第二章
観客席の最上段、王族専用の席で、若き国王ディートリヒ三世が身を乗り出していた。
「あれが、噂のアーデルハイト公爵令嬢か……」
隣に控える宮廷魔術師団長、オズワルド・グレイヴスが唸るように言った。
「陛下、あの魔力は……尋常ではありません」
「見ればわかる。だが、なぜ今まで誰も気づかなかったのだ?」
「おそらく……」
オズワルドは闘技場のリーナを注視した。
「純粋魔力です」
「純粋魔力?」
「はい。属性を持たない、根源魔力とも呼ばれるものです」
オズワルドの説明に、国王は眉をひそめた。
「通常、魔術師の魔力には属性がある。火、水、風、土、光、闇……これらの属性を帯びた魔力は、測定器で容易に感知できます」
「だが、純粋魔力は違う、と?」
「ええ。属性がない魔力は、測定器が反応しにくい。色のない光のようなものです。しかし……」
オズワルドは息を呑んだ。
「純粋魔力は全ての魔法の根源。どんな属性にも変換可能で、応用範囲は無限大。しかも、あれほどの量を持つとは……」
「つまり、最強ということか」
「はい。理論上、ですが」
国王は興味深そうに笑った。
「面白い。あの娘、我が魔術師団に欲しいな」
闘技場では、次の課題が始まろうとしていた。
試験官が落ち着きを取り戻し、アナウンスする。
「次の課題は『属性魔法実技』です。火、水、風、土の四大属性から一つを選び、上級魔法を発動してください」
受験者たちが次々と魔法を披露していく。
火属性で巨大な火球を生み出す者。
水属性で竜巻状の水流を作り出す者。
観客は魔法の華やかさに歓声を上げた。
アレクシスは風属性の上級魔法『真空刃』を発動。
透明な刃が的を両断し、拍手喝采を浴びた。
ルシアは水属性の『氷柱の槍』。
鋭い氷の槍が次々と形成され、的に突き刺さる。
「さすがブランシェ伯爵令嬢!」
「これが上流貴族の実力か!」
観客の賞賛を受け、ルシアは誇らしげに微笑んだ。
そして、再び私の番が来た。
「アーデルハイト令嬢、どの属性を選びますか?」
試験官の問いに、私は少し考えた。
純粋魔力を持つ私は、どんな属性魔法も使える。
だが、それを証明するには……
「全てです」
「は?」
試験官が聞き返した。
「火、水、風、土。全ての属性魔法を、同時に使います」
闘技場がざわついた。
「同時に? そんなこと可能なのか?」
「通常、魔術師は一つか二つの属性しか使えない」
「四属性同時なんて、聞いたことがない」
観客席のオズワルドが身を乗り出した。
「まさか……本当にやるつもりか」
試験官は戸惑いながらも、課題の続行を告げた。
「で、では……どうぞ」
私は両手を広げた。
体内の純粋魔力を、四つの属性に分割していく。
これは高度な制御技術が必要だ。
一歩間違えれば、魔力が暴走する。
だが、私は幼い頃から、一人で密かに練習してきた。
誰も信じてくれない中、ただ黙々と鍛錬を重ねてきた。
右手に火と風。左手に水と土。
魔力を変換し、圧縮し、形を与える。
「『四大精霊の協奏曲』」
私が詠唱すると、四つの魔法陣が同時に展開された。
右手から炎の鳥が飛び立つ。
風が渦を巻き、炎の鳥を包み込む。
炎は風に煽られ、巨大な火炎竜巻となった。
左手からは水の奔流が溢れ出す。
土が隆起し、水を受け止めて巨大な岩の壁を形成する。
だが水は止まらず、岩を侵食し、削り取っていく。
四つの元素が闘技場で踊る。
それは破壊ではなく、創造の舞だった。
火と風が融合し、空中に燃える鳳凰の姿を描く。
水と土が混ざり合い、大地に龍の紋様を刻む。
そして、四つの元素が一つに収束した。
中央に浮かぶ光球。
それは虹色に輝き、全ての属性を内包している。
「消えろ」
私の言葉とともに、光球は静かに消滅した。
闘技場が、静寂に包まれた。
数秒の沈黙の後、爆発的な歓声が上がった。
「信じられない!」
「四属性同時発動!?」
「しかも、あの制御力!」
観客席が興奮の渦に包まれる。
だが、その中で一人、呆然と立ち尽くす男がいた。
アレクシスだ。
彼の顔は蒼白を通り越して、土気色になっていた。
口が小刻みに震えている。
「う、嘘だ……あんな魔力が、あったなんて……」
隣のルシアも、信じられないという表情で私を見つめていた。
