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魔力の見えない公爵令嬢は、王国最強の魔術師でした  作者: mera


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第四章

試験から三日後、私は宮廷魔術師団の執務室に出仕した。

白を基調とした広い部屋。壁には魔法陣の図面や古文書が並び、中央には大きな円卓がある。既に数名の魔術師が集まっていた。


「新人か」


一人の男性魔術師が、値踏みするような目で私を見た。


「噂は聞いている。特別試験で団長に勝ったとか」

「正確には、団長が降参されたのです」


私は静かに訂正した。男性魔術師は鼻を鳴らした。


「どちらでも同じだ。まあ、魔力だけは認めてやる。だが、宮廷の仕事はそれだけじゃない」

「承知しています」

「ほう、生意気だな」


男性魔術師が笑おうとした時、オズワルドが部屋に入ってきた。


「おはよう、諸君」


全員が姿勢を正す。


「今日から新メンバーが加わる。リーナ・アーデルハイト。よろしく頼む」


オズワルドの紹介に、魔術師たちは複雑な表情で私を見た。

嫉妬、好奇心、疑念。様々な感情が入り混じっている。

宮廷魔術師団は実力主義の世界だ。新人がいきなり加わることへの反発は、予想していた。


「早速だが、アーデルハイト。君には重要な任務を与える」


オズワルドが羊皮紙を広げた。そこには複雑な魔法陣が描かれている。


「王宮の結界が老朽化している。これを修復する作業だ」

「結界の修復……」

「ああ。王宮を守る巨大な防御結界だが、百年以上前に構築されたものでね。あちこちに綻びが出ている」


オズワルドの説明に、私は羊皮紙を注視した。

魔法陣は七重の層構造になっている。

それぞれが異なる属性で編まれ、互いに干渉しないよう精密に調整されていた。


「通常、結界の修復には十人以上の魔術師が必要だ。各属性の専門家が協力して、少しずつ修復していく」

「つまり、私一人では……」

「いや、君ならできる」


オズワルドは真剣な目で私を見た。


「純粋魔力を持つ君なら、全ての属性を扱える。理論上、一人でも修復可能だ」


理論上、という言葉が引っかかった。


「実例は?」

「ない」


オズワルドは即答した。


「純粋魔力を持つ魔術師自体が、数百年に一度の稀少さだ。前例はない」


つまり、成功するかどうかわからない実験的な任務。


「断っても構わない。これは高難度の任務だ」

「いえ」


私は首を横に振った。


「やります。私の力を試す良い機会です」


オズワルドが満足そうに頷いた。


「では、準備を整えてくれ。作業は明日の夜明けに開始する」


その日の夕刻、私は王宮の図書館で結界魔法の文献を漁っていた。

古い書物から、結界の構造と修復方法を学ぶ。

純粋魔力を持つとはいえ、知識がなければ何もできない。


「熱心だね」


声に顔を上げると、エドワードが立っていた。手には数冊の本を抱えている。


「エドワード様」

「堅苦しいのは嫌いだ。エドワードでいい」


彼は私の向かいに座った。


「結界の修復任務、聞いたよ。大変な仕事を任されたね」

「光栄なことです」

「本心では?」


エドワードの問いに、私は少し考えた。


「……不安です。前例のない任務ですから」

「正直でいい」


エドワードが微笑んだ。


「君の不安は当然だ。結界魔法は魔術の中でも最高難度。一つ間違えれば、王宮全体が危険に晒される」

「励ましになっていませんよ」

「励ますつもりはない」


エドワードは持っていた本を私の前に置いた。


「これは、私の研究ノートだ。結界魔法の理論と、純粋魔力の応用方法について書いてある」


私は驚いて彼を見た。


「いいんですか? 研究ノートは魔術師の命のようなものでは」

「君になら貸せる。読み終えたら返してくれればいい」


エドワードは立ち上がった。

「それと、もし困ったことがあれば、いつでも私の研究室に来るといい。力になろう」


彼は去っていった。

残された研究ノートを開くと、丁寧な字で理論が書き連ねてある。

この人は、本当に私を助けようとしている。

胸が温かくなった。





翌朝、夜明け前。

王宮の中庭に、巨大な魔法陣が描かれていた。結界の制御中枢に繋がる魔法陣だ。

オズワルドと数名の魔術師が見守る中、私は魔法陣の中央に立った。

「準備はいいか?」

