note.74 「おやあ? こんなところにドラゴンが寝ていますねー?」
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ミグ・ニムは傷ついていた。
体も心も限界だった。
(なんで、なんで……)
先程からその言葉しか出てこない。どれだけ腹の底を、胸の奥を、瞼の裏に焼き付いた光景を、かき回して繰り返しひっくり返してみても、空虚。
(天使族は竜族の仇……ミグ達が生まれる前の話だけど、綿々脈々とその恨み説を聞かされてきた。あの碧髪ヤロウも自分達が殺ったと言った。間違いなく懺悔するならアイツらの方だ……!)
やっと顔合わせできた宿敵だ。何世紀も待っていた。
(でも、そんなこと思ってたのはミグだけだった? ミグは、ずっとアイツ殺したかったけど、みんなはそうじゃなかった?)
ミグはみんなを抱きしめた。だが、羽毛は鱗の手をすぐには温めてくれなかった。もともと外気温の変化に強いドラゴンの分厚い皮膚は、あの時のあの子達すら、天使の雷以上にミグの内部にまで届かなかった。
「――ミグが殺したも同然だ……この、ミグ、が……ッ!!! 死ね!!! 死んじゃえ!!! ミグなんかっ死んじゃえ……ぇっ――――エッェツ……ひぐゥ、う、うぅ、うわあああああああああああああああああ…………っ」
みんな、みんな可愛い弟妹達だった。
特にガラスのように繊細な羽根と鱗を持ったエスレル・エは、感性も繊細だった。もしここから出られたなら、きっとエスレルだけは学校に入れてあげよう。大変なことも多い世の中だけど、たくさんの出会いと未来がエスレルを待っている。
そんな話を、激務を終えた夜な夜な雑魚寝の布団に潜り込んで話した。
他の子達も「エスレルは頭いいし!」「エスレルは字が読めるからね」「やさしいから友達いっぱいできるよ!」と口々にエスレルに希望を吹きかけた。
エスレルは満更でもないようにはにかんで、その笑顔がミグはすてきだと思っていた。大好きだった。
物静かな印象を抱きがちなエスレル・エという少年が、窓から眺めているだけだった空にいちばん憧れを抱いていたことも知っていた。
そんな彼は、度々ミグに告げていたことがあった。
「ミグ、僕は学校にはいけないよ。体も弱いし、その……キメラだし。希望を持つのも夢を持つのも、誰にでも許されていることはわかるけど、僕は今のままでも十分。でもミグだけが大変な思いをしているのは、僕はやだ。だから僕は僕で、ミグへの恩返しができる生き方をしてみたいな。ミグを、ミグの知らない世界に連れ出してあげたいな」
できなかった。
幼いながら聡く優しい彼は死んでしまった。
ミグはこれ以上なく小さくて温かった、ミグの天使達の欠片を抱いてスーベランダンの街を離れた裏山へ飛んだ。飛行しながらも残された羽毛はひとつたりとも落としはしなかった。
碧い髪の天使は追いかけては来なかったようだ。
それはそうだ、奴らは手前の火の粉を振り払っただけ。完了すれば、せいぜいが残党のキメラになど用は無いのだ。
長年の敵討ちを果たせなかったのは悔やまれるが、それよりも己が勝手で開戦したのに犠牲があまりにも痛手すぎた。
(ミグは、本当に独りになっちゃったんだね……)
そして再度訪れる、空虚。
山の鬱蒼とした木々の合間に着地し、巨木の虚にその黒く大きなからだを子猫のように丸めた。このまま木の一部にでもなってしまいたかった。
先程とは変わって、ミグは呻き声一つ漏らさずに静かに泣いた。山のさざめきが代わりにすすり泣いているようである。しと、しと、と夜の寒さが作り出した涙。葉を滑り落ちていく音が心地よい。
(こんなことになっちゃったのに、なあーんでミグまだ生きてるんだろう……心はもう屍みたいに冷たくなっちゃったのに……なあーんで、まだ燻ってる気がするんだろう)
耳から離れない音があった。
それは絶望ともいえた天使を復活させるあの音を越えて、ミグのもとに届けられた。
(あれはキング君の声だった気がする。必死すぎて確認なんてしてる暇なかったけど。あれは何だったんだろう……?)
今まで自分をしばっていたものは何だ
歯を食い縛って 耐えてきたものは何だ
今まで自分が見てきたものは何だ
足を踏んじばって 堪えてきたきたリビドーを
走れ 走れ 走れ Dont stop me ! Do it now !
