note.77 「だったらせめて地球産名物のギターボーカル、見てかない?」
「にぜあーる? ゴレアン・ヴィースじゃないの?」
よくよく見れば、特徴や風貌は似通っていても、ちょっとずつ違う。
容姿、というより顔つきはイデオとほぼ変わりない。少しだけ性格や人格を表すように、表情筋の発達が違うように思える。あとは動きや仕草だろうか。
しかし、こんなもので生粋の天使族とイデオを見分けられるというのも、変な話だ。
「ゴレアンはほかの業務についているが……」
「あ、そうなん? まあ、カラス・ヴィーナスに会えれば誰でもいいんだけど」
キングは、どうもはじめまして、と頭をカキカキ、会釈する。それにつられて、ニゼアール・ヴィースもこちらこそと頭を下げる。
「――って、ちっがーーーーう!」
「うぉ、びっくりした」
スーベランダンの広場は今度こそ走って逃げだすほど混乱を来していた。ちょうど怪獣が現れた日常の町のように、観衆は散り散りに逃げていった。マーキュリー国王から「天使族は敵だ」とおふれが出されていたのも手伝っている。
それでもここに残ったのは、キング、リッチー、マックス、カレン、それから剣を抜いた騎士団である。
「なんだ、この騒ぎは……?」
「えーと、伝説の天使サマが現れたからじゃねえの?」
「フン、そんなものか。あまりにもかけ離れてしまったものだ」
ニゼアール・ヴィースは翼をゆっくりと羽搏かせ、キングのステージまで降りてきた。
閉じたにしても大きく目立つ純白な天使の翼が、厭が応にも立場を分けてしまう。巨なる存在と、ただのミュージシャン。
「カラス・ヴィーナス様にお会いしたいのか?」
「そう。俺を地球に帰すためになんか動いてんだろ? だったらせめて地球産名物のギターボーカル、見てかない?」
「……それは、カラス・ヴィーナス様のご意思を確認しなければならない」
「じゃあ、連れっててくれよ。出穂さんもそこにいる?」
「イデオ……ああ、エール・ヴィースを乗っ取った人間か」
ニゼアール・ヴィースの顔が歪む。ぐっと寄せられた眉や食い縛る口元は、天使というよりも阿修羅のように含む感情がある。
キングはこの天使がイデオの事情を知らないことを見て取った。
「貴様はあの侵略者と同郷だと聞く。奴が何を考えているのか教えろ。この世界をどうしたい?」
(やっぱり……ただの下っ端かな? にしてはエール・ヴィースにこだわってる……友達だったのかも)
もしキングの想像通りなら、ニゼアール・ヴィースの悲しみは途方も無いだろう。
「俺達はアンタ方をどうこうしようとはなーんも考えてねえ。ただ、俺達がここで在りたいように在るってだけ。それとそっちの望みがかち合っちゃってんのかなって俺は思うよ」
「在りたいように在る、それだけでこの世界に席があることはない。無理な話だ、すべてはカラス・ヴィーナス様がお決めになる」
随分と冷たく突き放されたものだ。
それからキングは刹那の閃光に飲み込まれた。
「――――はっ……おえっ」
次に瞬きをした時、キングは思わずえずいてしまった。
(イデオさんも、【負の面】とかいうとこから帰ってきたアーリェクで、時空酔いだとか言ってぶっ倒れてた……ここは、まさか――)
すっぱい唾液を口端からぬぐって顔を上げると、そこは見たことのある場所だった。
と、いうよりも、まったく瞬間移動の痕跡もない。さっきと同じ、ステージの上だ。
(でも、よくよく考えたら色彩が無い……影はある。陰影があるから違和感ない気がしたけど、どこ見ても薄暗い感じがする。灰色い世界だ)
空を見上げた。見慣れた青は無い。太陽も無い。
己の手を見る。ぐ、ぱ、と動かすが、なんら問題は無い。薄く緑の線が走る、でこぼこと筋張ったキングの手はいつも通り、色味がある。服も、靴も、ギターも、ここでは眩しいくらいに色彩を網膜にキャッチしている。
「ここはノーアウィーン世界の裏側に位置する、通称【負の面】……もといβ世界だ」
ニゼアール・ヴィースはここでもまばゆいほどに白い翼でキングの視界を圧倒した。
「べーた、世界……? んじゃ、俺達がいたのは……」
「あすこは【正の面】だ。現行の世界、現在カラス・ヴィーナス様が管理しておられるノーアウィーン世界のことだ」
「んん? え、なんて?」
「物わかりの悪い地球人だな……」
今しがた、信じがたい事を聞いたと思ったが、ニゼアール・ヴィースの方がこめかみを押さえてやれやれ、と首を振っていた。やれやれをしたいのはこちらだとキングは思う。
「ちょ、ちょ……? つまり?」
「つまり! この【負の面】は以前のノーアウィーン世界で、現行のノーアウィーン世界は【正の面】。カラス・ヴィーナス様は、ノーアウィーンを一度作り直されているのだ」
「……はあ?」
それをイデオは知っていたのだろうか?
