第11章 第5話 ユームについて
「そういえばユームちゃんって、どこから来た何者なんだろうね?」
巴の研究室に来ている桃香は、そんなことを呟いた。忙しい巴は、無視してもいいかと思ったが返答する事にした。
「調べてみたけど…データが改竄されてるから、よく分からない」
「巴サンでも、解析できないの?」
巴は無言で複数の画面を展開して、桃香に分かりやすく状況を見せた。どの画面の記録も文字列がぐちゃぐちゃになっていてよく分からない状態である。
「うわぁ、なぁにこれぇ」
「見ての通り、データが改竄されている。ブラックエリアにいたあなたにとっては、データの改竄なんて日常茶飯事でしょ」
桃香は驚きながらも、改竄されたデータを観察し始めた。桃香にとってはどんなデータも興味の対象だった。
「随分ぐちゃぐちゃに破壊されてるね…修復するのは大変そうだ」
「他人事みたいにいってくれるね…ユームと実際に会話したのはそっちでしょ。どんな様子だった?」
桃香は以前の会話の内容から、ユームの様子を思い出した。ペルタとは違い、彼女は特に外の世界への憧れは持っていなかったはずだ。
「穏やかでとても良い子そうとしか…あ、ユーザー救出作戦には協力してくれたな」
「良い子なだけじゃなくて、勇気もあるのか」
「あの時はブラックエリアのチンピラにも向かって行ったし、素直に勇気あるなと思ったよ」
「誰かの役に立ちたいって思いが、強いのかも知れないね」
ユームには勇気はある事は分かっているが、現実世界と直接結びつく情報はない。彼女自身にも、現実世界に関する記憶はなさそうだった。
「あの子、現状に満足してそうなんだよね。下手に刺激したくないなぁ…」
「現実世界の記憶を無理に取り戻させようとするのは、絶対に駄目だから」
桃香も巴もユームの件については、慎重にならざるを得なかった。余計な情報を与える事で、むしろ彼女を傷つける結果になる可能性があるからだ。
「良いアプローチの方法、思いつかないなあ…」
「ユームの感情を、大切にしないといけないからね」
荒事に慣れている桃香や巴にとって、ユームの件は慣れていないケースだった。チンピラは殴ればいいしプログラムは泣かないが、少女の精神は繊細だ。
「もうしばらくは様子見かな」
「それがいいと思う」
ユームの平穏は、無理やり壊すべきものではない。幸福が偽りかどうかを決める権利は、誰にもないのだから。
「まあ、こっちはゆっくりでいいと思う。問題なのは…」
そう言って彼女が表示したのは、ペルタのデータだった。




