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サンカと盗賊

 しばらくはまだ新しい雪を踏んでいたが、やがて誰が歩いたのか、踏みしめられた道が現れた。

 空斎はその道をなぞるように進んでいった。


「――何処へ行くのですか?」


 陸郎の問いに、空斎は背を向けたまま答えた。


「サンカの処じゃ」

「サンカ?」


 陸郎は耳慣れない言葉を訊きなおした。

「山の家と書いたり、山のあなと書いたり――まあ、とにかくサンカと呼ばれとる。定住せず、山の中をあちこちと移り住む連中のことじゃ」

「そんな人たちが……」


 陸郎は少し驚いたが、やがて山の中の奥まった場所にある小さな集落に行き着いた。

とは言っても、粗末な小屋が二、三あるだけである。

 空斎はそのうちの一つに近寄ると、外から声をかけた。


「空斎じゃ。おるのか」


 すぐに扉が開くと、中から男が一人顔を出した。



「先生、よう来て下さった。入ってください」


 男に促されて、空斎と陸郎は小屋のなかに上がり込んだ。

 中は薄暗く、六畳ほどの広さしかない場所に、男女子ども十人くらいが身を寄せるように座っていた。


 どうやら二家族が一緒に暮らしてるようだと、陸郎は察した。皆、つぎだらけの粗末な着物を身にまとっていた。


 中にもう一人の男がいたが、その男は片腕をさらし布で巻いて吊るしていた。空斎はその男に近づくと、するするとさらしを解いた。

 中から接木で固定された腕が出てくる。

 空斎は木を外すと、腕をぐいと掴んだ。


「痛むか?」

「いいえ、大丈夫です」

「うむ、よかろう。背中を見せい」


 男は着物をはだけると背を向けた。

 その背中にもさらしが巻かれていて、空斎はそれを解いた。

 中からはまだ生々しい、大きな爪痕が現れた。


「これは……」


 陸郎が思わず声を洩らす。

 その声を受けてか、陸郎たちを中に入れた男が言葉を添えた。


「熊に襲われました」

「熊に――」

「逃げようとして背中をやられて、斜面を転げて岩で腕の骨を折りました」


 男の説明をよそに、空斎は陸郎の持ってきた薬箱から膏薬を出してつけている。


「他に不調な者はおらんか?」

「おかげさまで、皆、大丈夫です」


 傍にいた女性が深々と空斎に頭を下げた。


「おい」


 空斎は首を振って陸郎を促す。陸郎は気づいて、持ってきた猪の干し肉を差し出した。


「マタギからの貰いもんじゃ。精をつけい」


 空斎は再びきれいにさらしを巻いてしまうと、治療を終えた。

 空斎は三軒の小屋をそれぞれに見まわると、その場に応じて必要な処置を施していった。


 空斎が集落から立ち去る時、最初に招き入れた男が二人を見送った。

 男は陸郎の前に、干し魚を何匹も結んだものと、袋を一つ手渡した。袋の中身は壺入の漬物のようだった。


「先生、ありがとうございます」

「養生せえ」


 空斎はそれだけ言うと、集落を後にした。

 しばらくして後、陸郎は空斎に尋ねてみた。


「先生は、ああしてサンカの人たちを診てまわってるんですか?」

「奴らは定住せんから不定期じゃが、冬場はあの集落におることが多い。奴らからも必要なものを貰うから、お互い様じゃ」

「これですか」


 陸郎は干し魚を見た。


「あやつらは()や篭を作ったり、川魚を捕ったりして暮らしをたてておる。里の者ともそれで交流する」


 空斎は頷きながら、陸郎に話した。


「――あの人たちは決まった場所に住まないのですね? 何故なんでしょう?」


 陸郎が口にした素朴な疑問に、空斎はじろりと視線を向けてみせると、また歩きながら言葉を継いだ。


「あの中には先ごろ戦い負けた武田の家臣だった者もおる」


 陸郎は驚いた。


「――時の権力争いに負け、追手に追われ、他に行くあてもなく山で暮らすようになった者たちがおる。が、もっとずっと以前から、どういう理由でからは判らんが、山で暮らす者たちは昔からおったのじゃ。時を経るとともに里に移り住む者も出るが、逆に新たにそこに混ざる者がおる。いつも、ある程度の山の民はいるのじゃ。


