第三章
圧倒的な魔力量。そして、純粋魔力だからこそできる、ある戦術。
私は深呼吸し、魔力を全身に巡らせた。
「オズワルド団長、一つ質問があります」
「何だ?」
「貴方は、いくつの魔法を同時に使えます?」
オズワルドが眉をひそめた。
「二種類だ。それが限界だろう」
「では、これに対応できますか?」
私は両手を天に掲げた。
体内の魔力を、可能な限り分割する。
火、水、風、土、光、闇。六つの属性に変換し、それぞれに形を与える。
「『六芒星の魔法陣』」
私の周囲に、六つの魔法陣が展開された。
それぞれの魔法陣から、異なる属性の魔法が発動する。
火の球、水の槍、風の刃、土の柱、光の矢、闇の鎖。
六つの魔法が、同時にオズワルドに向かって放たれた。
「なっ!?」
オズワルドが初めて、驚愕の表情を見せた。
六方向からの同時攻撃。これを防ぐことは、彼にも不可能だった。
オズワルドは経験豊富な戦士だ。
防げないなら、最小限のダメージで済ませる。
彼は最も威力の高い闇の鎖だけを防御魔法で受け止め、他の魔法は敢えて受けた。
受けた瞬間に後方へ跳躍し、威力を分散させる。
それでも彼の服は焦げ、腕に傷を負った。
観客席が、再び騒然となった。
「オズワルド団長に、傷を負わせた!?」
「あの団長が、押されている!?」
オズワルドは腕の傷を見て、笑った。
「これは……参ったな」
彼は剣を地面に突き立て、両手を上げた。
「私の負けだ」
場内が、静まり返った。
「降参する。貴女の勝ちだ、アーデルハイト令嬢」
降参。
宮廷魔術師団長が、降参した。
信じられない光景だった。
だが、オズワルドは納得した表情で頷いた。
「このまま続ければ、私が先に魔力切れを起こす。貴女の魔力量は、私の数倍だ。物量で押し切られる」
そして、彼は私に歩み寄り、手を差し出した。
「素晴らしい才能だ。是非、我が魔術師団に来てくれ」
私はその手を握った。
観客席から、割れんばかりの拍手と歓声が上がった。
「勝った! 新人が団長に勝った!」
「歴史的瞬間だ!」
「アーデルハイト令嬢、万歳!」
試験官が興奮した声で宣言した。
「リーナ・アーデルハイト、全課題完遂! 特別試験、首席合格!」
首席合格。
その言葉が、闘技場に響き渡った。
観客席のアレクシスは、顔面蒼白で立ち尽くしていた。
「そんな……あのリーナが……」
ルシアは呆然と呟いた。
「嘘……私たちが捨てた女が、首席だなんて……」
国王ディートリヒ三世が立ち上がった。
「アーデルハイト令嬢、よくやった。今日より、貴女を我が宮廷魔術師に任命する」
さらに、彼は続けた。
「そして――」
国王の視線が、アレクシスに向けられた。
「ヴェルナー子爵。貴様、あのような逸材を手放すとは、見る目がないな」
アレクシスが震えた。国王に直接非難されたのだ。
「も、申し訳ございません……」
「今後、人を見る目を養うことだ。でなければ、子爵家の未来も危うい」
それは、明確な警告だった。
国王が退出し、観客たちも散り始める。
私は闘技場の中央で、ただ空を見上げていた。
長かった。本当に、長かった。
だが、ようやく証明できた。
私には、力がある。
「リーナ様!」
マリアが駆け寄ってきた。目には涙が浮かんでいる。
「素晴らしかったです! 本当に、素晴らしかった!」
「ありがとう、マリア」
私は微笑んだ。
控室に戻る途中、廊下で声をかけられた。
「リーナ嬢」
振り返ると、見知らぬ青年が立っていた。
深い青の瞳。整った顔立ち。そして、纏う雰囲気が尋常ではない。
「貴女の戦いを見た。見事だった」
「……どなたですか?」
「ああ、失礼。私はエドワード・ヴァルハイト。王立魔術学院の特別講師をしている」
ヴァルハイト。
その名を聞いて、私は息を呑んだ。
ヴァルハイト公爵家。王家に次ぐ名門中の名門。
そして――
「貴女に、一つ提案がある」
エドワードが微笑んだ。
その笑みには、何か底知れない魅力があった。
「私の専属研究助手にならないか? 貴女の魔力を、もっと深く研究してみたい」
予想外の申し出だった。
宮廷魔術師としての任命は既に決まっている。だが、ヴァルハイト公爵家の研究助手というのは、また別の意味を持つ。
「お返事は、急がなくてもいい。ただ――」
エドワードが一歩近づいた。
「貴女の魔力には、まだ秘密がある。それを解き明かせるのは、私だけかもしれない」
その言葉に、私の心臓が高鳴った。
秘密。
確かに、私の魔力については、まだわからないことがある。
なぜ純粋魔力なのか。なぜこれほどの量を持っているのか。
「考えておきます」
「ああ。それでいい」
エドワードは満足そうに頷き、去っていった。
私は彼の背中を見送りながら、胸の高鳴りが収まらないことに気づいた。
そして――
闘技場の一角で、アレクシスが壁に拳を叩きつけていた。
「くそ……くそっ!」
ルシアが慰めるように声をかける。
「アレクシス様、落ち着いて……」
「落ち着けるか! あんな力を隠して……いや、隠していたんじゃない。俺が、気づかなかっただけだ」
彼の声は、悔恨に満ちていた。
「俺は……最高の女を、手放してしまったのか……?」
その呟きは、誰にも届かなかった。




