第8章 第2話 エリア028 仮想現実開発者の娘
「あなたはブラックエリアで何をしているの?」
かなり大胆かつ単刀直入な質問だが、エリシアは効果的だと判断した。桃香はしばらく無表情で黙っていたが、やがていつも通りの笑顔に戻った。
「まあ、危険人物として扱われるのは仕方ないと思っているよ」
「…別にあなたをunreal survivalから追い出したい訳じゃない」
エリシアは純粋にブラックエリアに興味があるだけだった。彼女は桃香が答えてくれない可能性も考えていた。
「賭場のオーナーやってるよ」
「…どんな客が、来てるのかしら」
「まぁ、底辺の奴らばっかりだよ」
「なるほどね…」
桃香は答えてくれたが、エリシアはこれ以上踏み込むのはよくないと考えていた。ブラックエリアの連中が、人に言いたくないものを抱えているのは知っている。
「教えてくれて、ありがとうございます」
「また一緒にミッションやろうよ」
桃香はエリシアに対して、特に警戒心を抱いていなかった。彼女が立ち去ってから、エリシアはログアウトした。
ーー
エリシア・ハミルトンはエリア028出身の学生だった。彼女は両親と共に、高層マンションで暮らしていた。
(もう夕方…ご飯の用意しなきゃ)
エリシアは急いでキッチンへ向かい、冷蔵庫から食材を取り出した。別に料理が好きでもないし得意でもなかったが、味について文句を言われた事はない。
(いつも通りの味なら文句言わないでしょ…)
エリシアは淡々と料理をしていたが、デバイスから通知音が鳴り響いた。家の中だったので、マナーモードにしていなかった。
(料理してるのに…)
エリシアは仕方なくデバイスを手に取って、メッセージの内容を確認する事にした。大学のサークルで一緒になった子からのメッセージだと思っていた。
『ブラックエリアについて探っていますね。エリシア・ハミルトンさん』
(…?!誰?!)
unreal survivalのプレイヤーだろうか…桃香との会話を聞いていた者がいたのか。メッセージの送り主が、ブラックエリアに興味がある者なのは確かだ。
(まだ返信しちゃ駄目…具体的な要求をしてくる可能性もある)
エリシアは平静を保って、料理の続きを済ませる事にした。今日のメニューは野菜を多く使った肉じゃがだった。
(またメッセージ…)
『高層マンションエンシャント、2022階8号室に住んでいますね。今は両親と同居している事も把握しています』
メッセージの送り主は、エリシアの居場所を把握していた。彼女の中で相手に対する警戒度が急上昇していた。
(こっちの情報を完全に把握してる…次はどう出る?)
エリシアは不安になりながら、次のメッセージを待った。着信音が鳴り確認したが、今回はエリア028の番地だけだった。
『ダウンストリート、2番通り22号』
ーー
(なんかガラ悪い人多いな…)
ダウンストリートは近所だったが、エリシアは一度も来た事が無かった。エリア028の中でも治安が悪い場所なので、避けて生きてきたのだ。
(2番通り…暗いな…防犯ブザー持ってきたのは正解かな…)
エリシアは不安になりながら、2番通りを進んだ。彼女はタウンマップを確認しながら、22号に当たる家を探した。
(あれ…ここだけ敷地広くない?)
22号と思われる番地に着いたが、明らかに庭の広さが他の家と違った。丁寧に手入れされている庭の先には、近代的で大きい屋敷があった。
(近代的だけど、少し洋風の屋敷かな…)
エリシアはドアベルを鳴らしてみたが、反応がない。敷地への入り口の門は既に開いていたので、仕方なくそのまま入る。
(あの園芸用ロボット…ひょっとして015製?)
015製の園芸用ロボットはヨーロッパ風とスチームパンク風を組み合わせたデザインだった。もちろん中には最新技術が詰まっていて、コンパクトで少し可愛らしいデザインが好評だった。
(この家に住んでるのは何者なんだろう…)
そう思いながら、エリシアはドアホンを鳴らした。数秒後に玄関ドアからガシャンという大きな音がしたので、彼女は少し驚いた。
(今のは鍵が開いた音…入るしかなさそうね…)
屋敷の玄関は広く、エリシアは妙に冷静な頭で掃除が大変そうだと思っていた。いくつか開いている扉があったので、彼女は先へ進んでいく。
(ここは書斎?まるで図書館みたい…)
エリシアが入った広い空間の壁には、本棚が並んでいた。独特な形の電灯やキャビネットが並び、時計や地球儀などもあった。
図書館から繋がっている庭園には、桜が咲いていた。季節は冬なのに満開で、夜桜の美しい雰囲気を感じさせる。
「まさかこんな簡単に呼び出しに応じてくれるとは…驚きです」
机で作業をしていた白い長髪の少女が、エリシアの方を見ていた。彼女はエリシアと比べて、明らかに背が低かった。
「私はハート、アナザーアースを開発した人間の娘です」