私、魔王の目の前に飛ばされました。
「 ああああああああ!!!!だずげでぇぇ!!!!!! 」
拝啓、王国に住まう愛する民へ。おはようございます。現在の私はなんと強制紐無しバンジー中です。
先程まで聞こえていた小鳥の囀りは聞こえない。
" きらきら " と輝いていた太陽は無く、前も後ろも分からないほどの暗さの中、私は落ち続けています。
絶対暴れない方がいいのは頭でわかっていながらも、どうにかしたくて
(どうにも出来ないこともわかっている。)
身体を動かすが一切言うことを聞かない。
腕は上に上がって海で踊っているワカメのようにゆらゆらし始めるし、
足はずっとばたばたしているだけで、果たしてこのばたつきは私が動かしてなっているものなのかすらも分からない。
身体の向きなどを変えようとするだけで重心がブレてあっちへ行ったりこっちへ行ったり。
終いには前転と後転までしてしまう。
マットでやるよりも上手いかも?なんて一瞬思ってしまうが、
「 うっ……気持ち悪い…… 」
吐き気と目眩と頭痛でそんなもの置き去りに。
高いところにいるならまだしも、底の見えない暗闇の中を落ち続けて身体の中にある器官すべてが上に持ち上がるこの感覚。
学校の椅子に肘をぶつけるくらい嫌すぎる!!
しかしこんな所で吐いてみろ。
嘔吐物が先に転移されて、私の転移先は地面の上ではなく嘔吐物の上に…!
鳥の糞が頭の上に落ちてくるのと、嘔吐物の上に自分が落ちるの、どっちがいいと言われたら百歩譲って糞だ!
本当は百歩譲っても糞は嫌だが、" 糞の方がまし "
…そう言い聞かせよう。
一気に「嘔吐物の上に落ちるのはいやだ」という気持ちが胃酸とともに込み上げてきて、先程まで言うことを聞いてくれなかった腕が一瞬にして口元へ。
転移先に着くまでこの手を退かしはしない…今日一の強い意志を持って口元を押さえる。
そして同時に
「 魔法陣を構築した奴、絶対に許さないからなぁぁぁぁぁ………。 」
と、大声を出して宣言したい所だが、勢いで吐きそうなので小声で呟く程度で。
意志は大声どころか叫び散らかすくらいで良いだろう。
「 ( …待って、そもそも転移魔法はこんな落下しないでしょ!! ) 」
" なんで今更思い出したんだろう " と目を見開きながら下を見つめる。
急に起こった事なもんで、魔法の効果をど忘れしてしまったのだろうか?
なんだかんだ言ってど忘れすることなんて生きていて誰しもすることだが…
改めてなってみるとなんでこんな事を忘れるのだろうと不思議で仕方がない。
転移魔法は魔法陣とスキル、あとはアイテムで発動することが出来るのだが、どちらも効果は同じ。
光に包まれて気付いたら転移先に到着していたという便利なものだ。
多少浮遊感や魔法酔いすることもあるが…この転移魔法は多少じゃ済まないだろ。
「 ( ん…?いや待ってください。確か昔の転移魔法は何も無い空間に飛ばされて落ち続けるって… ) 」
確か結構前に書物庫の整理をしている時に見つけた本に、現代の魔法よりももっと昔の魔法について書かれている本を見たことがある。
そこには現代の魔法が進化を遂げる前の魔法…つまり進化前の魔法が書かれていた。
記憶が間違っていなければ、転移魔法も昔はこんな風に時空空間に飛ばされて、長い間転移先に向かって落ち続けるとか何とか……。
…いや、丸っきし今の状態のことじゃないですか!
なんて言葉を言わせては貰えず、 " 正解! " とでも言ったかのようにタイミングよく足元に光が差し込む。
長い間暗い空間に落ち続けていたので、いきなり光が目に映ると異様に眩しく感じて、反射で目を瞑ってしまう。
人間の目は凄いからすぐにその場の明るさや暗さになれるとは言うが、慣れるまで目を開けていろというのも難しい。
というのはほんの建前。本当はこの先の光景を見るのが怖いから目を開けたくない。
転移先はきっと恐ろしい場所に決まっている。
何せこれでも私は王様に忠誠を誓った臣下の1人だ。
暗殺目当てで転移させるなんてことはよくある話。
しかし転移魔法は魔法陣、スキル、アイテムの3種類しか存在しないはず。
昔の転移魔法だとしても、この3つ以外には無いはず……。
「 ( ……罠ですか!! ) 」
罠にも様々な種類があるのが、説明するとキリがないので今回は省くとしよう。
今回説明するのは魔法陣によって発動される罠。
この方法は自分の血で魔法陣を書くか、職業スキルでしか作成することが出来ない。
まぁよくあるのはダンジョン等の魔物の住まう場所。
中々目にすることがないので頭から抜けていた…!
