note.62 「いいご身分ですね?」
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「ミグ、どうして今日は帽子を取った?」
壮年の男性の声は、定食屋の台所から聞こえてくる。
昼でも薄暗かった店内は、ミグが持っている燭台だけが視界の頼りだ。
「どうしてって言われても……、今日の新入りの人間は、ほら、獲物に適さなかったってだけだよーデーブル店長」
スーベランダンの裏路地は寝静まっている。
中心地である繁華街と比べると気味が悪いくらいだ。
しかし住民が皆穏やかに夜を享受しているかというとそうでもない。
キングが昼間ミグに連れられて訪れた定食屋の中でも、それは同じこと。
「健康的な若い人間族の男だぞ? 誰でもほしがる。真っ赤な内臓や丈夫な骨と過不足のない筋肉質な四肢は紛争地へ……脳は滋養強壮になると貴族から好まれる珍味だ。どこをとっても売り物になる。それはお前もわかってるだろう、ミグ?」
「う……そう、そうかもしれないけどー……あ、あの人間ちょっと美味しくなさそうじゃん? だから、明日には違う獲物を」
「とぼけるなッ!」
ダンッ、と鈍い音が台所の暗がりからミグの鼓膜を揺らした。
ミグには聞き覚えがある音――獲物の首を斬り落とす音だ。
(デーブル店長、怒ってるんだ……そんなに今日の……誰だっけ? キング君ていったかな、美味しそうとかミグにはわからないんだもん。ミグは人間食べたことないし……ていうか、全世界的に人を食べるのは禁じられてるんだけどね。よくわかんないなー)
「まあまあデーブルさん、ミグちゃんだって一生懸命やってるんだし、このスーベランダンにはいつだってどんな人種だってやってくる。売り物になる獲物は今日の人間だけじゃないよ。ねえミグちゃん?」
「甘いッ! ロゲニア、アンタだってその人間の質を見ていただろうが! 個体個体の状態はすべて違うんだ、イイと思ったらすべて捕らえて捌くべきだッ!」
「それはちーっと目先の利益にとらわれすぎですよ……あたしぁ今日の人間がちょっとだけほかのより大きかったって言っただけで……」
ロゲニアと呼ばれたのはキングとミグに定食を用意した料理人だ。
常に肩を小さくすくめるようにして、きょどきょどと視線を泳がせている。
「あたしぁ別に自分が食っていけるだけ稼げればいいんですよ。今日もミグちゃんが帽子取る合図を守っただけですわ。あんまり獲物狩りすぎてもミグちゃんが外で怪しまれちまう」
「そーだよーデーブル店長ぅ、ロゲニアさんは悪くないって!」
「ウルセィッ!」
デーブルは叩っ切ったばかりの屍を蹴り上げた。どむっ、とゴムまりのような跳ね方で台所の大きなまな板から転がり落ちる。首から上だけが台に残り、切り離された自分の胴体を見つめていた。
「ここは俺の店だ! 俺のやり方に従わねえなら、ミグ――お前もっ、ロゲニア――てめえもっ、バラバラにして売り飛ばすからなッ! 二階のガキ共もだッ!」
ロゲニアはびくっ、と小動物のように固まってしまった。目を丸くして、デーブルの持つ巨大な包丁の行方に固唾をのんでいる。
ところが、ミグはわなわなと震えだした。拳をきつく握りしめる。
「そ、それは……っ、話が違うじゃんかっ! あの子たちとミグの生活を保障するからってここで働いてたのにっ」
「ウルセィッ! 黙って言うこと聞いてりゃ置いてやるっつってんだよ、いつも通りだろうがアアッ!? 文句あるなら他所行きなッ、この、出来損ないのキメラがッ!!」
「っぅ……!」
怒鳴り散らすだけ怒鳴り散らすと、デーブルはのしのしとまた解体に取り掛かってしまった。
ミグはその様を見ていることしか出来ない。
ちら、とロゲニアを盗み見るが、視線を合わせないようにそそくさと帰り支度を始めてしまった。さっきまではミグと一緒になって店長であるデーブルに抗議していたのに。
(ああ……ごめん、みんな……明日も真面目に働くから、こんな場所に閉じ込めてしまったミグを、いつか許してね……)
背中から、まるで自分が切り刻まれているような鈍い音を感じながら、ミグは廊下へ出た。そしてお手洗いの前を通過し、二階へ続く階段へ足を掛けた。
「おかえり」
闇から声がする。
ミグは顔を上げ、にぱっと牙を見せて笑った。
「みんなっ、ただいま!」
