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異世界のラーガ  作者: 紅粉 藍
setlist10―レックレス・ビギナーズ
61/80

note.61 ならば、キングにできることはひとつだ。

 黒い恐竜のような尻尾をふりふり、ミグは「おなかへったよねー」などとのんきな言葉をキングに振りかけながら、慣れた様子で怪しげな路地を進んでいった。


「ミ、ミグさん? どこまで行くんすか?」

「こっちこっち! もうすぐ着くよ」


 身体(からだ)が大きめだからか、明らかに喧嘩(けんか)をふっかけようとする危ない雰囲気の目つきを向けられる。

 当たり前だが、キングはただただ、この上司に(おご)られについてきただけである。「ニイチャンちょっと遊ぼうぜェ?」などとはまったく口にしていないのに、甚だ遺憾である。


「キング君、あんまりキョロキョロしちゃダメだよ? はぐれないで」

「あ、すません……」


 ミグが小声でそんなことを言う。

 ということは、やはりここではそんなことが起きたりするのだ。


 キングは身を縮めて、その尻尾だけを見て歩くことにした。


 ぐねぐね歩いた気がするが、もうどのような道を来たのか定かではない。

 そんな時にようやくミグは立ち止った。


「こんにちはーっ、まだ例の定食あるぅー?」


 開けたドアは窓ガラスが破けている。

 ミグが元気よく挨拶(あいさつ)して入店していくので、キングも頭をぶつけないようにボロイ店をくぐった。


「いらっしゃい、ミグちゃん。……今日はちょっと遅かったね?」

「うー? そうかな? あ、ここ座っちゃうね。キング君、こっち空いてるから」


 キングの体重でそのソファに座ると、底が抜けてしまうのではないだろうか。という席をミグは指さす。

 不安の沸き起こる風情を醸し出すズタボロソファに、最悪、空気椅子を強いられることを想定して、ゆうーっくり尻を落ち着けた。


「……あれ?」


 しかしなんてことはない。ハリボテのソファだった。

 中にスプリングやクッションが入っているかのように見せかけて、使い古しの皮を張り付けただけの木の椅子だ。


(よかっ……いやいやいや!? この店もいろいろおかしいぞ!? この路地にある店ってみんなこんな感じなんか!? 衛生観念とか、客層とか、治安とか! どうなってんだよ!?)


 キングは自分がこれからどんなB級グルメを食べさせられるのか、B級グルメですらない恐竜のためのごはんが提供されるのか、不安で腹痛を感じ始めていた。だがそれも不安定な精神がそうさせただけの幻痛かもしれない。


「お、俺、ちょっと便所いってきます……」

「おっきいの? ちっさいの? お手洗いは台所の横の廊下の突き当りだよー」

「う、うっす」


 ミグはさっそく店主に注文を通している。そのテーブルから言われた通りのお手洗いにつくまで、やはり他のヤバい人相的客に(にら)まれたりした。


(俺、いまどこにいるんだマジで……? ミグさんが大丈夫っていうから大丈夫なんだろうけど……もしかして一人で便所に行くのもヤバかったりするのか? しくった……ッ!)


 悶々(もんもん)鬱々(うつうつ)と考えながら、それっぽい、またしてもショボいドアを見つけて入――――――――ろうとしたら、ロバのような耳を人間の耳の位置に生やした、おそらく獣人の少年が便座に座っていた。


「おっと、わり! ごめんな」


 ノックを忘れていた。

 すぐさま謝罪してドアを閉めようとする、だが――。


「待って、こっちきて」

「え? ええぇ~? どこ行くん……」

「しずかに」


 少年の手は小さいが、まるで昔見た魔法で獣にされてしまった王子のような毛並みと鋭い爪を持っていた。それにガシリと腕を(つか)まれてしまったら、子供の力だとしても振りほどいた際に無傷では済まないだろう。


