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あの頃  作者: 涼木行
9/11

9

 


 その放課後。二人は学校からバイト先のカラオケ店の途中にあるスーパーのフードコートにいた。


「それで実際どんな調子なのよ。具体的にさ。全然からバッチリまでよ」


「んー……全然、から一歩、二歩?」


「全然スタートしたばっかじゃねえか。そりゃきちーな。でもお前曲ならそんなことねえんだろ? 何がそんなできねーんだよ」


「んー……やっぱり言葉じゃこう、うまく言いたいことが見つからないっていうか……結局言葉で言いたいことなんかない……? かな」


「ムリじゃんそれ」


「ムリなんだよねーほんと……」


 と半ば絶望といった具合に大きくため息をつく渡利。


「だからっつってやめるわけにもいかねーしなぁ……そういやさ、お前って普段どんな人聴いてんの? 好きなアーティストとかこういう感じになりたいとかさ」


「あー。うんと、好きでよく聴いてるのは、世武裕子さんとか、中村佳穂さんとかで。なりたいっていうのも少し近いかな。どっちも女の人で基本自分一人のシンガーソングライターって感じだし、曲も好きだし」


「へー。どっちも知らねーわ。Adoとかあいみょんとかは聴かねえの? あいつらもシンガーソングライターとかいうやつでしょ? 高校生に人気だしさ」


「それは、一応軽く聴いたことはあるけど……なんていうかその、あんまりキラキラしすぎてて……」


「キラキラしてっかあ? どっちかっつったらネクラじゃね?」


「そうじゃなくてこう、普通のキラキラしてるような高校生くらいの女の子たちが聴いてるようなものはこう、初めから自分はお呼びじゃない気がするっていうか……」


「そんなとこまでかよ」


「う、うん……あとはその、赤宇木歌名さんとか。最近はほとんど作詞作曲で自分で歌うことはなくなったけど、ディフューズの曲とか作ってる人で……」


「ディフューズはさすがに知ってるわ。そんな人が作ってたんだ。まーとにかく好きなアーティストいんならさ、そいつらマネるっていうか手本にすりゃいいんじゃねえの?」


「それはもちろんやってみてるけど、それやるとどうしたってパクリにしかならないし、パクリにしたって劣化コピーでしかないし、結局自分の言葉じゃないから……」


「そういうねー……もしかして歌詞ってめっちゃむずくね?」


「だからこんな困ってんじゃーん……」


「だな。しかも曲に文字数合わせたりすんだろ? いやー、舐めてたわ……普段適当に聴きすぎてたな音楽。どうすりゃいいんだかなー」


 と国見も腕を組み考え込む。


「――もういっそさ、逆転ホームランでいけば?」


「逆転ホームラン?」


「歌詞書けない言いたいことないってのを歌詞にすんの」


「……すごい安直」


「悪かったな安直で! 素人なんだからしゃあねえだろ! んなこと言うならお前もなんかアイデア出してみろよ!」


「それは一人で散々やってるので……」


「あー、そうだったな、わりぃ。……しゃあねえからバイト行くかー」


「うぅ……腰が重い……」


「ミスだけはすんなよー。バイト中は仕事集中してさ」


 などと言い、二人はのろのろと歩き出し再び初夏の鋭い日差しの下に戻るのであった。



     *



 更に一週間後。教室の机で頭を抱え貧乏ゆすりをしている渡利に対し、国見が恐る恐るといった様子で声をかける。


「渡利さーん?」


「うん……」


「調子はー?」


「うん……」


「……王様の耳はロバの耳―?」


「うん……」


「こりゃダメだもう! オイ渡利! 禁止令禁止! じゃなくて解除! ガッコー終わったらソッコー吐き出しに行くぞ!」


 と渡利の肩を掴みガクガクと揺らす。


「いいいいえそれには及ばずず」


「バカいえ明らかに参ってんじゃねえか。一旦ここは休め休めじゃなくて発散しろ。マジでヤク切れて爆発一歩寸前状態だぞお前」


「そ、そんなふうに見えてる……?」


「そんなふうにしか見えねえ」


「そ、そっか……で、でも、あと少し、もう少しってとこまで来てる気がするから……だから今やめるのはちょっと」


「うーん、まあそれならなぁ……とりあえず今日は休憩だ休憩。発散はねえにしても根詰めねえで進捗どんなもんなのか聞かせてみろよ」


 と国見は言った。



     *



 その放課後。初夏の汗ばむ気温の中二人はいつもの港にやってきていた。


「で、あと少しってどんな具合だよ。一応完成はしたってこと?」


「完成っていうか、まあ最初から最後までは書いてみたし、書けたは書けたけど……って感じで」


