8.風邪
結局どっちが風邪で体調不良というわけでもなく、
どっちも風邪を引いてしまってふらふらしながら、
バス停からよたよたと歩いて、マンションまで着くことができた。
共同玄関に入る前に、後ろから声を掛けられた。
掛けられたのは光だった。
声の主は女性の声だった。
それはななみにも聞いたことのあるような声だった。
「光」
光は振り返ってななみと同じ制服を着る彼女を見て、
首を傾げた。彼のことを苗字でなく名前で呼んだ人をはじめて呼んだ人をななみは見つめた。
「あれ、もしかして、美奈?」
彼女と同じく光は彼女の名前を呼んだ。
声を掛けてきた彼女は光のそこ投げかけに頷いてこう言った。
「そうそう」
ななみは美奈という人をどこかで聞いたことがあるような気がして、ちょっと頭の中を思い当たってみた。
彼女は葉山美奈。
同じ小学校と中学校の出身で生徒会長をしていた。
あの葉山絵里先生の従妹になる人物だ。
あまり関係がなく小中そろって同じクラスにもなったことがなかったし、別に関係もなかった。
ただ、名前と顔を知っているだけだ。
光と下の名前で呼び合うほど何かあるのだろうかと頭の隅っこのほうで思った。
「あれ、海菜さんも。久々」
美奈はそう挨拶をしてきたので、
ななみも軽く手を挙げて返した。
「あれ、もしかして二人とも、春ノ宮?」
「ああ、そうそう。へぇ~。葉山も春ノ宮だったんだ?」
光はそう、
いつもの通りの眩しい笑みを浮かべて彼女に聞いた。
彼女は頷いて答えた。
「うん。あの学校だと、クラスが違うとぜんぜんわからなくなるもんね」
光はそれを聞いて、こう直に言った。
「コース別で完全にアパルトヘイト状態だもんな。
俺だって、S組だった海菜の存在ぜんぜん知らなかったからさ」
「ア、アパルトヘイト?」
光の発したアパルトヘイトという言葉で美奈は首を傾げた。
「「アパルトヘイトって言うのは……」」
ななみが声を発すると同時に、
光も声を発していて、合図でも出したかのように綺麗にタイミングよく声が合わさった。
そして、ななみと光は目を合わせてなんだか恥ずかしくなって二人とも、顔を赤らめた。
そして、光が続きを言い始めた。
「アパルトヘイトって言うのは、
昔、南アフリカであった、
人種隔離政策のことで人種別に住む場所とか、いろんなことを決められたやつ」
美奈はそれを聞いて、納得したのかふ~んと頷いた。
そして、光のほうを向いて、こう言った。
「それより何でここにいるの?」
光はそれを聞いて、直に答えた。
「あ、俺ここに引っ越してさ。
それより何で、葉山がこんなところにいるんの?」
美奈はそれを聞いて、光るから目線をはずして、こう言った。
「ちょっと、散歩してただけ……」
美奈はそう今さっきとは違ったような自身のなさそうな声を出して答えた。
そして、チラッと美奈の目線がななみの方に来て、そして直に光のほうに戻った。
そして、なんとも知れない間が空いてから、
美奈はこうなんだか控え気味にななみにこう聞いてきた。
「海菜さん。光とは知り合いだったの?」
ななみはそれを聞いてこう即答した。
「うんうん。高2になってから。今一緒のクラス」
「ふ~ん」
美奈はそれを聞いて、
また納得したかのように頷いて直に、手を挙げてこう言った。
「じゃあ、あたし。帰るね」
美奈はそう言って手を振った。
光はそれを見て同じく手を振った。
「じゃあな」
笑顔で見送る光を見てななみも美奈に手を振った。
彼女が見えなくなってから
ななみは光に気になっていたことを聞いた。
「あれ、葉山さんと知り合い」
「母親ぐるみの幼馴染ってところかな」
光はそう即答した。
彼の言い方だと、下の前で呼び合うのにも納得できた。
会話が詰まったところで、光が口を割ってこう言った。
「立ち話もなんだし帰ろうか。俺たち一応風邪だし」
「そうだね」
ななみはそう答えて、共同玄関のドアを開けた。
…………
家に帰ったななみは、
誰もいない家のリビングに転がって、天井を見上げた。
「なんだか、今思うと今が一番、楽しいかもしれいない」
そんなことを呟いてポケットから携帯を取り出した。
一件メールが来ていた。
見てみるとそれはフミからだった。
「桜と何かあった?」
文面にはそう書かれてあって、
ななみはこう返事を送信した。
「ヒ・ミ・ツ……っと」
別にヒミツとっても、そう言って別になかった気がする。
でも、なんだかこんなことをしたくなっただけだった。
高校生になってから、
こんなことをできる友達ができてうれしく感じてきた。
中学生のときは、塾漬けで、塾の友達だけでここまでする友達はあまりいなかった。
どこか、そうしたことが高校生になってから始めていいものだなと感じた。
そして、
その友達の力を借りて彼と仲良くする接点が作ることができた。
きっと一人だったらこんなことはできなかった。
彼に伝えたい気持ちが、心の中を埋め尽くした。
この友達の力があればきっといい方向に進めると勇気を感じた。
今までなかった勇気が心のどこかからあふれ出ていた。
――いつか、彼にこのキモチを伝えたい――
ななみはそう心の中で呟いて、立ち上がった。