note.69 完全に機嫌を損ねた嬢と、その客の様相である。
「お父さん、らっぱ、とは?」
当たり前の問いだ。
この世界には音楽が無いのだ。ラッパが何か知る由もない。
(じゃあ、今鳴り響いてるこの音はなんだっていうんだよ……!?)
キングだっていまやこの世界に生きている一人だ。音楽が無いなどそれこそ厭というほど思い知っている。
甲高いA音。チューナーを鳴らしたような、放りっぱなしの音だ。
この音だけでは音楽とは言えないだろうが、キングには何かを掻き立たせるような温度を感じていた。しかもどこから響いてくるのかわからない。脳髄を直接揺らしているような気さえしてくる。
「――お父さん、アブナイ」
「え」
その時、キングの視界が陰った。デジャヴを感じる間もなく、キングが気付いた頃にはマックスに米俵のように担がれて路地に詰め込まれた家々の屋根を跳んでいた。
そしてすぐ後、定食屋の勝手口方面の道に、碧い軌跡を描いて天使が落ちてきた。否、ミグに空中戦を獲られて地面に叩きつけられたのだ。破裂音とともに舗装されたレンガの道はクレーターが出来、その破片が散らばった。
「まったく……しっつこい」
忌々しそうに吐き捨てたのは、帰還したミグである。黒い羽をはためかせてゆっくりと天使の上を旋回している。まるで子猫をつけ狙う烏のようである。
マックスに担がれるままのキングは、無残にも車に轢かれてしまった鳩を見てしまったかのような気分になった。それだけゴレアン・ヴィースはぐちゃぐちゃになっていた。
なのにまだミグは警戒を解いていない。
「……は、あはっははははははは! 母上のお声が私を何度でも呼び覚ます!!!! 何度でも、何度でもこのゴレアンは、母上のために立ち上がる!!!!」
黒いドラゴンの頑丈そうな顎で、ミグは舌打ちをした。
「あの音が鳴り始めてからだ……! どれだけ嬲っても、甦りやがるッ!!!」
あの音――キングには聞き覚えがある。A音だ。
楽器をチューニングするには基本すぎる音。この音を基準にすべての音階を診ていく。それが楽器を演奏する者の日常。
キングに――ミュージシャンに妄想が巡る。
もし、Aを鳴らして天使をチューニングしているのなら?
それこそ楽器のように。
(最初から疑問に思っていたんだ、音に無関心な住民たちとか。でも、天使族――古来の種族だけが音階を聞き分けられるんなら……マックスが俺の歌にも興味を示したことにも言い訳がつく!)
だとしたら、なんだというのだ?
そんな正論もキングの中には問われている。しかし、だとしたなら、キングの頭で導き出せる問いは、決まったものでしかない。
(天使族も、音階を聞き分けられる……!)。
この世に、音楽は存在した?
答えは否。
音階を使ってシグナルを送るのみならば、それはモールス信号と同意だ。
キングの中に解は出た。
(天使族は音楽がわかるわけじゃない。ただ、音階は聞き分けられるんだ、たぶん……マックスと――ホムンクルスと同じように。けれど、それ以上でもそれ以下でもない……それは、俺が想う音楽じゃない!)
すんなりとそれは導き出された。
音楽を知りながら、しかしそれでもその答えを導き出すのには緊張が走る。音楽に触れているキングにだって、すべては開示されない。それが音楽という領域なのだ。
ひと際高くあの音が鳴り響いた。
「ふ、ふ……ふふふふっ、これで完治だよ。また戻っちゃったね。黒龍のキメラだっけ? お前はボロボロなのに、私は美しいままだ。それでも愚かにたてつき続けるのかい? もうやめれば? だからお前達――いや、お前の祖先か……龍族は滅びたのさ」
話す口は止まらない。
ゴレアン・ヴィースの再生とともに。
痛ましく折れ、散っていた白い翼は、今雄々しく広げられ力が戻ったことを誇示している。白い装束に血の跡や土埃などは残っていない。すべてがきれいさっぱり元通りになっていた。
「あれ? 滅んだんだっけ? 滅ぼしたんだっけ? あんまり長く生きてると」
「ボケるんだろうねぇ? 本当に減らず口がお上手お上手ぅ~! ――……その口、次こそ利けなくしてやんよッ!」
夜空に隠れるように旋回していたミグが吠える。街の明かりを鈍く反射した黒い翼で滑空する。それは黒い稲妻のようであった。
「だから、何度来たって無駄なんだよ、すべてが。だって私達が間引いたんだからさ!」
再び激しい激突が起こる。
それまでは中空で戦闘が行われていたのに、この度は地上で牙が剥かれているのだ。
路地の家屋は古の力のぶつかり合いによって生じた衝撃波に耐えられず、古い物からバラバラと倒壊していった。
「マックス、良い事思いついたんだ! 俺を地上に下ろしてくれ」
マックスは周囲に影響を出し始めたその戦いに、そろそろ進退を決めなければとか思案していた。そこにとんでもない提案が降ってくるのでぷるぷると首をヨコに振った。
「できない。アブナイ」
「俺ならあのチューニング天使を無力化できる! あのゴレアンとかいうやつに、近い調の歌を聞かせて撹乱するんだ! 頼むよ!」
「……撤退、ボク決める。その時まで」
マックスの譲歩で担がれたままキング達は崩れ行く屋根の上を奔り、クレーターが出来た戦闘の中心地から外れた場所でレンガの道に着地した。
撤退は、マックスがその時だと思ったら。
(それまで、俺は精一杯ミグさんのために歌う!!!!! やってやる!!!!!)
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夕時の宿泊施設の煙突からは、湯気がたなびいている。
食事の香り、食器のかちゃかちゃした音、楽し気な団欒の声。既に夕餉は始まっていた。
「……遅い。あまりに遅い」
ジギーヴィッドの隣で、リッチーが青筋を立ててふわっとした毛皮の腕を組んでいた。
「そういう時もありますよー!」
「そうですよ! 今日は俺達が作りましたから、食事の心配はしないでください。リッチーさんのお口に合えばいいですが」
「リッチーさんはお肉食べられないんですよね? ソースのかかった野菜だけでも召し上がって下さい! これは俺の自信作ですよ!」
そしてなぜかムサイ男たちに囲まれていた。
ここでもモルット族は癒しの種族として人気を誇っていた。隊士の男達はどうにかリッチーの気を引きたくて、あの手この手でなんとか食事を誘ってくる。まるでその手の店で一番人気の女の子を口説こうとしているような輪が出来上がっていた。
ジギーヴィッドは特に隊士達に何かという言葉は投げなかったが、リッチーの様子は心配に思っているようだった。何故なら、リッチーはまだその料理に手をつけていない。
「キングもイデオも、マックスまで帰って来ない! どういうこと!?」
ぷんぷんと怒り心頭のリッチー。
「食事の準備もすっぽかすし、曲作りも進まないし! 練習もできないし! 僕を一人にするし!!!」
「リッチーさんは一人じゃないですよー」
「そうですよ、俺達と飯にしましょう!」
完全に機嫌を損ねた嬢と、その客の様相である。
「リッチーさんを困らせるんじゃあありませんよ。自席について食事を続けて下さい」
ここでようやく隊長であるジギーヴィッドから隊士達へ解散の令が出た。男達はしぶしぶといった表情で己の席に帰っていった。
「ジギーヴィッドさん、気を遣わせてすみません」
「いえ、こちらこそ。……で、何かあったんですか? キングさん達は残業でしょうか」
そこまで言って、ジギーヴィッドは口を噤んだ。ふと見遣ったリッチーは今にも泣きそうな顔をしていたからだ。
「僕……あの人たちがいなかったら、何もないんです。キング達がいるから、僕は旅ができてる。生きることが出来てる」
「まあ旅には魔物や夜盗がつきものですから、心細いでしょう。大丈夫です、いない間は私共がリッチーさんを守りますよ」
「違うんです!」
リッチーが顔を上げた。
「僕は、キングに僕の意義を再発見させてくれた。イデオはその音楽に仲間を、安心感を。マックスは僕達の音楽に新しい希望をくれる。みんながみんな、輪っかみたいになって関わり合って、……僕達は誰一人欠けちゃいけないんです……だから、誰かに、何かあったらって思ったら……本当に、僕はどうしたらいいかわからなくて……僕は戦えないし、歌えないし、楽器を弾くことも出来ないけど……でも」
次の言葉は出てこなかった。
リッチーのしゅんと垂れていた耳が、ピンと立ったのだ。
「――総員、警戒しろ」
音楽ではない。
だが意図された音が聞こえる。どこからかはわからない。
「ジギーヴィッドさん!!」
「リッチーさんは食堂の奥へ……なっ!?」
それは突然に現れた。
白い上下の装束に金と朱の刺繍が施されて、そろいのブーツは純白に磨かれている。碧い髪とベッコウ飴色の相貌。容姿は、イデオとひどく似ている。
「誰だ!? どこから……」
「騒ぐな。我が名はニゼアール・ヴィース! エール・ヴィースは我らの長、カラス・ヴィーナス様の命において回収させていただく。これまでエール・ヴィースが世話を掛けた。彼の代わりに挨拶に参ったまで……それでは」
エール・ヴィース?
それはもう、葛生出穂である!
「イデオーっ!?」
ニゼアール・ヴィースの手には、青白くなった顔のイデオが眠っていた。
どもですーーーーーー紅粉 藍です(*´▽`*)
最近は毎日なんかしらでアルコール摂取しているせいか、体重増加が冬眠前の動物みたいにぼかぼかきててヤバイです。。(´・ω・`)みなさんはお酒飲まれますか???? あ、未成年新酒はダメですよ。法律以前に体への影響が甚大なのでぜったいやめたほうがいいです。なんなら良いことないっすよ。
「異世界のラーガ」では食事のシーンがよく出てきます。……というか私が手癖で食事シーンを書いちゃうんですよね。食事を囲んでる時には表情や仕草、冷静なのか興奮してるのか、人物描きやすいんですよね。食事を誰と囲んでどんな話が広がるのか、キャラ関係も見えやすいですよね席次とか。
ということでこれからも彼らには同じ食卓を囲みながら、仲間と楽しくやって美味しいご飯食べてもらいたいなあと思いました。作者バカですみません(;・∀・)
では今回はこのへんで。また次回~ノシ