「はい」


深呼吸をして、魔力を解放する。

純粋魔力が魔法陣に流れ込み、結界全体が可視化された。

王宮を覆う巨大な半球状の結界。その表面に、無数の亀裂が走っている。


想像以上に損傷が激しい。

これを全て修復するには、膨大な魔力と集中力が必要だ。

私は魔力を七つの属性に分割し、それぞれを結界の損傷部分に送り込んでいく。


火属性の層には火の魔力。水属性の層には水の魔力。

一つ一つ、丁寧に修復していく。

時間が経つにつれ、額に汗が滲んだ。

集中力が途切れそうになる。魔力の制御が乱れかける。


「リーナ様!」


マリアの声が聞こえた。彼女は中庭の端で、心配そうに見守っている。

その声に、私は気持ちを立て直した。


まだだ。まだ終わっていない。

さらに魔力を注ぎ込む。結界の亀裂が、少しずつ塞がっていく。


太陽が昇り、空が明るくなる。

作業開始から三時間。ようやく、全ての亀裂を修復し終えた。


「……完了です」


私が告げると、オズワルドが結界の状態を確認した。


「素晴らしい。完璧だ」


周囲の魔術師たちが、驚愕の表情で結界を見上げている。


「一人で、本当に修復した……」

「信じられない……」


私は魔法陣から降りた。足が少しふらついたが、マリアが支えてくれた。


「お疲れ様です、リーナ様」

「ありがとう、マリア」


オズワルドが近づいてきた。


「見事だった。君の実力は本物だ」


その言葉に、私は少しだけ誇らしい気持ちになった。


結界修復の成功は、すぐに社交界に広まった。

魔力のない公爵令嬢として蔑まれていた私が、宮廷魔術師として王宮の結界を単独で修復した。

その噂は、瞬く間に貴族社会を駆け巡った。


「アーデルハイト令嬢、実は規格外の魔力を持っていたらしい」

「宮廷魔術師団長も認める実力だそうよ」

「あの娘と婚約していたヴェルナー子爵、今頃後悔しているでしょうね」


社交界の話題は、私とアレクシスのことで持ちきりだった。

アレクシスは、自宅に引きこもっていた。

屋敷の執務室で、書類の山に囲まれながら、彼は頭を抱えていた。


「どうして……どうして気づかなかったんだ」


父親のヴェルナー子爵が、厳しい顔で息子を見ている。


「お前は、とんでもない失態を犯した」

「父上……」

「アーデルハイト家は公爵家だ。我が家よりも格上。その令嬢との婚約は、我が家にとって願ってもない好機だった」


子爵は溜息をついた。


「それをお前は、魔力がないという理由だけで破棄した。しかも、彼女は実際には王国最高峰の魔術師だった。これがどれほどの損失か、わかっているのか」

「わかっています……」


アレクシスの声は小さかった。


「国王陛下からも、直接叱責を受けた。このままでは、我が家の立場が危うい」

「どうすれば……」

「今更、どうにもならん」


子爵は冷たく言い放った。


「お前は、自分の愚かさの代償を払うしかない」


アレクシスは顔を伏せた。

執務室を出ると、廊下でルシアが待っていた。


「アレクシス様……」

「ルシア……」


二人は、何も言えないまま見つめ合った。

婚約破棄以降、二人の関係も微妙になっていた。

ルシアも、自分の選択を後悔し始めていた。


リーナを蔑んだこと、アレクシスを唆したこと、全てが裏目に出た。


「私たち……どこで間違えたのかしら」


ルシアが呟いた。


「さあ、俺にも分からないよ……」


アレクシスは苦々しく答えた。





一方、私は王立魔術学院のエドワードの研究室を訪れていた。

広い部屋には、魔法具や実験道具が所狭しと並んでいる。

壁一面の書架には、貴重な魔術書が収められている。


「よく来てくれた」


エドワードが笑顔で迎えた。


「研究ノート、とても参考になりました」


私は借りていたノートを返した。


「それは良かった。結界修復も成功したそうだね」

「エドワード様のノートのおかげです」

「エドワードでいいと言っただろう」


彼は苦笑した。


「それより、君の魔力について、もっと詳しく調べてみたいんだ」


エドワードは机の上に羊皮紙を広げた。そこには、複雑な魔法陣と数式が書かれている。


「純粋魔力は、全ての魔法の根源だ。理論上、無限の可能性を秘めている」

「無限の可能性……」

「ああ。君の魔力を解析すれば、魔術の新たな地平が開けるかもしれない」


エドワードの目は、研究者としての情熱に輝いていた。


「協力してもらえないか? 君の魔力を、私に研究させてほしい」