「どうして……どうして今まで、見せなかったの……?」
その声は小さく、震えていた。
試験官が、緊張した面持ちで告げる。
「最終課題です。『実戦形式模擬戦闘』。こちらが用意した魔術師と、実戦を想定した戦闘を行っていただきます」
実戦形式。
これが特別試験の真髄だ。
どれだけ魔力が強くても、実戦で使えなければ意味がない。知識と技術、判断力と応用力。全てが試される。
「対戦相手は……」
試験官が名簿を確認しようとした瞬間、観客席から声が上がった。
「待て」
国王ディートリヒ三世が立ち上がっていた。
「陛下!?」
試験官が驚いて跪く。観客も一斉に頭を下げた。
国王は闘技場を見下ろし、宣言した。
「アーデルハイト令嬢の対戦相手は、私が指名する」
場内がどよめく。国王自らが対戦相手を指名するなど、前例がない。
「オズワルド」
「はっ」
宮廷魔術師団長が進み出た。
「貴様が相手をしろ」
「陛下……それは」
「あの娘の真の実力を見たい。貴様なら、引き出せるだろう」
オズワルドは一瞬躊躇したが、すぐに表情を引き締めた。
「畏まりました」
宮廷魔術師団長。この国最強と謳われる魔術師が、闘技場に降りてきた。
観客席が再び沸き立つ。
「団長自らが!?」
「これは歴史的な一戦だぞ!」
「だが、相手はただのご令嬢。いくら魔力が強くても……」
そう、実戦経験の差は歴然としている。
オズワルドは数多の戦場を生き抜いてきた歴戦の魔術師。
一方、私は実戦経験がない。
これは、明らかに不利な戦いだ。
試験官が合図を出す。
「それでは、模擬戦闘を開始します。魔法による攻撃は許可されますが、致命傷を与えることは禁止。相手の戦闘不能、または降参をもって勝敗とします」
オズワルドが私の前に立った。その眼光は鋭く、隙がない。
「アーデルハイト令嬢。貴女の魔力は本物だ。だが、魔力だけでは戦えない」
「……わかっています」
「ならば、遠慮はせん。全力で来い」
試験官が手を上げた。
「では……始め!」
瞬間、オズワルドが動いた。
速い。
私が反応する前に、彼は既に詠唱を終えていた。
「『雷光の鎖』」
電撃が地面を這い、私の足元に到達する。
咄嗟に跳躍で回避したが、空中で次の魔法が待ち構えていた。
「『風の牢獄』」
周囲の空気が固まり、私の動きを封じる。
まずい。
このまま拘束されれば、次の攻撃で終わる。
私は体内の魔力を爆発させた。風の牢獄が破れ、自由を取り戻す。
だが、着地した瞬間、さらなる攻撃。
「『炎の槍』」
三本の炎の槍が、異なる角度から飛来する。
防御魔法を展開する時間はない。
ならば。
「『水の壁』『土の盾』『風の障壁』」
三つの防御魔法を瞬時に展開。三方向から迫る槍を、それぞれの防御で受け止めた。
観客席がどよめく。
「三重防御を、詠唱なしで!?」
「しかも同時展開!」
だが、オズワルドは表情を変えなかった。
「なるほど。純粋魔力による無詠唱多重魔法。だが……」
彼の手に、黒い光が集まる。
私は本能的に危険を感じた。
あれは、闇属性の上級魔法。
「『虚無の刃』」
黒い刃が、音もなく放たれた。
私の防御魔法を、まるで紙のように切り裂く。
「くっ!」
間一髪で横に転がり、回避する。だが、頬を浅く切られた。血が一筋、流れる。
痛みよりも、驚きが勝った。
私の防御を、あっさりと破られた。
「魔力量では貴女が上だ。だが、私には経験がある」
オズワルドが静かに言った。
「魔法の使い方、タイミング、相手の動きの読み方。それらは、実戦でしか学べない」
その通りだ。
私は魔力では圧倒している。だが、戦闘技術では遥かに劣る。
オズワルドは隙を見せない。次々と魔法を繰り出し、私を追い詰めていく。
防戦一方。反撃の機会がない。
観客席も、状況を理解し始めた。
「魔力は凄いが、戦い方がなってない」
「やはり実戦経験の差か」
「このままでは負けるぞ」
アレクシスが、希望を取り戻したような顔をしていた。
「そうだ……所詮は、魔力が強いだけの小娘だ」
ルシアも頷く。
「実戦では、魔力だけではどうにもならないのよ」
私はまだ諦めていなかった。
確かに、戦闘経験では劣るだろう。
だが、私には武器がある。