キングは異世界に飛んでから今までの聞きかじった情報のピースを、自分なりに組み合わせてみる。
百年前にあったという天変地異。
そして、その頃から出現し始めた真っ黒い魔物。
古い種族、天使。
天使族と敵対していたらしいホムンクルスと神話の時代。
天使族が滅多に姿を現さない理由。
(もしかして、全部全部、カラス・ヴィーナスってやつが元凶ってことか?)
口ぶりからするに、カラス・ヴィーナスという天使族の親分がノーアウィーンという世界を創ったというから、仕組みはわからないにしても、何かが気に食わずに自分の気に入るように作り直したということなのだろう。
(なんつー身勝手だ! どんな事情であれ、俺の友達や知ってる人が悲しんだり失ったものに苦しんだりしてるってのに……!)
ニゼアール・ヴィースはキングを誘うように、ステージを下り、近くの建物に身を寄せた。その建物は広場の象徴、時刻を知らせる鐘の塔だ。
「地球人、こちらへ。ここから里へ入る」
「里? 天使族の」
「そうだ。どうせ地球へ帰すのだから幻惑の土産話にでも……天使族の里は【負の面】からしか入れない仕様になっている」
「しよう」
「しかし、【負の面】のいかなる扉からでも、天使族のIDを持った者なら帰郷することが出来る」
「ききょう。ん? あいでぃー……」
これも以前にイデオから聞いたことのある話だ。
ノーアウィーン世界の住民はみな、IDを保有しており、データベースようなもので管理されている、と。
(どんどん見えてくるな、天使の正体が! この世界を暗躍して牛耳ってる存在……たぶん、それが天使族。イデオさんは俺達を守りながら、そんなのと戦ってたのか――)
キングはイデオに音楽活動を続けてほしい、集中してほしいと考えていた。度々姿を消しては傷を負ったり、理解の及ばないものと対峙していることを察しては、早くこちら側へ引き戻さなければと思っていたのだが。
(こんなの……独りで勝てっこねえよ。かと言って、俺達が役に立てるわけでもねえけどよ。あ、マックスは別か)
ニゼアール・ヴィースの説明ともいえない話の通り、鐘の塔の入り口らしい木製の扉を開けると、そこは屋内ではなかった。
キングはおっかなびっくりに天使の後に続く。すると爽やかな風が吹き抜けていった。
「ここは……」
「ここが天使族の里の正門だ」
薫風を肺に吸い込むと、なんだか懐かしい気持ちになる。来たこともないのに、見覚えがあるような。
辺りは一面緑の草原。脚の長い名も無いような細かな草々がキングの足をくすぐる。向こうには石で段差を形作っただけの簡素な階段、とも言い難い段差があり、藁葺の屋根をした家々がぽつぽつと建っていた。家の前には知らない白い花が咲いていて、ステンドグラスのような蝶が躍っている。
正門だというが、門のようなものは特に見えない。
(並んでる家の向きが一つ残らず同じだ。これ学校で習ったぞ。確か、風雪の向きが決まってたり、南向きとかで、村ごとおんなじ方向向いてる……って、これ! 合掌造りのあれと一緒か!)
