遡る事、30年前 セカンド
「若ァーーっ!お待ちくだされ!!」
「うるせえ!ここで勉強してたってなんも面白くないんじゃ!」
30年ほど前のとある大名の城に、たいそうわんぱくな少年がいた。
とにかく落ち着きがなく、一所にじっとしているのが苦手で世話人の目を盗んでは外へ飛び出し、生傷を作って帰ってくるという絵に描いたような悪ガキだった。
ただ運動神経はずば抜けているようで、剣の腕前はそこいらの大人じゃ敵わぬほど達者だし、一度逃げられたら最後、城の中では彼に追いつける者は誰もいなかった。
だが、城の主である殿様はそんな彼の内に秘めるカリスマ性とでも言おうか、人を惹き付ける何かを感じており、第三子にして跡継ぎにと考えていた…とかいないとか。
世話人のチクリにも「カッカッカッカしゃあねえガキだ」と、えらい寛容な態度で見守っていた。
それにはそれなりの訳がある…とかないとか。
現大名の父、少年にとって祖父にあたる先代の大名が亡くなった時の話である。
6年前のこの時、少年はわずか齢4つを数えた程だったが、性格はこの頃より今に至るまで何も変わっておらず、また世話人の目をいかにして眩まそうか機をうかがっていた。
だがこの時既に先代は亡くなっており、葬式へ向けて髷を結い直した所だった。
そこへ彼の父が逃げ出さないよう釘を刺しにやってきた。
「おう、支度は整ったか?今日は爺様を弔う日じゃ。大人しくしておるんじゃぞ」
そう言って殿は部屋を出ていく。次いで少年と世話人も部屋を出た…瞬間だった。
ダダダダダダダ!と殿が向かう方向とは逆の方向へ自慢の俊足で逃げ出した。今日ばかりはさすがに大人しくしているだろう、とタカを括っていた世話人は呆気にとられていた。
が、「爺様が死んであの世へ旅立つというに、それを見送らずどこへ行く気じゃコノうつけ者がぁっ!!」
殿の一喝が廊下に響く。いつもならそれでもお構いなしに走り去っていた少年だったが、今回は何故かいつもと違う物に感じた。
少年は立ち止まり、殿様の方へ歩み寄り「申し訳ありませぬ父上」と、深々と一礼したのである。
それから行われた式中も凜とした姿勢を決して崩さず、大名としてこの城と町を守り続けた爺様を立派に弔ったのだった。
泣いて悔やむ人達を見、感謝と大名襲名の意を語る父を見、この時、少年は初めて人が死ぬという事を理解したのである。