第11章 第4話 月光エリアのユーム
(そう言えば、桃香は元気にしてるかな…賭場の再建で忙しいみたいだけど)
鼎と桃香はお互いに忙しい状況が続いていて、連絡をとっていなかった。鼎は持ち込まれる事件の解決、桃香は賭場の仲間のアカウントの復活を急ぐ必要があったのだ。
(取り敢えずメッセージ送ってみるか)
鼎は賭場の再建がどの程度進んでいるのか、知りたかった。賭場にたむろしている連中も、今後の調査に使えるかもしれない。
『賭場の再建は進んでる?』
メッセージを送った鼎は次の依頼内容のチェックをしようとしたが、デバイスから返信を知らせる音が聞こえた。鼎はこんなに早く返信が来る事は、予測していなかった。
『だいぶ人も戻って来たよ。資材ならどうとでもできるし』
どうやら桃香の方も、順調に物事が進んでいるらしい。幸い、賭場のメンバーは崩壊災害に巻き込まれなかったようだ。
『そっちは崩壊災害から離れて、探偵の仕事に戻ってるんでしょ?大変そうだねぇ』
桃香の方は完全に他人事といった様子のメッセージを送ってきた。鼎は少し頭に来たが、桃香は元々こういう人だと思い出した。
『再建が済んだら、崩壊災害の調査を手伝うの?』
『あの件にはもう関わりたくないんだけどな…』
当たり前だが、桃香はあの災害に関わる事は危険だと認識していた。裏に何が潜んでいるか分からないし、既に現実世界も安全ではないのだ。
『でも…崩壊災害の真実に迫るなら桃香の力を貸して欲しい』
『ボクは賭場の管理をしてる様な人間なんだけどなぁ…』
桃香には自分が善人ではないという自覚があった。賭場にいる者の殆どが、社会から弾かれた人間なのだ。
『でも桃香は人助けもしてる。この前もペルタを救出した』
『でも財団が病人を別のエリアに運んでなかったら、666と一緒に吹き飛んでたじゃん』
現実世界のペルタは昏睡状態で、エリア666のベッドで眠っていた。現在はエンシャント財団の影響力が強いエリア015の病院に移されている。
『まだ、あの子は目を覚ましてないの?』
『やっぱり、データの修復は簡単じゃないみたい』
『そう言えばユームちゃんはどうしてる?この前ユーザー救出作戦で協力してくれたけど』
『まだ月光エリアにいると思う』
ユームはlunar eclipse projectのNPCだが、人間と同じ様なデータの変化がある。ペルタの同じ様にゲームに閉じ込められた人間である可能性もある。
『じゃあ様子を見に行こうか。どれくらいあのゲームが過疎ってるか気になるし』
『分かった』
鼎は桃香の様子も、ユームの事も気にしていた。実を言えば書類の整理から少し離れたかったのだが、それは秘密だった。
ーー
「過疎ってるなぁ〜」
月光エリアに到着した桃香は、容赦なく言い放った。現実とは違い、彼女のアバターには猫耳が生えている。
「…ユームも寂しいって思ってそう」
鼎の見た目は、現実世界とあまり変わらなかった。彼女は自身の見た目に関して、こだわりが特にないのだ。
「やっほ〜ユームちゃ〜ん」
「そんな大声で呼ばなくても…」
「あっ、カナエさんにモモカさん。こんにちは」
ピンク色の髪をボブカットにしているユームがやってきて、鼎達に挨拶をした。彼女はゲームのNPCとして、他者に丁寧に接する様に設定されているのだ。
「こんにちは。今のここは、どんな感じ?」
「あんまり人が来ないので寂しいですけど、静かに暮らせてます」
ユームの言動からは、あまり寂しさを感じなかった。色々な事に巻き込まれてきたが、最近は平和に過ごせているみたいだった。
「そういえば、ペルタちゃんはどうしてますか?巴さんから救出されたって教えてもらいましたけど…」
「元気…とは言えない」
「まだ病院のベッドで眠っているよ」
余計な心配をさせたくないという考えがよぎったが、結局ありのままを伝える事にした。2人とも嘘をついても何とも思わない性格だが、無垢な少女の前ではそうはいかなかった。
「でも悪化している訳でもない。何かきっかけがあれば…」
「…いつかまた、ペルタちゃんと話したいです、そして外の世界の事を…」
ーー
「現実世界のペルタの様子は?」
「まだ目覚めてないけど、データの復元は順調だよ」
鼎達はアカデミーブロックにある、巴の研究室を訪れていた。巴は相変わらず、忙しそうに機器をチェックしたり操作したりしていた。
「まったく、仕事が山積みだよ」
「エンシャント財団との関わりが増えたから?」
巴はかつてエンシャント財団の援助を受けて、エリア015に移住した。特に代表である秋亜に対する恩があるので、財団の頼みは簡単には断れないのだ。
「この状況で知らんぷりは出来ないから、やれる事をやるよ」
巴にもプログラマーとしての熱意は、確かにある。この状況で逃げ出す事は「役に立つ恥」ではなく「役に立たない恥」でしかなかった。
「大丈夫。私達が協力すれば、崩壊災害の全てを解き明かせる」