私は少し考えた。

自分の魔力について、もっと深く知りたいという気持ちはある。


「条件があります」

「何だ?」

「私も、研究に参加させてください。自分の魔力のことです。当事者として知る権利があると思います」


エドワードが嬉しそうに笑った。


「もちろんだ。むしろ、そうしてほしい」


彼は手を差し出した。


「共同研究者として、よろしく頼む」


私はその手を握った。


「よろしくお願いします」


その瞬間、何かが変わった気がした。

エドワードと私。二人の魔術師が、共に未知の領域に挑む。

期待と興奮が、胸に広がった。


その夜、王宮で小規模な晩餐会が開かれた。

結界修復の成功を祝う、内輪の会だ。

宮廷魔術師団のメンバーと、一部の貴族が招かれていた。

私はドレスに着替え、会場に現れた。

瞬間、周囲の視線が集まった。


「アーデルハイト令嬢だ」

「噂の魔術師か」

「美しいな……」


ひそひそと囁く声。以前とは、明らかに違う。

蔑みではなく、尊敬と好奇心。

私は会場を歩き、オズワルドのもとへ向かった。


「おお、リーナ。よく似合っているよ」

「ありがとうございます、団長」


オズワルドの隣には、国王ディートリヒ三世がいた。


「アーデルハイト令嬢、お見事だった」


国王が直接声をかけてきた。私は慌てて跪く。


「陛下、恐縮です」

「顔を上げなさい。君は我が国の宝だ。もっと誇りを持って良い」


国王の言葉に、私は胸が熱くなった。


「これからも、王国のために力を尽くしてくれ」

「はい、必ずや」


国王が満足そうに頷いた時、会場の入口が騒がしくなった。

振り返ると、一人の男性が入ってきた。

アレクシスだった。

場内がざわつく。


「ヴェルナー子爵……何の用だ?」


誰かが囁いた。

アレクシスは、まっすぐに私の方へ歩いてきた。

彼の顔は青白く、目には疲労が滲んでいた。


「リーナ……」


私の前で、彼は立ち止まった。


「話がある。少しだけ、時間をもらえないか」


周囲の視線が、私たちに集中する。

私は冷静に答えた。


「ここでお話しください」


同じ轍は踏ませない。

とばかりに私が宣言すると、アレクシスが唇を噛んだ。


「……頼む。別の場所で」

「断ります」


私の言葉に、彼は顔を歪めた。


「リーナ、俺は……」

「何でしょうか、アレクシス様」


私は彼の名を、敬称付きで呼んだ。

もはや、私たちは他人だ。


「俺は、間違っていた」


アレクシスが絞り出すように言った。


「お前の……いや、貴女の価値がわからなかった。本当に、申し訳ない」


謝罪。

予想していなかった言葉に、私は少し驚いた。


「もう一度、やり直せないだろうか」

「は?」


今度は、本気で驚いた。


「婚約を、復活させてほしい。俺は貴女を、本当に……」

「お断りします」


私は即答した。


「え……」

「一度壊れたものは、元には戻りません」


私は真っ直ぐにアレクシスを見た。


「それに、貴方は私の魔力が強いから、やり直したいと言っているだけです。私という人間を見ていない」


アレクシスは言葉を失った。


「私は、もう前を向いています。過去は過去です」

「リーナ……」

「さようなら、アレクシス様」


私は彼に背を向けた。

周囲から、小さな拍手が起こった。

オズワルドが頷き、国王が微笑んでいる。

アレクシスは、肩を落として会場を去っていった。

その背中は、ひどく小さく見えた。

私は胸の奥に、わずかな痛みを感じた。

五年間、婚約者だった人。

完全に無感情ではいられない。


「大丈夫か?」


エドワードが隣に来ていた。


「ええ、平気です」

「強いんだな、君は」

「強くなければ、生き残れませんから」


私は微笑んだ。

エドワードも笑った。


「確かに。では、これからも強く生きていこう。私も、君と共に」


その言葉に、私は少しだけ頬が熱くなるのを感じた。

晩餐会は、穏やかに続いていった。

だが、会場の片隅で、一人の男が私たちを見つめていた。

黒いローブに身を包んだ、見知らぬ人物。

その目は、何かを企むように光っていた。

そして、男は静かに会場を後にした。

私は、その姿に気づかなかった。

これが、新たな波乱の始まりだとは、まだ知る由もなかった。

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