しかも自分の血で書くと、魔法陣というものは書いたらすぐに発動してしまうのだ。
その為 " 誰かが踏んだら発動する " という魔法陣を書くのは非常に難しく、大量の血を使うので非推奨認定されている。
そこで登場するのが職業スキルというもの。
職業…というのは後々説明するとして、職業スキルというものは " 特定の職業でないと使用できない " というスキル。
この場合の職業スキルは罠師で間違いないだろう。
罠師のスキルは血を使わずとも魔法陣が作成できる上に、" 誰かが踏んだら発動する " 魔法陣……つまり罠を作り放題!
もし私の足元に構築された魔法陣がそうだとすれば……困ったことになったぞ!!
結界は外を守るだけであって中は守らないというとんでもない欠点がある。
ただこの欠点のおかげで考えられる理由は2つ。
………王様が設置したか、王様が招き入れた客人が設置したか。
そんな嫌な考えが思い付くと、次第に浮遊感が収まっていく感じと器官がゆっくりと定位置に戻ったのを感じると、私は恐る恐る目を開ける。
目を開け始めたのと同時に私の足が地面につき、崩れ落ちるようにその場に " ぺたん " と座り込む。
座った感覚からして外では無いみたいだ。
それだけでも一安心。
魔物の餌にされるよりかは十分に良いと言える。
後は周りを観察するだけ。
ここがどんな場所で、どれほど危険で安全なのかを確かめるには……やはり目を開けるしかないのだ。
嫌だ、嫌すぎる…。なんていう反抗心は時空空間に放り投げてきたと思い込んでおこう。
じゃないといつまで経っても目を開ける勇気が湧いてこない。
だからここは思い切って…!
「 勢い良く目を開けました!! 」
必殺 " 開けましたよ宣言 " !開けますよ〜だと、私の性格上&職業病で返事が返ってくるまで待ってしまう。
ならばもう開けちゃいましたよ、と宣言すればいい!
そうすれば返事も無しでいいからだ!
「 うは~、私ってば凄い!偉すぎま… 」
俯いていた顔を清々しい表情をしながら上げる。
今日一の清々しい表情だ、さぞかし可愛いのだろう!と思う程に自己肯定感が爆上がり…だったのだが。
「 すッ……ヒッ…… 」
そんな自己肯定感爆上がりTimeと今日一清々しい表情Timeは終わりを迎え、代わりに今日一…いや、人生一絶望感を感じるTimeに突入。
冷や汗ダラダラ、手汗ダラダラ、顔色わるわる、表情やばやば。
語彙力なんてものは低下して赤ちゃんに戻ったかのような言葉しか出せず、声は掠れて息もできない。
そうなってしまったのは、彼女の視界に映ったある1人(?)のせいだ。
彼女だけじゃない、世界中の人達が見たら皆彼女みたいになってしまう。
人間には存在しない鋭くて黒い角。
この世全てを黒に染めあげてしまいそうな真っ黒な瞳と真っ黒な髪。
間違いない、この男は…。
「 やはりこの転移魔法は時間がかかるな。そうだろう?シープ。 」
その凄く低い声を聞いた瞬間、私の心拍数は大きく跳ね上がった。
それだけじゃない。
「 ( なん、で。私の…名前を知って…。 ) 」
今の私の表情。きっとこの人からしたらとても美味しい表情なのだろう。
そうだろう?
「 魔王……。 」
先程までいた明るい世界とは真反対な暗い部屋の中、私の目の前には世界を脅かす敵、倒すべき存在が表情1つ変えずに座っていた。
そしてその後ろには…
「 おいおい、気安く私の臣下の名を呼ばないでくれ。 」
聞き覚えのある、生真面目そうな人の声が私の耳を通過した。
ここだけの話、最初は主人公の名前は決めないつもりだったんですよね。
名前が無いというのもまた面白そうだったので。
ですがこの作品で名前を出さなくていいのは魔王や王様みたいなThe上の存在の方がより上の存在感が増して良さそうだなと思ったので主人公に名前をつけました。