 声高に語られるのは、いつも勝った者ばかりじゃ。だが、世は勝つ者のためにあるのではないし、負けた者が間違っていたわけでもない。

 ……勝つ者ばかりではない。負けた者にも、居場所が必要なのじゃ」


 陸郎は空斎の言葉を聞き、何か胸を打たれた気がした。


「――が、負けて世をすね、人に害なす者もある。

 姿を見せんか」


 空斎は不意に立ち止まると、山道の先に声を上げた。

 と、辺りの林から、ばらばらと数人の男たちが姿を現した。


「山賊!?」

「それほど結構なものか。食い詰め浪人どもが、徒党を組んだにすぎんわ。――何か用向きか?」


 空斎の言葉に、首領格らしい男が前に出てきた。


「食い物、着物、持ち物の全てを置いていけ。命だけは助けてやる」

「余計なことじゃ」


 空斎は不愉快そうに呟くと、一歩前に出て陸郎を振り返った。


「お主は下がっておれ」

「え? しかし、私も――」


 陸郎は一応、護身用に身に帯びていた旅刀に手をかけようとした。しかし、空斎がそれを目で制する。


「邪魔じゃ。下がっておればよい」


 空斎は杖を手にしたまま、つかつかと郎党に向かって歩き始めた。


「爺ぃ、死にてぇか!」


 男の一人が怒鳴る。


「死に急いでいるのはお前たちじゃ。他人に無体な真似をすれば、いずれ己に還ってくる」

「構わねぇ、やっちまえ!」


 男たちが剣を抜き、一斉に襲いかかってきた。

 陸郎は刀に手をかけた。


 が、結局、それを抜くことはなかった。

 その刀を抜くことを忘れるような光景が、その後展開したからである。


 空斎はついと前に出ると、向かってきた一人の小手をピシリと杖で打ち据えた。

 と、そのまま身を翻し、剣を振りかぶっていた別の男の喉に杖を突きいれる。


「うげっ!」


 一人が剣を落とし、一人が呻いて倒れたという間もなく、空斎はいつの間にか接近していた一人の背中にまわっていた。

 その男の襟を掴んで、無造作に後ろに引き倒す。


 倒れた男に足場を取られてもたついている連中をよそに、背後から斬りかかってきた男の剣を空斎はすれ違うようにしてかわす。


「ぐぁっ」


 男は斬りかかった勢いのまま転げ、膝を両手で抑えてうめき声をあげた。すれ違いざまに、空斎が膝横を打ち据えていたのであった。


 倒れた男を踏み越えて斬りかかってきた男の剣を、空斎は半歩だけ下がって見切ると、側頭部に杖の一撃を入れる。

 打たれた男はものも言わずに倒れ、残るは首領格の一人だけとなった。


(こんな……あっという間に――)


 空斎の眼にも止まらぬ早業に、陸郎は戦慄していた。


「後はぬし一人じゃ。やるか?」

「こ……このっ」


 首領格の男は剣を肩に担ぎ、凄まじい勢いで斬りつけてきた。

 空斎はすっと下がりつつ、それを軽く受け払うと、すぐに水月に杖の一撃を突き入れた。


「ぐえっっ――」


 首領がみぞおちを押さえて、地面に倒れ込む。

 空斎はそれを静かに見下ろしていた。


「……何処か名のある大名の家臣だったのだろう。他人のものを奪う盗人になるとは――身を落としたな」


 空斎の言葉を聞いて、首領は地面にうずくまったまま、その顔を上げた。


「徳川家のほうが、よっぽど人から多くを奪っておる。幕府は大名から奪い、大名は武士から奪い、武士は百姓から奪う。……わしらが人から奪って何が悪いことがあろうか――」

「たわけ者が!」


 空斎は一喝した。


「人が盗めば己も盗むか。人が殺せば己も殺すか。では、人が死んだら、己も死ぬるか? ――ならば今すぐ死ね! 乱世の時には無用なほど人が死んだわ。お前のような奴は生きていてもためにならん。今すぐ往生させてやる」


 空斎はそう言うと、杖を相手の眉間に向けてピタリと構えた。

 首領格の男は恐怖して、飛び退った。


「ヒィッ、ヒィィッッ! ――か、勘弁してください。た、頼みます!」


 首領格の男は地面に這いつくばった。


「人のものを盗み、人の命を奪っても、自分の命は惜しいか? この身勝手な腐れ外道めが」

「わ、わしらとて他に生きる道がなかったため、やむを得ずの事……お許しください!」


 首領は地面に頭をこすりつけて平伏した。

 他の者もすっかり戦意をなくし、呆然とへたり込んでいる。

 空斎は黙ってその姿を見ていたが、やがて口を開いた。


「――今度だけじゃ。次に同じような真似をした時には、容赦なくその命貰う。……判ったか!」

「は、はい!」


 首領は一端、頭を上げ、また平伏した。


「……生きたくば、この冬をなんとか越し、江戸にでも行け。そして人の用になることをせよ。人が多く集まる処には、何か必要というものがあるじゃろう。

 ――言っておくが、人を顧みず安易な術に手を染めたその弱い性根は、放っておけばいずれ、ろくでもない死に方をぬし達にもたらすじゃろう。よう覚えておけ」


 空斎はそう言い残すと、その場を飄然と立ち去った。


 後についた陸郎は、その一連の出来事に深い衝撃を覚えていた。

 その心が静まるのを待って、陸郎は空斎に問い尋ねた。


「空斎先生――先ほどの技は……杖術ですか?」


 空斎はちらりと陸郎を見ると、また視線を戻した。


「いや……剣術じゃ。が、技というものは己の身体から生まれるもの。無手でも剣でも杖でも薙刀でも、その時、その必要に応じて使えるようでなければならん」


 空斎はそれきり黙ったまま歩き続けた。

 陸郎も考え込みながら、その後ろに従った。


 が、突然、陸郎は空斎の前に走り出た。


「空斎先生!」


 空斎がじろりと陸郎を睨む。


「――私に、先生の剣術を教えてください。お願いします!」


 陸郎は頭を下げた。


「――ならん」


 空斎の言葉に、陸郎は顔を上げた。


「何故ですか?」

「剣を学んでなんとする。人を斬るか?」


 陸郎はその問いに、答えを言いよどんだ。

 その言葉を失った陸郎を見て、空斎は厳しい眼を向けた。


「無用なことじゃ。己が腕に覚えがあるとして、奢り、他人をないがしろにし、増長して陰で人から疎まれるのも知らず、最後には裏切られるのが末路じゃ。くだらぬ。やめておくがよかろう」


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