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異世界のラーガ  作者: 紅粉 藍
setlist12―ロスト・ユニバース
80/80

note.80 「私を……お母さん、と呼んでください!」

 今までキング達が座っていた上がりの居間。(かまち)の引っ掛かりに手をかけて持ち上げると、下り階段が出現した。

 驚きのリアクションを取る間もなく、カラス・ヴィーナスが先を歩き、キングはついて行くしかない。しんがりはニゼアール・ヴィースが務めた。


「先に言っておきますが、葛生出穂(かつき いでお)の最終審判はキーロイ様が握っておられます……今は顔を合わせることだけを、私が許します」

「えっそうなの!?」


 キングの声はもともとデカいが、石壁のひんやりした地下ではよく響いた。履きなおしたエンジニアブーツがごりりっ、と固い感触の階段がまだ続いていることを知らせる。


「現在は一時預かりの状態です。エールの身体を乗っ取った地球人の魂を吐き出させ、エールを再誕させる予定だったのですが……キーロイ様の話と食い違いが多く見受けられました。こちらに身柄があるうちに、次の手を考えましょう」

「それって……!」

「――こちらです、萩原旭鳴(はぎわら あさひな)……葛生出穂(かつき いでお)はこの階の独房に収容しております」


 キングが希望を持ったのもつかの間、独房に収容と聞いて胸が地下の空気で冷えた。

 そうだ、まだ気を許してはならない。


「出穂さん!」


 キングは、カラス・ヴィーナスを追い越して走り出した。冷たい風がどこからともなく音を立てる回廊を、(こけ)に足を取られながらドリフト気味に左へ曲がる。


(なんだ、音が聞こえる……?)


 ……チッ、チッ、チッ。

 カ、ン、カ、ン、カ、ン……。


(なんか聞いたことあるリズムだ……? これ、出穂さんが演奏してんのか? ってことは――)


 いくつもある鉄格子の中に、見覚えのある白い装束が薄暗い光景に浮かび上がるようだった。

 後ろでひとつに束ねた長い髪と、引き結ばれた口はたまにリズムを吐く。唯一の武器であるマントは剥ぎ取られていたが、イデオに相違ない。


「あ、サンバ?」


 ホイッスルがあれば完璧だった。手も足も鎖でつながれ、楽器などないのに、その音の並びは確実にブラジル人なら踊りだしていた。

 なんだかキングはじわじわと口角が上がってしまいそうになる。だが、ふとその音以外何もないこの部屋に疑問を持つ。


「出穂さん……? もしかして、声出ないの?」


 イデオはベッコウ飴色(あめ)の瞳をしばらくまんまるくしてキングを見つめていたが、こくんと(うなず)いた。


「その通りです。今はまだ、彼の声を奪ったままです」

「……っ!」


 カラス・ヴィーナスの鈴のような声が、背後からキングの胸を殴りつける。どこまで人の尊厳を踏みにじれば気が済むのか。キングの()み締めた奥歯の間から声にならない声が漏れた。


「キーロイ様は彼に音声入力型の武器を与えたと仰っていました。そうですね、葛生出穂?」


 それにも、イデオはこくりと首を縦に振った。

 音声入力型の武器とは、コードを唱えると太陽フレアから直送される炎が放出される、あのマントのことだ。手足を縛っても口が利ければ反撃のチャンスを作れるその手を封じるために、カラス・ヴィーナスはイデオの喉を強制的に閉じさせていたのだ。


「葛生出穂、私は大きな思い違いをしていたようです……あなたが邪悪な侵入者だと思っていたのです。萩原旭鳴から聞きましたよ。とても苦しい思いをしながら、私の世界に辿(たど)り着いたのですね……」


 カラス・ヴィーナスの白く細い指がカシャリ、と柵を()でた。それは彼女とイデオの間を隔てているが、一つの鍵穴しかない。


「私は……ノーアウィーン世界を善くすることしか考えたことがありません。その他のことなど、些細(ささい)な、いえ、興味が無かったのです。それどころか……私は、私をかつて慕ってくれていたノーアウィーン世界の人々をも……」


 その指は過去の悔恨に(すが)るように、鉄格子に絡む。


「――でも、今度こそ私は、私の為した子供たちの幸せと、子供たちの成した結果を受け入れてみたい……! だから、葛生出穂――――」


 よく似た顔の二人。視線が交わり、格子越しに相対する。


「私を……お母さん、と呼んでください!」

「いやそうはならんでしょ?」


 間髪を入れずにキングがツッコミを挟んだ。


「えっ、私何か間違っていましたか!?」


 あわわ、と頬を押さえている仕草(しぐさ)は確かにどこかの品の良い母親のようだ。しかし、どうあがいても彼女の言うようにはならないだろう。キングは頭をガシガシ()きながらイデオを見遣った。