「お、すげーじゃねーか。前から比べりゃ大進歩だろ。それはいい感じなの?」


「……一応、今までで一番歌詞っぽいっていうか、なんかこう、スカスカな感じはしないけど……」


「いーじゃんいーじゃん。見せてよ。紙あるの?」


「あるけど、やっぱりこう、ちゃんと書いた分これまで以上に恥ずかしくて……」


 と渡利は両手で顔を覆う。


「なら余計いいんじゃね? それだけお前の体重乗せたってことだろ? 恥ずかしくねー歌詞なんか歌詞じゃねーだろ多分」


「うん……サキちゃんはたまにすごく的を射てそうなこと言うよね」


「たまにかよ。言っとっけど打率だって二割五分ありゃ十分なんだぞ? 四回に一回ヒット打てばよ」


「それで言ってもサキちゃんは一割くらいじゃない?」


「言ってくれんじゃねーかテメー。一割だろうとそれがホームランならいいんだよ。んじゃま、読ませてもらいますか。ちゃんとこっちもホームランの返ししてやっから期待しとけって」


「うぅ、じゃ、じゃあお願いします……」


 と渡利は紙を渡し、両手で顔を覆う。国見はそれを受け取り、黙って目を通した。


 あたりには、寄せては返す波の音だけが響いていた。






「――渡利小屋行くぞ」


「え?」


「どういうふうに歌ってんのか聴きたい」


「あ、うん、そうだよね……じゃあ、まだ私もそんな練習できてないけど……」


 二人はいつもの漁師小屋に入り、機材の準備をする。そうして流した曲に合わせ、渡利は新しい歌詞を歌い上げた。



 その歌詞は、国見の「逆転ホームラン」をヒントにした部分があった。言いたいことがない。言葉がない。自分がない。


 歌いたいことなど、とっくのとうにない。


 けれども、あなたと出会ってそれが変わった。言いたいことがある。歌いたいことがある。あなたに、伝えたいことがある。



 そういうような、凡庸な歌詞。ありがちな歌詞。けれども、確かに彼女自身の「経験」から生まれた歌詞。



 渡利が歌い終え――静寂の中、国見が口を開いた。


「――これってアタシ?」


「うっ、うぅー」


 と今まで以上に言葉にならない呻きを上げ、両手で顔を覆う渡利。


「ハハハ! お前んなのはいっつーより認めてんじゃねえか!」


「うー、だからこう、嫌じゃないけど、恥ずかしいしー」


 などと要領得ぬ言葉を発し真っ赤な顔を両手の間からのぞかせる。


「だとしてもちゃんと歌ったっつーのは恥ずかしくたってこれがお前のほんとの言葉だからってことだろ?」


 その問いに、渡利は小さくこくんと頷いた。


「だよなー。これまでとはちげーよ。借り物じゃねーっつーかさ。まあ借りもんなんだけど、でも借りもんじゃねーっつーか。少なくともお前の想いだってのは感じるよね」


「そ、そう……?」


「ああ。いやさ、お前が歌詞書くっつーからこっちもちったー真面目に考えてみたんだけどさ、言葉なんて結局みんながっつーか誰かが使ってる言葉を使うしかねーわけじゃん? だからどうしたって全部借りもんっつーかさ、自分の言葉なんて本来はありえねーんじゃねーかって。まーバカだけどアタシなりに思ったわけよ。


 だから当然この歌詞にしたって言葉自体はみんなが使ってる言葉なんだけどさ、ただこう……なんだべな。よくわかんないけど、そこにある思いとか経験とか、歌ってるお前はお前自身だって、なんかそういうのは思ったよ」


「それは――なら、すごく、良かったと思う……」


「ああ。アタシもすげーいいと思うよ。あとはまー、お前がとことん納得いくまで細部の手直しくらいなんじゃね? とにかくベースはこれでいいでしょ。いいと思うよアタシは、すげー」


「そ、そっか……良かった……ありがとうねサキちゃん」


「うん。お前もよーやったな。二週間も禁煙して耐えて耐えてよ。根性あるよやっぱ」


 と言って国見は渡利の頭をわしわしと撫でる。


「それにこんな自分のこと歌詞にしてもらったのなんて初めてだからよ。こっちも小っ恥ずかしいし嬉しいわ。あんがとな」


「う、うん……私も、サキちゃんがいなかったら絶対こんな歌詞書けなかったと思うから……その、本当にありがとう……」


 渡利はそう言って少し涙ぐむ。


「おいおい、こんくれーで泣いてんじゃねーよ! まだ始まったばっかだろ? まだまだはじめの一歩じゃねーか! これから何回もこれやってくんだろ?」


「うぅ、正直もう二度とこんな思いしたくない……」


 と涙ぐみながらも顔を歪ませる渡利であった。



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