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「――っていう現場上司で、初日からめっちゃ動き回ったぜ……」
キングはぐにゃりと宿の厨房に座り込む。
それをリッチーとイデオが蹴飛ばした。
「ジャマ」
「邪魔だ」
「ひどい!」
そろそろ国王直属騎士団の隊士達が風呂から上がる頃だ。
昨晩の盛況具合から見ると、今晩の食事もかなり楽しみにされているらしい。配膳される前のテーブルに、もう座って待っている者もちらほら見受けられる。
「マックス、この大皿を各テーブルに」
「承知」
出来上がった料理が乗った皿がマックスによってテキパキと運ばれていく。
「なあリッチー? 聞いてるー? 現場上司がさあー」
「ちょっと今忙しいんで」
「つれねえなあー」
厨房ではキングを戦力としてカウントしていない。
キングが何か話しかけようにもそっけないリッチーは、言葉通りせっせとスープをよそい続けている。
「おい、何もする気がないなら出てろ」
「うわ、出穂さんまで辛辣じゃん……」
「旭鳴にはまだやることがあるだろう」
「え?」
「体力温存しておけ」
ついにイデオに追い出された。
厨房は戦場なのだ。
何もできないものは退場するのみ。
「で、ここに来たのですか?」
「まあ……ほかにいるところねえし……」
結局、自分の席ではす向かいにジギーヴィッドと顔を突き合わせる羽目になった。
「いいご身分ですね?」
「まあー俺さ、バンドリーダーらしいし?」
久々のガッツリした肉体労働で、うまい返しが見つからない。ジギーヴィッドは半目でこちらを見ている。
「鍛え方が足りないんじゃあないですか。早朝いっしょに走ります?」
冗談めかしてジギーヴィッドが空気を取り持つが、キングは未だ考えることがあった。
乳酸の利いた脳ミソがぼんやりと昼に行った定食屋の景色を再生する。
「なあ、ジギーヴィッド団長さん」
「団長ではありません、隊長です。なんですか?」
「スーベランダンの裏路地ってどんなとこ?」
ぴくっと形のよい眉尻が上がった。さらさらした指通り良さそうな金色の頭髪と同じ色。
「一介の旅人は用の無いところです。行くべきではありません」
「いや、もう行っちゃったんだけど……」
「……はあー……」
あからさまに面倒くさそうな顔を掌で押さえているジギーヴィッド。小さく、フレディア様がいなくてよかった、と呟いている。フレディアは今日はおとなしく王室御用達の宿へ帰っていた。
けれどもキングはなんとなく、そのような反応が来る気がしていた。やってしまったんだろうな、とは感じていたが、だからこそ異世界の住民に聞いてみたかったのだ。
「なぜそんなところへ足を運んだのです。まさかそこが職場ではありませんよね?」
「職場は、なんか湾岸近くの倉庫」
「……その職場もそれほど治安は良くはないですね。しかし学がないならしかたないか……」
「ちょっとバカにしてます?」
「いいえ。で、何故路地に入ったのですか?」
キングはかくかくしかじかと、包み隠さずミグのことや、定食屋で出くわした光景について話した。
意外にも、ジギーヴィッドはキングの話を止めることなく全部聞き届けた。
「なるほど……」
「なんか知ってることあれば聞きたいんだけど」
ジギーヴィッドは静かに頷いた。
「キングさん、明日から仕事へ行くのはよした方がいいでしょう」
「えっ!? 何で!?」
だがギロリ、とした目つきは食卓にはふさわしくない。
その刃の如き眼は誰に向けられているのか。
どもどもっす! 紅粉 藍でっす!(*´▽`*)
キャラクタが増えてきましたね……(;''∀'')もしキャラクタ表など必要であれば作成挿入しますので、お手数ですが感想欄なんかにご要望下さいませm(__)m
さてさて、きな臭くなってまいりました~(∩´∀`)∩いいですね! 異世界ファンタジーって感じです! いままで「異世界のラーガ」では、過去に人が死んだ話はありましたが、その場面で人が死ぬようなエピソードは入れてませんでした。ということは、初の殺人シーン……!(*´Д`)やったーちゃんと異世界ファンタジーだったー!(?)
そんな、ゆるいけど意外とハードな世界観な「異世界のラーガ」です。今後ともよろしくですm(__)m
では今回はこのへんで。また次回~ノシ