ミグは口ずさむ。
今まで聞いたことのないような節をつけて、大切な言葉をかけてくれたキングの声。その大きな声は叫んでいるわけでも興奮しているわけでもなく、不思議な力を持っていたように思える。
(まるでミグを励ましてるみたい……ミグはまだ走れるんだろうか。しばっていたもの、耐えてきたもの、全部過去じゃあないけど、これからも走り出したら出会うんだろうけど……)
「おやあ? こんなところにドラゴンが寝ていますねー? 何百年ぶりでしょうか、生きているドラゴンを見たのは」
「っ、誰!?」
ミグが物思いに耽っていたせいか、気配を読み取れなかった。
のんびりした女性の声の主は、ミグの寝そべる巨木の前に身構えもせず突っ立っていた。
「あら、警戒させてしまいましたね……もしかして手負いなのでしょうか? よろしければ手当を」
「さ、触らないでっ! ミグはいいの! このまま……このまま朽ちていくの……」
「それはまた気の長い話ですねー。ドラゴンさんて、確かに気の長い方が多かった気がしますが……まだいらっしゃったんですねえ」
女声はやはりのんびりとした言葉尻で、その場にしゃがみ込んだ。
人間の女性のわりにはとても背が高い。それに、身体つきに不似合いな大剣を携えている。今はそれをやわらかな地面に突き刺して、こてん、と頭を預けるようにしていた。
そしてその目元はあまりきれいとは言えない布で覆われている。
「……どっか行ってよ。ミグは今傷心なの」
「ああ、なるほど。弱っていたのはそのせいでしたか。なんだか元気のない変わった気配を追ってきたら、あなたがここにいたのですよ」
女性はふわふわと微笑んだ。一切邪気が感じられない。
(この人、ドラゴンと会ったことあるって言った? あれ……あの耳、もしかして――)
戦う気が無いようだが、接触の意図も気取れない。
けれど、なんだか温かくてやわらかい。その女性の耳は人間族とは違い、長く尖がっている。ミグはその種族を知っていた。
「あの、もしかしておねーさんはヘンケレーデン……だったりする?」
「あら、ご存じだったんですね。そうです、私、ヘンケレーデン族のカレンっていいます。カレンって呼んでください」
「はあ。それで、カレンは何でこんなとこほっつき歩いてるの?」
「ちょっと人探しをしていまして……スーベランダンに向かおうと思ったら、道に迷ってしまったのですよねえ……」
「こぉーんな山の中まで?」
「そうなんですぅー森のにおいを嗅ぐとどうしてもフラフラ~と吸い寄せられちゃうみたいで、困ったものですねえ」
カレンはそう口にしているにも関わらず、特段焦っている様子もなくへらりと笑った。
「ところで、お尋ねしたいのですが――」
しかし一変する。鋭い眼光が布から透けて見えるように、カレンはミグを全身で注視している。
「さきほど呟いていたのは、歌、ですね?」
殺気ではないが、気後れさせるような威圧感があった。
「ウタ? なにそれ、ミグはウタなんて……あ」
『美味しい店教えてくれたり奢ってくれたり、仕事でもこれから世話になるし、お礼に歌を歌いたいんだ』
定食屋で昼食を奢ると、やたらとキングはウタとやらにこだわった。どうしてもそれをミグに見せたがっていた。
しかしそこはミグの第二の職場。変な騒ぎを起こして目立てば、キングが消えたことを街の人に気付かれることもあるだろう。仕方なく作戦中止の脱帽をした日だ。
(これが、歌……そうか、そうだったんだ。ミグに、キング君が……!)
昼飯を奢る以上の返礼を知らないうちにもらっていたことを知り、ミグの目から透明な夜気を孕んだ大粒の雫がぽたりと落ちた。それは温かった。
どももももももどものうち紅粉です!(∩´∀`)∩
みなさま、おわかりいただけたでしょうか……?
『note.32 改めて説明しよう。』から実に42話ぶりにヘンケレーデン族のカレンさんが再登場です!!わーいおかえりー!!ヾ(≧▽≦)ノ
……というようなですね、忘れかけていた(完全に忘却されている可能性もある(´・ω・`))キャラがまた出てきたり、って言うのが既に20万字超えてしまった「異世界のラーガ」で今後もあることが予想されます。
誰やねん、という悲しい出来事をふせぐために、現在<前書き>にキャラ紹介をおいておこうかな計画を発動しおるところです。まだ画像が出来上がってないので実装が年内ではないのですが……_(:3 」∠)_そこで初めてキャラクタのお顔こんなんだったのね!という感動ももたらせるかと思います!(*´ω`*)ぜひご期待下さいそしてお待たせしますご了承くださいm(__)m
では今回はここにて。また次回~ノシ