「ちょ、ちょいっ! ミグさん待ってんだって。遊ぶならまた今度な」


 お手洗いを出て指示されていない方向の廊下を少年は進んでいく。

 廊下には窓がなく陰鬱な湿気が漂っている。さらにお店の油っぽい空気と香ばしい匂い、排水の臭い、そして誰かが確実に暮らしている特有の生活臭が混じりあってドン詰まっていた。


「ここ、僕達が住んでる」


 少年が毛むくじゃらの指で示したのは、二階への階段。


「そ、そうか、また今度遊びに来るから……」


 やっと緩まった束縛。キングは腕をさすって、少年の手から離れようとした。

 そこで、見た。


「――ッう!?」


 二階から無数の光る玉が、こちらを(のぞ)いている……。

 否、光る玉はきっと目玉だ。

 光っているように見えるのは、野生の動物の目が夜や暗い場所でそう見えるようなものだろう。だがしかし、その眼は二対ではない。無数なのだ。


「おにいちゃん、ミグが連れてきた人?」

「お、う……そうだけど」

「ミグに言っといて。もうやめよう、って」

「やめる……? って、何を、あ!」


 キングが思考に気を取られている隙に、少年はそれこそ路地のドブネズミに似た生物のような素早さで、二階へ姿を消してしまった。


(何だったんだあの子は……)


 謎を残したまま、キングだけがぽつんと階段前に立っていた。二階には既に少年の気配も、光る無数の目玉も見えない。


「お、やあーっと帰ってきたね! おっきいのだった?」

「……う、うす」


 テーブルに戻ると腹をすかせたミグが、カツレツのようなものを頬張っていた。

 キングの席にも同じ定食が用意されている。

 透明感ある緑色スープ、ブレッド、(こう)ばしい香りの野菜の炒めたものとカツレツのような見た目の食べ物。


 キングにしても腹は減っている。

 しかも正直期待していなかった食事が存外美味しそうなので、現金にも腹が鳴り、アップも完了していた。


 なのに異様に口の中が唾液で満たされない。乾いた気分になってしまうのは、さっきの少年のせいだろうか。


「ははっ、はらぺこのキング君も食べなよー!」

「へへ、はい! いただきやす!」


 聞くべきだろうか、ミグに。

 食事の前に着けば、簡単に手も口も動いた。


 まずくはない。むしろ美味しいほうだ。

 たまにある、都会の大通りの少し入ったところにある中途半端に立地だけはよくて客は適当に入るが、メニューは大したものではない居酒屋よりは全然。温かいし、お店の人の創意工夫を感じる。皿だって得別素晴らしい意匠ではないが、年季が感じられながら丁寧に扱っているのがわかる。


 今回はミグに(おご)られることになっているので、この定食がおいくらかは知らない。


 ミグにとって、このいつもの定食が何かは知らない。

 ミグにとってのこの店がなにかも。


 二階にいた何者か、あの少年が何者か。

 ミグにとって何者なのかも知らない。

 スーベランダンにおいてのミグ自身のことすら。


(せっかくの飯が……なんか頭が曇って、よくわかんねえや。でも残しちゃいけねえ、食わねえと!)


 食べながら、キングの中である決意が固まっていた。


 皿がすっかり空になると、ミグが妙に驚いた顔をしていた。


「ぜ、せんぶ……食べたの?」

「おう、ミグさんの言う通りうまかったぜ! ごちそうさんした」

「そ、そう……よかったね……、言ったでしょほらあー! この町にも安くておいしいお店はあるんだよぉ?」


 やはり、ミグにはこの街で働かなくてはいけない秘密があるのだ。

 あの少年や二階の何者かも、この店や、この裏路地すらも……きっと秘密がある。


 ならば、キングにできることはひとつだ。


「なあ、ミグさん。現場に帰るまでまだ時間あるか?」

「う? どっか行きたいところでもあるの?」

「いや、美味しい店教えてくれたり奢ってくれたり、仕事でもこれから世話になるし、お礼に歌を歌いたいんだ」

「ウタ……?」

「そう、音楽だ! 俺は音楽の力で誰かを元気にしたいから、全然売れねえけどプロミュージシャンを目指してんだ。本当はギターあるといいんだけど、今は持ってきてねえからアカペラでな」

