在会話を閉じて、ロケットを襟元から服の内側に滑り込ませた。
試練で何があるか分からない。だからロケットを安全な場所に隠したのだ。
「試練って言われても、周囲には何もないし、どうすればいいんだろう……歩いてみる?」
階段とかあるかもしれない。
歩き出そうとした瞬間。目前の風景が変わった。
「ふぎゃっ。な、何……?」
驚きで変な悲鳴が漏れる。もう何回驚いたか忘れそうだ。
自身の姿を反射していたはずの床が草原になり、目の前に立て看板が現れた。
「塔って何でもありなの? 逆に冷静になってきたかも」
ジト目で立て看板の内容を読む。
【力を示せ】
「……これだけ? 力って何? どういうこと……」
拳を握ってみる。首を傾げて、握った拳を胸元から前に突き出してみた。
何も起こらない。
みるみる頬に血が上る。
「は、恥ずかしい……何やってんだろ」
両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまう。
しばらく動かないでいると、草を掻き分ける音が聞こえてきた。
肩を震わせて、警戒しながら両手を顔から退かす。
「か……かわいぃ」
しゃがんでるのに、土下座するくらいに崩れ落ちる。
小さくて、丸くて、もふもふな。
「ハムスター?」
眼前に可愛らしい生き物がいた。
今絶対、誰にも見せられない表情をしてる自信がある。
触りたい、愛でたい、なでなでしたい。
衝動に突き動かされて、両手でハムスターを持ち上げた。
「……っ。痛ッ」
怯えさせてしまったのか、指を噛まれて咄嗟に振り払ってしまう。
ハムスターが結構な勢いで地面に転がり落ちた。
(あっ……あぁ、ごめんハムちゃんっ!)
自身の指から血が滴る。
痛みに顔をしかめながらも、あたふたとハムスターの無事を確認した。
ハムスターは地面でぐったりとしている。
(た、大変だ! 怪我させちゃったのかも! 手当てしてあげないと。でも、どうやって? ……ぇえい、ここは塔。何があってもおかしくない。それなら……)
「治れー! 治って! ハムちゃん元気になって!!」
全力で祈った。ハムスターにそっと触れながら、必死に願いを込めた。
指先からキラキラと輝く光の粒が広がり、ハムスターを包み込む。
体から何かが抜けていく感覚。急な脱力感に襲われ、目の前に靄がかかった。
意識が無くなる寸前、盛大な音楽と共に、ハムスターの後ろに階段が現れるのを見た気がした。
(……試練……突破した……のかな。ハムちゃん、怪我させて……ごめんね。……治せたみたいで……良かった)




