第47話 封印されし魔神
半魔ビンフが心臓を捧げたことによって開かれた、ラク曰くの『開かずの扉』。
その巨大で不吉な石扉が、まるで地獄のうめき声のような音を立てながらゆっくりと奥に開いていく。
「カイト……? なんかいやな予感するんだけど……」
「奇遇だね、僕もだよ」
「ゆ! どんな開き方ゆ!?」
「にょ~、どうやら開くための誓約があったっぽいにょね~」
「その誓約とやらの最後の条件がビンフが心臓を叩きつけること……?」
「にょ。おそらくこの扉にはこれまで多くの悪魔の心臓を捧げられてきていたはずにょ。その最後のピースが……」
「ビンフ本人のだった、ってことか……」
「にょ」
さすがの楽天家ラクも気分が悪いらしく、話してるうちにどんどんと表情が固くなっていく。
「で、その物騒な誓約の扉の奥には一体なにがいるわけ?」
「なんか魔神がどうのこうの言ってなかった?」
「七つに刻まれたとか言ってたゆ!」
「あと封印されてるとも言ってたにょ」
「大罪がどうっても言ってたわね」
「……ハッピーな宝箱とかがあるわけじゃなさそうだね」
僕たちが話しながら緊張をごまかしていると。
ゴゴゴゴゴ……ゴッ、ズゥゥゥゥゥゥンン……。
と、扉が開ききった。
中から煙がもくもくと流れ出てくる。
ツンと鼻につく不快な匂い。
「カイト? 嫌な予感度がどんどん増していってるんだけど……?」
「ハル、僕らマジで気が合うね」
「ゆ! アオ、みんなを守りゅ!」
「にょ~、先手必勝浮遊魔法×4。ゴーレム生成×12にょ」
扉の奥。
煙が薄れてきて中が広間になっていることがわかる。
そして、その奥に潜む一つの影の存在も。
その周囲をラクの六属性ゴーレム計十二体が取り囲み、浮遊魔法によって宙に浮いた僕らは四方に分かれ、その影を取り囲む。
魔神。
ビンフの言っていたことが本当だとしたら想像がつかない。
魔神?
いるの、そんなのほんとに?
悪魔はちょっとイレギュラーだったけど、魔物だって獣人だっていることはいる。
けど、今回は魔神だよ?
要するに神の一種。
いやいや、神ってさぁ……。
ちょっとどんなのか本当にわからない。
シュゥゥゥ……。
広間から流れ出てきてた煙は、その中央にいる人影から発されていたらしい。
よく見ればその足元には巨大な魔法陣が描かれている。
(うわぁ、ほんとに封印されてた感がすごいな)
みんなの士気を高めるためになにか言わなきゃとは思うんだけど、息を呑んじゃってて言葉が出てこない。
人影から目を離せない。
徐々に薄くなっていく煙の中央。
どれくらいの間、黙って見ていただろう。
やがて広の間の中央にいる人物の姿がうっすらと見えてきた。
サイズは人。
背は高い。
女だ。
頭から二本のうねった角。
銀の長髪。
目を閉じていて、その目尻には真っ赤な朱が差している。
整った鼻筋が乗っている肌の色は緑。
無感情に閉じている口は大皿ごと飲み込めそうなほど横に広い。
(思わず見とれちゃいそうだけど絶対に普通の人とかじゃないな、これ……)
体。
露出された豊満な肉体の色はやはり緑。
成熟した大人の女そのものといった体つきは黒革のハイレグボンテージに包まれている。
これまでこういったタイプの女性はビンフやGDペアのダクロスしか見たことがなかったけど、その二人よりも圧倒的に気品と自信、そして不思議と包容力のようなものを感じさせる。
けど、その包容力に甘えようという気は起きない。
それはきっと背中に生えた一対の翼、そしてお尻から生えた先端の尖った禍々しい尻尾のせいだ。
悪魔であることは間違いなさそう。
もしかしたら最悪ほんとうに魔神である可能性も……。
だとしたら僕たちにどうにか出来る相手なんだろうか。
なんで部屋に入ってきちゃったんだろう。
扉が開いた時点で逃げたほうがよかったのでは?
でも、帰れるかな?
ここから。 僕ら四人だけで。
あの脇に避けてた巨悪な魔物たちが一斉に襲いかかってくるかも。
救援は期待できない。
だって49階まで下りてこられるパーティーなんて誰もいないんだから。
あれ? 僕らもしかして特攻隊?
もう戻れない?
勢いで下りてきちゃったことを今更ながら実感。
逃げることもままならない。
となれば、もうなるようになるしかない──のか?
僕は、僕たちは、煙をすべて吐き切って足元までがすべて露わになった女悪魔、もしくは魔神から目が離せない。
パチッ──。女がゆっくりと目を開いた瞬間、僕はふいに正気を取り戻した。
(ま、マズい……! ボーっとしてた! なんだ? 魅了されてた!? ヤバい、まずは視なきゃだ!)
『枠入自……』
ステータス欄に入ってこの封印されてたらしい女の正体を知ろう。
そう思ってスキルを発動させようとした瞬間。
「あらぁ~?」
あまりに間の抜けた女の声に僕は拍子抜ける。
「あらあらあらあら」
なに? なんていうか、おばちゃんっぽい……?
「大きくなったわね~」
女は宙に浮いたハルを見つめてこう続けた。
「ハルちゃん」
……ん? ハル、ちゃん……?
え? お知り合い?
「あっ、そうねぇ、こんな姿だもんねぇ、わかんないわよねぇ。えっとね、私……」
一拍溜める。
え? なに? なんなの?
女は微妙に焦らしたあと、こう続けた。
「あなたのお母さんよ~」
……ん?
んんんんんんん~!?
はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ?