note.64 「じ、児ポ……!」
子連れと言っても、キングの実子では断じてない。
絶賛ギター練習中のマックスのことである。
「――まあ、そんなわけで、今日から俺の息子、マックスもこちらでお世話になりやす!」
「う、うん……」
早朝突然に連れの手を引いて現れたなめた態度の新人に、ミグは引き攣った笑顔を作っていた。
しかもその子供は得体のしれない長物を首から提げている。
「俺の言うことは聞くし、仕事の邪魔はしないからさ。倉庫のはしっこに置いておくだけでいいんだ。ミグさん頼むよ!」
「う、う~ん……一応オーナーには話通しておくけど」
ミグが困り顔なのは重々承知だ。
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「新曲の仕上げは俺達でなんとでもなる」
「そ、そうか……? え、マジで言ってる?」
キングはイデオの言葉を疑う。
当たり前だ。初めての組み合わせのバンドである。なんなら、初めての自分たちの活動になる曲だ。
「なんとかなる。……いや、なんとかする。だろ?」
「まあ、そうだよなあ……本番まで日もねえし、なんとかする! しかねえよな!」
イデオは、窓から差し込む低い位置の月明かりを受けて頷いた。
「ここでいちばんの懸念点は、マックスがどこまで本番に適応できるかってことだ。譜面通りに弾ける、だけでは俺の演奏についてこられないだろうし、俺はそんなプレイヤーなら置いていく」
それを言ってしまうか。昨日今日の初心者に。
というのがキングの本音だ。
(でも、出穂さんが言いたいことも理解できる。要はクオリティなんだ。出穂さんの場数と経験、その実力は俺が知ってる。マックスはまだまだコードを覚えたての初心者。実力差は歴然だ。それを埋めるためには実力者が初心者に合わせて、演奏ハードルを落とす必要がある……だけど、それを俺もしたくはない)
客前で魅せるパフォーマンスだからこそ、自分達のプライドが音にのる。
「マックスの調子は?」
出穂がスティックをケースにしまいながら、なんとはなしに口を開く。
隣の部屋から、壁を挟んではつたないコードの練習音が聞こえてくる。
「基本的なコードは一瞬で覚えたよ」
「それはホムンクルスだからだ。――本番に間に合いそうか?」
本番に初心者のマックスを乗せるために、やらなければならないことは山ほどある。
中学や高校の部活動ではないのだ。
(ホムンクルスがどんな特性を持ってるかなんてのは俺全然知らねえけど……たぶん譜面を差し出したら、それもまた一瞬で覚える。でも俺達が求めてるのはそんな演奏じゃねえ。切ったら赤い血が噴き出すような――そんな音を求めてる)
キングは、マックスの素直さは買っていた。
言われてやれる基礎練習なんか普通の駆け出しは嫌がるはずなのだ。マックスは何時間でもやる。それは今の通り、聞こえてくるコードが示している。
そこが問題なのだが。
「俺の音を聞けないのも困る。演奏はイキモノだ。その場その場で変化する」
「そんなんは俺もわかってるよ。マックスが対応できるかって話だろ?」
きっとできる。教え込めば。
しかし何度もいうが、そのレベルでは足りないのだ。
「明日の勤務に、旭鳴――マックスをつれていけ」
「ん? え? ええっ!? なんで」
「嫌な予感がする……」
イデオは窓の外の風を感じているようだ。
朝焼けはまだ見えない。この時間は少しずつだが遠くに命が動き出す空気がある。花園の香りとともに。
「あ、マックスの練習を職場でも見ろってこと? それはミグさんにきかねえとなあ」
「そのミグという現場上司、キメラなんだろう?」
「そ……うん」
聞いていたのか、ジギーヴィッドとの会話を。
キングはミグの話を直接はイデオやリッチー、マックスにはしていない。すこしだけ気になったので知っていそうな人に訊ねただけだ。
「キメラの現代問題は俺も聞き及んでいる。うちのボーカルを失うわけにはいかない。護衛兼生徒としてマックスをつれていけ」
「……うん、わかった。明日はマックスとギターもって出勤するわ」
キングはイデオに感謝した。
夕食前に殴り合いのけんかをした手前、率直に言葉にするのは憚れた。それでも、自分達はこの世で唯一のバンドなのだ。その重みだけはしっかり受け取った。
俺達は、誰一人欠けてはならない。
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「まあ、わけを話せば大抵は恩情もらえるよー。いろんな事情を抱えた人がここにはいることだし」
いろんな事情……それを聞いて、キングは眉を寄せてしまう。その事情のうちに、存在を許されていないキメラが従事することも含まれているだろうから。
「恩に着るよ、ミグさん。ありがとな!」
「そんな感謝されることでもないよぅ。じゃあちょっと事務所行ってくるから。キング君は午前中終わるまでに、その区画をそれぞれの馬車にはこんでおいてネ。字が読めないだろうから地図にしたよー!」
「お、ありがてぇ」
ミグはキングにメモ書きを渡すと、すぐにいなくなった。
取り残されるキングと、マックス。
「お父さん、お仕事?」
「ん? まあそうだけど、その前にマックスの今日のやること、な」
倉庫内は朝一の時間でありながら、既に苛烈に労働者が動き回っている。
遠方からの馬車は倉庫の横に何台もつけられており、積み荷を待っている状態だ。それに向かってえんやこらよっこらせとどさりどさり、と荷物が次々に運び込まれ、馬車は次の場所に走り去る。
そのえんやこらよっこらせ、の前段階の仕事を新人達がやる。キングがそうだ。
「午前中に終わらせろってことだし、まずはマックスの練習を見る。そのあと仕事開始! てなことで、昨日教えたコードはバッチリだよな?」
「ばっちり」
労働者が行き交う通路からははずれた、掃除用具などが乱雑に置かれた土嚢にマックスを座らせる。
ここならミグが箒を取りにくるぐらいだ。
「じゃあ、今日は同じテンポで違うコードを押さえる練習だ」
リッチーがいれば本番に近い音で練習できるが、指の位置を確認するだけなら電気につなげなくともよい。という経験はキングがソースである。
「……うん、押さえ方はあってる。そしたら、俺が手を叩くから、そのタイミングでコードを鳴らしてみてくれ。一定のテンポで」
「一定の、テンポ」
「そう、テンポ。決まったタイミングで押さえる指を変える」
「決まった、タイミング……どこ?」
当たり前だが、テンポは目に見えない。
メトロノームなんかがあれば分りやすいだろうが、そんなものはこの異世界に無い。
「耳で!」
「みみ」
聞いて、体を動かしていくしかないだろう。
と、やってみるが……。
「えーっと、俺が手を叩いた瞬間に音を鳴らすんだ」
「音、鳴らしてる。お父さん、叩いて、弾く」
「そうなんだけど……うーん」
キングは一定のテンポで手を叩いている。
しかしマックスは手を叩いたのを聞いてから弦を弾いている。しかもタイミングはまちまちだ。ちなみに鳴らすコードは合っている。
(どう教えたらいいんだ? テンポっつーものを知らんのか……言葉で教えるのも難しいし……お、そうか)
キングは徐に、己の左胸に手を当てた。
トク、トク……一定のテンポでそれは知らせてくる。
「……大体BPM60くらいか。マックス、ここに耳を当てな」
マックスを呼び寄せ、耳を当てやすいように屈む。
そこに何があるか、マックスは知っている。
「心臓」
「そう、心臓だ。この音を覚えるんだ」
「心臓、覚える?」
「一定のテンポで鳴ってるはずだ。平常時だからな。この音のタイミングで今日はコードを鳴らす練習をしよう」
「承知」
マックスはキングの左胸にぴとり、と頬をよせた。耳に神経を集中させ、その音をホムンクルスの脳に刻み込む。
トク。
トク。
トク。
トク――
「――覚えた、お父さんの、音」
「よし。じゃあそれで……」
「じ、児ポ……!」
そこへ、ミグが帰ってきた。
なにやら不穏な単語をキングに吐きつけ、ドン引きしている。
「自分の子供になにやってんの……!?」
「おかえり、ミグさん! なにって、心臓の音を聞かせてたんだ」
「し、心臓の音ー? なんで今?」
またテンポの説明をしなくてはならないのか。
キングは音楽の無い世界の不便さを改めて思い知る。
ちょいちょい、と手招きをして、ミグに己の左胸を指して示した。
「聞いてみ」
「え、なんかあるの?」
同じくミグの身長に合わせて少し屈む。
「一定の間隔で鳴ってるだろ?」
「……うん、普通に心臓の音、鳴ってるけど。そりゃあ生きてるしね……あ、少し早くなった?」
「ぐぬ……そりゃ女の子がこんな近くにいたらちょっとはなるだろ」
キングは、もうおわりー! とミグを引き離した。
「上司だから緊張したんじゃなくて?」
「上司だからだったら、いつも緊張するだろ」
キングは少し熱くなった顔を扇いだ。
「へぇー。へぇー?」
「な、なんだよ……何で笑ってんだよミグさん、こわ……」
「いやぁ、ねえ……ふふふふふ……」
ミグは不気味に笑うと、いつものようににぱっと牙を見せて笑った。
「そぉーんなにミグってば可愛いかなあ? ミグは男の子だよぉー?」
どもどーーーーーーーも、紅粉でござますーーーーーーーーーーm(__)m
うちにもおとこの娘が登場しました! やったね!(∩´∀`)∩
ミグちゃんはいろんな謎がまだまだ隠されています。これからの展開にもしっかり絡んできますのでこれからもミグちゃんを見ててあげてくださいね。
音楽を初めてからだに叩きこむのに、テンポというものを知るのは重要です。頭で数えるのではなくからだで刻むビートの段階まで行くのには、まだマックスはかかるでしょう。マックスは何で次に音楽を学ぶか、彼の活躍にもご期待くださいね(*´▽`*)
ということで今回はここで。
また次回~ノシ





