note.28 「全裸で焚火してる人が三人もいるの何事?」
「全裸で焚火してる人が三人もいるの何事?」
リッチーは呆れと疑問とを足して、そこに哀れみをトッピングした声で言った。
バザールの中を歩いて昨晩来てくれたお客さんからゲリラライブの口コミを聞き取りに。そして帰ってきたら誰も服を着ていなかった。
さすがに三人とも手近なタオルケットなんかをすっぽりと足もとまで羽織って体温を下げないように、かつ、極力肌を不用意に見せないように対策はしているが、北国の人形のような、そういったモンスターような。この光景はどう見ても異様である。
「キングさんが私の忘れた服を取りに行ってくださったんですが、川に落ちて自分ごと濡らしてしまったそうで」
と困ったように、しかしどこか楽しそうに説明するのはカレン。
「俺が落ちたのはコイツのせいだから!」
「貴男が先に私を川に落としたのがいけないのよ!」
ぎゃあぎゃあと喚き立てるキングと――知らない顔。
どちらも憎々し気に、お互いを指さしては睨み合っている。
ふと傍らの木にリッチーが目をやると、枝には三人分の服が干されていた。
その中の一着は、大層なめらかで上等そうな布で縫製された、簡素なワンピース。その飾り気のなさが返って品の良さを際立たせている。
「私は人と会うとき以外は服着てないことの方が多いので良いんですけど、キングさんお着替え持ってらっしゃいます?」
「え!? カレンさん裸族なの!?」
「ヘンケレーデンがってわけではないですけど、私は比較的そうですね」
「比較的服着ないで生きてんの!?」
それは裸族だろう。
そんな馬鹿馬鹿しいやりとりをしている横で、むっすーっとむくれている見知らぬ少女は、整えられていたであろう美しく長い髪もぺしゃんこに濡れそぼってしまっている。リッチーが見ている間にくしゃみを二連発。
「あの、うちのキングが何かしてしまったでしょうか……? 良かったら僕、温かい飲み物作りますけど」
「ええ、有難う。……貴男は――モルット族、よね?」
「へ? はい、僕はモルットですが」
「まあーっ! やっぱり!」
先程までの不機嫌はどこへやら。風がハンカチを裏返すよりも早く、少女は喜色満面の表情を見せた。
「はわぁ~なんて愛くるしい……初めて生でお会いできたわ! お名前を伺ってもよろしいかしら?」
「ぼ、僕はリッチーです……けど、君はどこの誰なのでしょうか……?」
「リッチーというのね! お名前も可愛らしいわ! ねねっ、握手してくださらない!?」
「は、はあ」
「きゃわわあ~~~~んっ! に、にくきぅだわっ……それにふっわふわ!」
俄かに開催されたリッチー握手会。
これにはリッチーも参った。キングへ助けを求める視線が飛ぶ。
「こらこらアンタなあ、服乾いたらとっとと自分のとこ戻れよな。リッチーはマスコットじゃねえんだよ、うちのプロデューサーなんだから」
「キング、それ初耳だけど」
救難要請したのに、想定外の助け船。キングの中では、リッチーはプロデューサーらしい。
だがキングの一言が効いたのか、どうせまたキーキーと活きよく文句が返ってくるのだろうと思われた少女は、意外にもリッチーから大人しく離れて焚火の前にすとん、と座り直したのだった。
「じゃ、じゃあ僕ハーブ湯準備するね」
リッチーはやっと拘束から解き放たれ、弄り回された手をさすりながらそそくさと少女の前を離れることができた。
少女はきゅっ、と己の細い膝を抱いている。キングはそっぽを向きながら少しだけ乾き始めた頭を掻いた。
キングが見たところ、齢は十代の後半の印象――後半といっても、四捨五入でまだまだ子供。こういう捨てられたような顔をした子供は、夜の新宿で見かけたことがあった。
「あら、お召し物乾きましたよ。お着替えしましょうか」
カレンの呼び掛けに、少女の横顔に差した影が引っ込む。己より背の高いカレンから、木にかけていた服を取ってもらい、戸惑いながらも笑顔を作って受け取っていた。
(こっちの世界でも、こんな小さな女の子巻き込んでキナ臭いことあるんだな……可哀そうに)
日本にいた時、行き場の無い少年少女達に何もすることが出来なかったことを思い出していた。キングには金も力も無い。歌うことしか出来ない。
しかしそんな時代だから――社会秩序を重んじる為に――セーフティネットからはみ出た存在――まあ、何とでも表現できるが、そういった者達には弱者に近いキングも何も出来なかったのだ。
(でも、この世界なら……こんな子達も笑顔にできるのかな)
裸族三名は物陰で順番に着替えを済ませる。
リッチーの見立て通り、少女は仕立ての良い服に袖を通すと、その仕草がより洗練されて見えるようになる。もしかしたら、どこかの育ちの良いお嬢様が旅先で迷子にでもなったのかもしれない、とリッチーは考える。
しかしその割にはどこか、表情が暗い。
「あの……服、乾いたらやっぱり戻らないとダメかしら……?」
「お連れ様が待っているのでは?」
カレンはのほほんと焚火に手をかざしている。
「戻りたくないのよ……戻ったら、私――」
「別にここにいてもいいじゃねえか」
その時、キングはぞんざいに言葉を投げた。
ギターのペグを回す音を響かせて、調弦をしている。
「しょ、しょうがないわね! もう少しだけ……ここに居させてもらえるかしら?」
「おう、いくらでも居ろよ」
立派なワンピースに似合わない小さな声は、ありがとうと言った。
「そうだ、アンタの名前は?」
「なまえ――?」
「そう、名前。聞かせてくれよ。”どの子にもひとつの生命が光ってる”ってな」
明らかに少女は躊躇っていたが、盗み見たキングの顔がにっと笑っているのを見つけて、観念したように俯いた。
「……私はこの国の王女、フレディア・マーキュリー――でも、子供じゃあないわ! れっきとした淑女なんですから、その辺心得ておきなさい!」
三人しか聴衆のいない一つの焚火の下、名乗られたのはこの国で最も高貴な名前の一つであった。
時が、固まる。
(あんまり大事な身元は大きな声で言わない方がいいのではー?)
(あわわわわわわ……! ほ、本物の王女様~~~~~!!!???)
(フレディじゃん!!!! フレディ・マーキュリーじゃん!!!! 何で出穂さんここにいねえんだよォ~~~~~~笑いの神降りてんのによォ~~~~~~このネタ分かるの出穂さんしかいないのに~~~~~~!!!!)
順にカレン、リッチー、キングの心の弁である。
「一応名乗ったんだから……もう暫くここに居させてもらうわよ」
「めめめめめ滅相もございません陛下……!」
リッチーはカタカタと震えて青くなった面を下げた。
「やだ、リッチー! そんなに頭下げないで……きゃわわあ~~~~んっ! 頭下げたら長いお耳もお辞儀してるぅ~~~~!!」
王家でも、ティーンの女の子は情緒の浮き沈みが激しいらしい。
「王女って、なに?」
よくわかっていない部外者約一名はリッチーにひそひそと顔を寄せる。
「バカ! このマーキュリー国を治める王様の娘だよ!」
「ふうーん」
カレンだけは「私は通りすがりの旅人ですから何も聞いておりません」といった顔を崩さない。目隠しがあるだけに、卑怯な手段である。
「まあいいさ、俺はここで歌うだけ。聞きたきゃ聞いていけばいいんだよ。アンタはたまたまここにいる。そこにラーガは存在する」
「らーが……?」
フレディアは美しい眉を顰めた。
キングはケースにしまう度緩めるペグを、今も回してる。回しては弦を弾く。しょっちゅうギターを弾くならば、そんな動作は必要ない。それでも張った弦をわざわざ少しだけ緩めるのは、相棒への労いの意味もある。ある意味では儀式。
「ラーガてのはどこにでもある。アンタが泣いてる時も、笑ってる時も――」
そう、誰に気付かれることなく常に横にいる。
音楽を知らないこの世界で、己はラーガの傍らに、常にいる存在になりたい。ラーガと共に、誰かの傍にありたい。
「アナタ、何言ってんの?」
噴き出す少女は、年相応に見えた。
ラーガは、キングにとって大切な言葉である。
(俺は……音楽から逃げても、逃げられないことを知った。だからもう逃げない。俺は、俺の思うやり方で、音楽を誰かに届け続ける)
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「そこの少年、背中のギターは弾かないのかね?」
南インドは、思い描いていたよりもずっとカラフルな街並みだった。
「全裸で焚火してる人が三人もいるの何事?」
リッチーは呆れと疑問とを足して、そこに哀れみをトッピングした声で言った。
バザールの中を歩いて昨晩来てくれたお客さんからゲリラライブの口コミを聞き取りに。そして帰ってきたら誰も服を着ていなかった。
さすがに三人とも手近なタオルケットなんかをすっぽりと足もとまで羽織って体温を下げないように、かつ、極力肌を不用意に見せないように対策はしているが、北国の人形のような、そういったモンスターような。この光景はどう見ても異様である。
「キングさんが私の忘れた服を取りに行ってくださったんですが、川に落ちて自分ごと濡らしてしまったそうで」
と困ったように、しかしどこか楽しそうに説明するのはカレン。
「俺が落ちたのはコイツのせいだから!」
「貴男が先に私を川に落としたのがいけないのよ!」
ぎゃあぎゃあと喚き立てるキングと――知らない顔。
どちらも憎々し気に、お互いを指さしては睨み合っている。
ふと傍らの木にリッチーが目をやると、枝には三人分の服が干されていた。
その中の一着は、大層なめらかで上等そうな布で縫製された、簡素なワンピース。その飾り気のなさが返って品の良さを際立たせている。
「私は人と会うとき以外は服着てないことの方が多いので良いんですけど、キングさんお着替え持ってらっしゃいます?」
「え!? カレンさん裸族なの!?」
「ヘンケレーデンがってわけではないですけど、私は比較的そうですね」
「比較的服着ないで生きてんの!?」
それは裸族だろう。
そんな馬鹿馬鹿しいやりとりをしている横で、むっすーっとむくれている見知らぬ少女は、整えられていたであろう美しく長い髪もぺしゃんこに濡れそぼってしまっている。リッチーが見ている間にくしゃみを二連発。
「あの、うちのキングが何かしてしまったでしょうか……? 良かったら僕、温かい飲み物作りますけど」
「ええ、有難う。……貴男は――モルット族、よね?」
「へ? はい、僕はモルットですが」
「まあーっ! やっぱり!」
先程までの不機嫌はどこへやら。風がハンカチを裏返すよりも早く、少女は喜色満面の表情を見せた。
「はわぁ~なんて愛くるしい……初めて生でお会いできたわ! お名前を伺ってもよろしいかしら?」
「ぼ、僕はリッチーです……けど、君はどこの誰なのでしょうか……?」
「リッチーというのね! お名前も可愛らしいわ! ねねっ、握手してくださらない!?」
「は、はあ」
「きゃわわあ~~~~んっ! に、にくきぅだわっ……それにふっわふわ!」
俄かに開催されたリッチー握手会。
これにはリッチーも参った。キングへ助けを求める視線が飛ぶ。
「こらこらアンタなあ、服乾いたらとっとと自分のとこ戻れよな。リッチーはマスコットじゃねえんだよ、うちのプロデューサーなんだから」
「キング、それ初耳だけど」
救難要請したのに、想定外の助け船。キングの中では、リッチーはプロデューサーらしい。
だがキングの一言が効いたのか、どうせまたキーキーと活きよく文句が返ってくるのだろうと思われた少女は、意外にもリッチーから大人しく離れて焚火の前にすとん、と座り直したのだった。
「じゃ、じゃあ僕ハーブ湯準備するね」
リッチーはやっと拘束から解き放たれ、弄り回された手をさすりながらそそくさと少女の前を離れることができた。
少女はきゅっ、と己の細い膝を抱いている。キングはそっぽを向きながら少しだけ乾き始めた頭を掻いた。
キングが見たところ、齢は十代の後半の印象――後半といっても、四捨五入でまだまだ子供。こういう捨てられたような顔をした子供は、夜の新宿で見かけたことがあった。
「あら、お召し物乾きましたよ。お着替えしましょうか」
カレンの呼び掛けに、少女の横顔に差した影が引っ込む。己より背の高いカレンから、木にかけていた服を取ってもらい、戸惑いながらも笑顔を作って受け取っていた。
(こっちの世界でも、こんな小さな女の子巻き込んでキナ臭いことあるんだな……可哀そうに)
日本にいた時、行き場の無い少年少女達に何もすることが出来なかったことを思い出していた。キングには金も力も無い。歌うことしか出来ない。
しかしそんな時代だから――社会秩序を重んじる為に――セーフティネットからはみ出た存在――まあ、何とでも表現できるが、そういった者達には弱者に近いキングも何も出来なかったのだ。
(でも、この世界なら……こんな子達も笑顔にできるのかな)
裸族三名は物陰で順番に着替えを済ませる。
リッチーの見立て通り、少女は仕立ての良い服に袖を通すと、その仕草がより洗練されて見えるようになる。もしかしたら、どこかの育ちの良いお嬢様が旅先で迷子にでもなったのかもしれない、とリッチーは考える。
しかしその割にはどこか、表情が暗い。
「あの……服、乾いたらやっぱり戻らないとダメかしら……?」
「お連れ様が待っているのでは?」
カレンはのほほんと焚火に手をかざしている。
「戻りたくないのよ……戻ったら、私――」
「別にここにいてもいいじゃねえか」
その時、キングはぞんざいに言葉を投げた。
ギターのペグを回す音を響かせて、調弦をしている。
「しょ、しょうがないわね! もう少しだけ……ここに居させてもらえるかしら?」
「おう、いくらでも居ろよ」
立派なワンピースに似合わない小さな声は、ありがとうと言った。
「そうだ、アンタの名前は?」
「なまえ――?」
「そう、名前。聞かせてくれよ。”どの子にもひとつの生命が光ってる”ってな」
明らかに少女は躊躇っていたが、盗み見たキングの顔がにっと笑っているのを見つけて、観念したように俯いた。
「……私はこの国の王女、フレディア・マーキュリー――でも、子供じゃあないわ! れっきとした淑女なんですから、その辺心得ておきなさい!」
三人しか聴衆のいない一つの焚火の下、名乗られたのはこの国で最も高貴な名前の一つであった。
時が、固まる。
(あんまり大事な身元は大きな声で言わない方がいいのではー?)