「ちょ、ちょっとまって! オンガクってなに? 初めて聞くんだけど……それに、……えぇ~? 初めて聞く言葉いっぱいあるんだけどっ!?」


 ミグは困惑している。それは表情が見えなくてもあり余るほどによおく分かった。


「音楽ってのはな、……いや聞いたほうが早いわ。とにかく歌うよ、一曲」

「ウタウ? キング君て、大道芸大会に出場するためにお金が必要って言ってたけど、そんな簡単に自分の芸を披露してもいいの? ミグはお金払ったほうがいい?」

「だから、飯(おご)ってくれたお礼だよ。俺のきもち!」

「いや、でもさぁ~……」

「あ、もしかしてやっぱりここの飯って高かったりするのか? じゃあ二曲、いや三曲歌うか!?」

「あのねーそうじゃなくって!」


 辺りを警戒しているような、なんだか嬉しそうではないミグ。

 きょとん、としているキングにミグは深いため息を()いた。キャスケットを脱いで、顔を隠してしまうほどに長い前髪を気にしている。


「……(おご)るばっかで、お礼(もら)ったことないんだよミグは……なんか気恥ずかしいし……あんまり気にしなくていいから」

「そうは言ってもよ、嬉しいんだよ俺は!」

「わかった! わかったから! あんまり大きな声出さないでっ」

「あ、すまん」


 キングは慌てて口を(つぐ)んだ。

 さすがに押し売りはいけない。キングはしょん、と反省の色を見せて項垂れた。


 ミグはやっと扱いのややこしい新人が退いたことにほっとしたようだった。また深緑のキャスケットを被りなおす。


「もう出よう」

「え、もう戻るのか?」


 まだ言うか、という顔で立ち上がったミグはまだテーブルの前で座っているキングを見下ろす。


「あのね、ミグはこう見えても倉庫の重要な役を任されてるの! 君達みたいな日雇いよりも早く戻らないといけないし、とぉーっっっっっても忙しいのっ! ハイっ、わかったら立つ!」

「う、うっす!」


 店主に会計を渡して、また薄汚い路地裏を肩をすぼめて歩いて湾岸を目指す。

 早足に先を行く黒い尻尾。


(ヤベ、嫌われちったかな……?)


 キングは職場である倉庫に着くまで、一言も話しかけられないでいた。


(たぶんだけど、あの便所の男の子と二階のよくわかんねえ奴、ミグさんと知り合いなんだ。想像だけど……あの男の子も二階の奴もミグさんの仕事を辞めさせたい……なんでかは知らんが。でも俺は何もわかんねえし、どうしようもねえよな……)


 そういえば、少年はミグに伝えてほしいと言っていた。

 けれども、そんなことはキングにはできない。少なくとも今は。


(……クソ、難しい事考えるのはやめだ! 考えたってわかんねえことは考えねえ。それより、金を稼いで、ステージ立つこと考えねえと!)


 今はなんだか、リッチーやイデオ、マックスに無性に会いたい。

どうもどうもどぅも! 紅粉です(*´▽`*)


ネトコン11第一次選考突破された方おめでとうございます!!(∩´∀`)∩

うちの当作品は落選でした……(;・∀・)もともと感想が欲しくて応募したのですが、感想ももらえず落選してるので、ぐぬぅ……となってます……w


それはさておき「異世界のラーガ」は続きますから、これからもよしなにm(__)m


今回はなにやら不穏な雰囲気です(-"-)

しかしキングは通常運転すぎて作者もコイツ……_(:3 」∠)_と思わないでもないんですけど、まあ無事だったのでよかったですね(?)こういうときでもいつも通り行動してくれる主人公というのは私は好きです(*´Д`)


今回はこのへんで。

また次回~ノシ

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