都市伝説倶楽部 活動日誌・第1号― 新校舎と、使われていないはずの旧校舎 ―
4月7日。
入学初日。
正直に言えば、特別な感情はなかった。
期待も不安も、たぶん人並み以下だと思う。
…まあ、中学の延長線だと思ってる程度だったな。
朝の電車でスマホを眺めながら、
「高校ってこんなもんだろ」と考えていた。
校門をくぐったときに目に入ったのは、やけに新しい校舎だった。
ガラス張りで、無駄に広いし、いかにも“最近建てました”という顔をしている。
わかんねぇけど、なんか腹立つな。
新校舎ってやつは。
理由は分からない。
たぶん、やたら眩しいからだと思う。
ガラス張りで、天井が高くて、
「未来」とか「可能性」とか、
そういう言葉を押し付けてくる感じがする。
俺はそういうのが、あんまり好きじゃない。
入学式は、新校舎の講堂で行われた。
天井が高くて、音がよく響く。
校長や来賓の話は、正直ほとんど頭に入ってこなかった。
隣の席のやつが欠伸したりしてるし、ぼーっとしてる。
前の列の男子の後頭部を見て、早く終われって思う。まあ、時間は勝手に過ぎていく。
「次に、在校生代表の挨拶。在校生を代表して、
生徒会長、黒葛原有栖さん」
その名前が呼ばれた瞬間、
体育館がざわついた。
どうやら有名人らしい。
周りの新入生も、
「生徒会長だって」「ファンクラブあるらしい」
なんて小声で言っている。
壇上に現れたのは、
黒髪の長い女子生徒だった。
姿勢が良くて、
制服の着こなしも完璧。
――いかにも、優等生。
正直、
無難な挨拶が始まると思っていた。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」
ここまでは普通だった。
声も落ち着いているし、
話し方も丁寧。
……だが。
「さて。
皆さんは、この学校について
どれくらい知っていますか?」
その瞬間、
体育館の空気が一瞬止まった。
え?
それ、今聞くことか?
つーか、なんなんだ、この人は…。
教師席の方を見ると、
何人かが微妙な顔をしている。
「新校舎は、去年完成しました。
綺麗で、安全で、設備も整っています」
うん、まあ、知ってる。
「――でも、
この学校にはもう一つ、
校舎があるのをご存知ですか?」
ざわっ。
俺の中で、
小さく何かが引っかかった。
「使われていない旧校舎。
今は物置扱いで、
立ち入りもほとんどありません」
教師の一人が、
露骨に咳払いをした。
やめろ、
と言いたそうな咳だった。
「ですが、
そこには“面白い話”がたくさん残っています」
有栖は、
そこで一度、笑った。
優等生の微笑みじゃない。
楽しそうで、
ちょっと危ない笑み。
「夜に足音がする、とか。
誰もいないはずの教室で、
黒板が書き換えられている、とか」
おいおい。
在校生代表挨拶だぞ、ここ。
体育館がざわつきを通り越して、
ざわざわざわ、と騒がしくなる。
「もちろん、
全部“ただの噂”です」
そう言いながら、
彼女ははっきりと言った。
「――信じるかどうかは、
皆さん次第ですが」
教師席の方で、
誰かが立ち上がりかけた。
遅い。
「この学校は、
勉強する場所であると同時に、
“知ってはいけないこと”を
知ってしまう場所でもあります」
完全にアウトだろ。
新入生たちは、
呆然と壇上を見つめている。
俺も、その一人だった。
「もし、
好奇心が抑えられない人がいたら」
有栖の黒い瞳が、
体育館をゆっくりと見渡す。
――そして、
一瞬だけ、俺の方を見た。
気がした。
「その時は、僕は歓迎します」
最後に、
彼女は軽く頭を下げた。
「以上で、
在校生代表挨拶を終わります」
拍手は、
まばらだった。
教師たちは固まっているし、
新入生は混乱している。
俺はというと――
(なんだ今の……)
そう思いながらも、
胸の奥が、
ほんの少しだけ、ざわついていた。
拍手が終わっても、
体育館の空気は妙にざらついたままだった。
あの挨拶のせいだろう。
教師たちは何事もなかった顔をして
次の案内に進んでいたが、
新入生のざわつきは収まらない。
「今の、何だったんだよ……」
「旧校舎って、入っちゃダメじゃないの?」
「生徒会長、変じゃね?」
俺も同意見だった。
――変だ。
どう考えても。
式が終わり、クラスごとに分かれて校内を回る。
新校舎はやたらと綺麗で、
白い廊下に、最新式の設備。
さっき感じた“腹立たしさ”が、
さらに増した。
そんな時だった。
「君」
後ろから声をかけられた。
振り返ると、
そこに立っていたのは――
さっき壇上にいた、生徒会長。
黒葛原有栖、先輩だ。
近くで見ると、
やっぱり整っている。
目立つし、オーラもある。
なのに。
「さっきの挨拶、どう思った?」
第一声が、それかよ。
「え、いや……」
言葉に詰まる俺を見て、
有栖は面白そうに笑った。
「正直でいいよ。
教師向けの感想は要らない」
完全に圧が強い。
「……変だな、って思いました」
気づいたら、
本音が出ていた。
言ってから、
(あ、やべ)と思った。
でも黒葛原先輩は怒らない。
むしろ、満足そうだった。
「正解」
即答だった。
「普通の人は、
違和感を感じても
考えないふりをするからね」
この人、
やっぱりおかしい。
「君、名前は?」
「前山です。
前山誠」
「ふうん」
黒葛原先輩は、
俺をじっと見る。
まるで、
品定めするみたいに。
「ねえ前山くん。
君、旧校舎に興味ある?」
嫌な予感しかしなかった。
「……いや、別に」
即答。
関わりたくない。
本能がそう言ってる。
だが。
「嘘だね」
さらっと否定された。
「目が動いた。
興味ない人の反応じゃない」
何それ、怖い。
「大丈夫。
無理強いはしないよ」
そう言ってから、
一拍置いて。
「――今日は、まだ」
今日は、まだ?
その言い方が、
一番嫌だった。
「有栖ー」
別の声が割り込む。
振り返ると、
銀色の髪の女子生徒が
小走りで近づいてきた。
柔らかい雰囲気で、
どこかおっとりしている。
可愛い。
「また変なこと言っとるでしょ?」
訛り……?
博多弁?
いや、ちょっと変だ。
「紹介するね」
黒葛原先輩が言う。
「ヴァレーリヤ・イヴァノヴァ。
僕の幼馴染で、
――共犯者」
最後の単語、
絶対いらないだろ。
「ヴァレリアでよかよ〜。
前山くん、入学おめでと」
にこっと笑われて、
逆に警戒心が上がる。
けど、可愛い。
よし、決めた。遠慮なくヴィレリア先輩と呼ぼう。
俺の決意は強い。うん。
この二人、
絶対ロクなことしない。
いや、ヴィレリア先輩は可愛いからいいか。
「ねえ誠くん」
いつの間にか、
名前呼びになっている。
「ちょっとだけ時間ある?」
俺は一瞬、
断ろうとした。
……した、はずだった。
「旧校舎、
入口まででいいから」
その一言で、
なぜか言葉が詰まった。
頭の中で、
さっきの挨拶が再生される。
“知ってはいけないこと”
――くそ。
「……入口だけですよ」
気づいた時には、
そう答えていた。
黒葛原先輩は、
満足そうに笑った。
「決まりだね」
その笑顔を見た瞬間、
はっきり分かった。
俺はもう、
この人たちに捕まった。
教師側からすると最悪な生徒会長である。