既視感はキングの故郷、富山県の観光地としても有名な白川郷であった。
色彩の戻った景色は、深い緑の印象が強く、風は爽やかだが、盛夏の富山の山間部の雰囲気に近かった。
「カラス・ヴィーナス様はこちらだ。ついてこい」
「お、おう」
先ほどまで天使族というものに憤っていたのに、突然の親近感に戸惑っている己がいる。
ニゼアール・ヴィースが歩き出すので、ついて行く前に背後を振り返ると、これまた富山県出身の有名な漫画家の作品に出てくるように、ぽかん、とドアだけがそこにあってなんとも奇妙な光景があった。自分たちはあそこから出てきたらしい。
「あの、さ、ここはどっち側?」
キングはすたすたと行ってしまうニゼアール・ヴィースの碧い後頭部に話しかけた。初めてこちらから声を掛けたと思う。
「こちらは現行のノーアウィーン世界だ。但し結界が張ってあるのでこの里から出られはするが、入るにはさっき言った通りの手順でしかたどり着けないようになっている」
「へえー」
謎技術すぎて、もはや相槌を打つことしか出来ない。
「そういえば、出穂さんは元気なんだよな?」
自分で言っておいて薄情な、と突っ込む。仕方がない。ここに足を踏み入れても未だふわふわとした気分だ。
「……ああ、イデオは無事だ。確認事項があるということで、処するところを先延ばしている」
「しょする? 先延ばしって」
「元々はエール・ヴィースという天使に葛生出穂という地球人の魂を入れ込んだという。その魂を抜出し、エール・ヴィースを再誕させる術がある。カラス・ヴィーナス様にしか出来ない」
「また謎技術か。それって出穂さんは死ぬってこと? また別の容れ物……体に移す、とかできないの?」
「さあ、何が良い選択なのか、俺にはわからない」
「……そ」
随分と喋ってくれる。
カラス・ヴィーナスがいるという、やはり茅葺の家に到着するまで、敵方であろうキングにそこまで吐いていいものなのだろうか。キング自身が心配になる。
(なんか、このニゼアール・ヴィースっていうニイチャンも苦労してんだろうな。葛藤っていうか……エール・ヴィースのことも考えてるし、出穂さんも憎み切れてない。たぶんイイ奴だ)
家に戸らしいものはなく、そのまま土間に入っていった。
板の間に髪の長い後姿が座っている。それは碧く、天使がいるという空のようである。
「萩原旭鳴、待ちわびましたよ。さ、こちらへ」
涼やかで爽やかな朝の木々からこぼれ落ちる朝露が花びらをわずかに叩くような、繊細だが美しい女性の声。
イデオにもニゼアール・ヴィースにもゴレアン・ヴィースにも通じる、凛としながらもやわらかな美しさを湛えた容姿。十代の少女にも、妙齢の女性にも、子を育て切った母の世代にも見える。
彼女こそがカラス・ヴィーナスである。
どーもーーーーーーーーお! 紅粉 藍です(∩´∀`)∩
とうとう元凶のカラス・ヴィーナスと対面したキングくんの回でした。天使族、世界の裏側、神話時代……いろいろな謎の真実に触れられた重要な回でもありましたね( ˘ω˘ )文字数と情報がいっきにぶち込まれておりまして……ちょっともうしわけねえとおもいながら書いてましたが……ニゼアールの初登場時が懐かしいくらいに良い奴ムーブさせてしまった(*´ω`*)私は満足です。
天使襲来の編もまとめっぽくなってきました。今後とも「異世界のラーガ」をどうぞよろしくですm(__)m
それでは今回はここにて。また次回~ノシ