(あわわわわわわ……! ほ、本物の王女様~~~~~!!!???)
(フレディじゃん!!!! フレディ・マーキュリーじゃん!!!! 何で出穂さんここにいねえんだよォ~~~~~~笑いの神降りてんのによォ~~~~~~このネタ分かるの出穂さんしかいないのに~~~~~~!!!!)
順にカレン、リッチー、キングの心の弁である。
「一応名乗ったんだから……もう暫くここに居させてもらうわよ」
「めめめめめ滅相もございません陛下……!」
リッチーはカタカタと震えて青くなった面を下げた。
「やだ、リッチー! そんなに頭下げないで……きゃわわあ~~~~んっ! 頭下げたら長いお耳もお辞儀してるぅ~~~~!!」
王家でも、ティーンの女の子は情緒の浮き沈みが激しいらしい。
「王女って、なに?」
よくわかっていない部外者約一名はリッチーにひそひそと顔を寄せる。
「バカ! このマーキュリー国を治める王様の娘だよ!」
「ふうーん」
カレンだけは「私は通りすがりの旅人ですから何も聞いておりません」といった顔を崩さない。目隠しがあるだけに、卑怯な手段である。
「まあいいさ、俺はここで歌うだけ。聞きたきゃ聞いていけばいいんだよ。アンタはたまたまここにいる。そこにラーガは存在する」
「らーが……?」
フレディアは美しい眉を顰めた。
キングはケースにしまう度緩めるペグを、今も回してる。回しては弦を弾く。しょっちゅうギターを弾くならば、そんな動作は必要ない。それでも張った弦をわざわざ少しだけ緩めるのは、相棒への労いの意味もある。ある意味では儀式。
「ラーガてのはどこにでもある。アンタが泣いてる時も、笑ってる時も――」
そう、誰に気付かれることなく常に横にいる。
音楽を知らないこの世界で、己はラーガの傍らに、常にいる存在になりたい。ラーガと共に、誰かの傍にありたい。
「アナタ、何言ってんの?」
噴き出す少女は、年相応に見えた。
ラーガは、キングにとって大切な言葉である。
(俺は……音楽から逃げても、逃げられないことを知った。だからもう逃げない。俺は、俺の思うやり方で、音楽を誰かに届け続ける)
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「そこの少年、背中のギターは弾かないのかね?」
南インドは、思い描いていたよりもずっとカラフルな街並みだった。
どもっす、紅粉 藍でっすm(__)m
今回からまた新しいset listに入りました。タイトルは[POP REMIXER !]です。どこかでタイトルの歌詞がドンされるので、お楽しみにです(*´ω`*)
そして……今回のお話の中で、とある超有名グループの超有名曲の歌詞の一部をキングが口走っておりましたが、みなさんおわかりになりましたか? 2020年東京パラリンピックでも使用されていた邦楽でございますが、私この曲を聴いて小学校時代をすくすく育ってきたので大好きなんですよね。
こんなふうにちょこちょこ現代日本転移者として、私達とリンクした感覚を持っているキングが現代音楽に関すること喋ったりしますので、そういうところも本作の楽しみ方かなーと著者は思ったりします( ˘ω˘ )(フレディ・マーキュリーもな)
というわけで、このへんで。また次回~ノシ