 イデオはというと、そんなカラス・ヴィーナスの心境が、百八十度どころか一周回ってまだ逆回転するような変わりように、(いぶか)しげな顔をしている。


(だとしても、さ……出穂さんが出穂さんで、自由にこの世界で生きていけないなら、俺達的にはなんのメリットもねえのよ)


 キングはその気持ちを()み取り、カラス・ヴィーナスに向き直った。


「カラス・ヴィーナスさん、さっき言ってた次の手ってやつを考える前に、出穂さんと直接話がしたい。声を返してくれねえかな」

「……そうですね、わかりました。(ただ)し、逃げ出されては困りますので、このままお話してください」

「かまわねえ」


 キングが見る限り、イデオにそこまでのダメージはなさそうだった。少々疲れている顔色は否めないが、ケガも見えないし、栄養が不足している感じでもない。


「……旭鳴、どうやってここまで……」


 ようやく聞けたイデオの声は、少しだけ(かす)れていた。


「どうやってかはニゼアール・ヴィースさんに聞いてくれ、俺もよくわからんかった。それより、大丈夫?」

「ああ。けれど(すこぶ)る暇だった」


 そういうイデオは伸びをするように頭上に()られた手を振った。ジャラジャラと重たい金属の音がしたが、それがしばらくの友だったことは先ほどのリズムでキングもよーくわかっていた。手首が赤く擦れているのが、唯一の外傷のようだ。


「じゃあ久しぶりに合わせようぜ?」


 キングはにしし、と八重歯を見せて笑い、首から提げていた相棒のギブソンのネックに手を添えた。イデオは、すこしだけ(あき)れたように、だが微笑(ほほえ)むように(まぶた)を閉じた。


 合わせる、とは。

 カラス・ヴィーナスとその子供であるニゼアール・ヴィースは、二人にしかわからない阿吽(あうん)をはかりかねて目を見合わせている。


 しかし、これはそれこそ阿吽(あうん)で理解した、ミュージシャンからの(わな)であった。

 キングがギターのボディを数度、ノックする。


「ま、さか……! お待ちなさい――!!」


 音楽が、(あふ)れ出す。




   ユニバース おいてかないで

   そばにいてよ ひとりにしないで

   ユニバース なぜはなれるの

   夢まぼろし 俺の命

   ああ ユニバース


   結構踏ん張って 歩いてきた道のりだから

   それなりに愛着はあるのさ

   君に出会って すべてが変わった

   これまでのきらめきが


   星になって 見下ろす俺を

   影を消しながら 万華鏡の向こう側へ


   ユニバース 君がいなきゃ

   ダメなんだって 気づいたのは俺だけで

   ユニバース 叫びだすより

   君までが手を離した


   やめて 死にたくない

   失いたくない 何も

   見えない ああ


   さよならの仕方さえ 満足に知らない俺達は

   ちぎれるように 指を離してしまった




 ありったけの音楽を流し込む。

 何も持たない二人のミュージシャンが、その魂の叫びを、創世の女神に直接にぶつける。


 カラス・ヴィーナスは初めて覚える渦の感覚に、足を取られて倒れた。

 ニゼアール・ヴィースはそれを助けることすらできず、強力な渦に絡めとられないようにしているらしい。目を見開いてはいるが、四肢を踏ん張りおびえて威嚇する子猫のようになっている。


「おい、キーロイさんよう!? 聞こえるかあ!? この世界に音楽があることが証明されたぜえーーーーーーーーーッ!!!??? どんな気持ちだよ!!!???」




『ふむ、案ずることはない。再度復元すればいいだけのこと……』




 次の瞬間、キングの視界は一掃された。

 代わりに視界に飛び込んできたのは、一面の白。

 そう、あの部屋だ。

どすこいどもども、紅粉 藍でございます(∩´∀`)∩


自分が遅いのか、世界が速すぎるのか、なんだか意思に反して乖離していってしまうような感覚。さっきまで手が届くし、いつだって自分の物だと確信していたのに、そんなものはなかったと知ったときの気持ちといいましょうか。私は主に学生の頃、そんな気持ちと暮らし続けていまして結構つらかったなあ、と思います_(:3 」∠)_

今回の歌詞は「ロスト・ユニバース」の一端ですが、そんなことを思い出しながら執筆しておりました。キングはもっと歯がゆく思って書いたでしょうね。そんな私もまだまだ道半ばです(*´ω`*)


なんの話なんだこりゃ。まあいっか。

今回はこの辺で。また次回~ノシ

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