第22話 報告
現実世界に戻ってからの勝負は一瞬だった。
デバフで弱ったダンスキーたちを僕、ハル、アオちゃんの三人で確保。
大声で助けを呼んで駆けつけた冒険者たちと共にダンスキー一行を冒険者ギルドまで連行した。
僕とアオちゃんがステータス欄の中で倒したゴンダラは──肉体そのものが消えてなくなってしまっていた。
◇◆◇◆冒険者ギルド◇◆◇◆
「すまんな、茶も出せんで!」
「いえいえ、大変ですよね」
バタバタと職員たちが走り回るギルドの中で、やっと姿を表したギルド長ロンが僕たちに頭を下げる。
「ったく、魔薬とはな!」
「魔薬ってなんなんですか?」
「悪魔の秘薬だ。とうの昔に禁じられてこの世から消え去ったと思ってたんだが。一体どこから……」
岩のようなロンの眉間に寄ったシワの深さから事態の深刻さが伝わってくる。
「そんなものをなんでダンスキーたちが?」
僕の質問にロンは黒目を絞って視線を送る。
「本当に知らないんだな?」
あ、これ疑われてる?
「はい」
正直に答えるしかない。
だって知らないんだもん。
「そうか……」
ロンが肩を落す。
「疑わしい点があったらなんなりと調査してください。あ、この子、アオちゃんは……」
「いい。いい。その子はお前がテイムした子なんだろう? 報告は受けてる」
「はぁ」
そう。
ダンスキーたちを取り押さえるのにアオちゃんにも手伝ってもらったので、もう姿を隠すこともやめていた。
代わりに「僕がテイムした」ということで説明したのだ。
非常事態、しかもダンスキーたちを取り押さえた功績もあってその説明はあっさりと受け入れられた。
「で、なんなんです? 悪魔って?」
ハルが率直な質問。
「悪魔はこの世界のカスだ」
「カス?」
「ああ、神がいるだろう?」
「ええ、宗教の数だけ」
「そう、神はサイコーだ。神だからな。人間を作ったのも、この世界を作ったのも神。ただ、神にもたま~にカスが湧いてくる。それが」
「悪魔」
「そうだ。天界から追放されたカス神。それが悪魔だよ」
「え、それってヤバくないですか?」
「とは言っても悪魔は天を追われて地上や地下で弱ってる。おまけに自身の体から眷属を作り続けてさらに弱体化しててな。ヤバさ的にも正真正銘ほんもののカスなわけだ。それこそ人間が寝てる間に悪夢を見せたり、体調が悪いときに小指をタンスの角にぶつけさせてみたり。その程度の力しかない」
「地味にイヤな存在ですね」
「ああイヤだ。そして地味なんだよ、本来ならな。むしろ悪魔よりも魔素と結合して変異した動物や植物、または人間の成れの果ての『魔物』の方がよっぽどの脅威なんだが」
「ゆ? アオは脅威ゆ?」
「アオちゃんは脅威じゃないよ~。おと~しゃまとおか~しゃまのかわいい子供だよ~」
「ゆ! そうゆ! アオは悪い魔物じゃないゆ!」
「うむ、そうだな……。そのスライムはちゃんとテイムされたいい子のようだ……」
なにか奥歯に物が挟まったかのような物言いの。
話したいことがあるけど、おいそれとは話せない的な。
よ~し、じゃあ僕がアシストしてあげよっかな。
ということで、僕としても一番気になっていた点を聞いてみる。
「え~っと、『魔薬を摂取したものは悪魔になる』ってのは知られてることなんですか?」
「そこだよ!」
わお、めっちゃ食いついてくるじゃん!
やはりロンほどの立場があるとおいそれと核心的なことを口にできないんだろう。
「今まで魔薬を使った連中はその場で殺されるか、こちらが殺されてその足取りが追えなくなるか。そのどちらかしかなかった。よって、魔薬を使って数年後どうなるかなんて誰も知らなかったわけだよ!」
そうなんだ。
まぁ僕もゴンダラの年齢を入れ替えなかったら知らなかっただろうしね。
最初はバグっちゃったのかと思ってビビったけど。
「えと、じゃあこれからゴンダラたちってどうなるんですかね?」
僕の問いにロンはすぅ~っと冷めたような顔を見せて「……知りたい?」と小声で聞いてきた。
「い、いやいいです! なんかこわっ!」
「おと~しゃま! あのゴリラ怖いゆ!」
「アオちゃん! ゴリラなんて言っちゃダメよ!」
ゴリラ、いやロンは「世の中知らないほうがいいこともある……」と遠くを見つめながら呟く。
バァ~ン! と馬鹿みたいにでかい音を立ててドアを開け入ってきたスキルマニア職員のメラが「ギルド長! 解剖術師、封印術師、拷問官、上級神官、上級バッファー、拷問官、上級拷問官が到着しました!」と告げる。
「そうか。では、カイト・ペーター。この度は貴重な実験材料、いや非道な犯罪者を捕まえてくれたこと感謝する」
え、いま実験材料って言ったよね?
深々と頭を下げるロンの頭頂部ちょっと薄くなってるなと思いながらちょっと引く。
「君たちが助けた少年たちは隣の部屋にいる。もう落ち着いただろうからよかったら顔を見せてやってくれ」
ああ、リュウくんたち。
最初の冒険であんな目にあって怖かっただろうな。
「カイトちゃ~ん! こんど私の中にもいっぱい挿入ってスキルについてたぁ~っぷり語らいあいましょうねぇ~♡」
ギリッ……ハルから手の甲をつままれながら僕はアハハと首をかしげてスルー。
「おか~しゃま? おと~しゃま痛いゆ?」
「いや、いいんだアオちゃん。今のは僕が悪いから」
悪くないんだけどね。
「カイト少年! とりあえず詳しい話はまた明日聞かせてくれ! 俺たちはこれから解剖……いや調査が忙しいのでな! ア~ハッハッ! これは人類史上初めての大偉業になっちゃうぞ~!」
いや解剖って言っちゃってるし。
メラも解剖術師と三人の拷問官を呼び寄せちゃってるし。
っていうか解剖術師ってなに。怖いんだけど。
ドタバタと応接間から出ていったロンたち。
僕は立ち上がって声をかける。
「リュウくんたちの様子を見に行こう」
「ゆ」
出会って以来いちばん元気のない声で、アオちゃんが短く返事をした。