7
しばらくすると部屋のドアがノックされ、カラオケ店の制服を着た男性が入ってくる。
「お待たせしましたコーラでーす」
「おーテンチョー他人行儀。いやーわりーっすねー」
「ほんとに悪いと思ってる人は店の内線使って連絡してこないからね……」
ともはや慣れた様子で呆れも半分に対応する店長。
「いいじゃないっすか別に減るもんでもないし。どうせ今暇だったんでしょ?」
「まあ空いてる時間ではあったけど……それで、そちらが?」
「そー。アタシの友達の渡利。同級生」
「へー、そっか。国見さんの友達っていうからどんな人かと思えば」
「なに、アタシみたいなの想像してた?」
「そりゃね。初めまして、店長の住吉です」
「ひゃ、ひゃじめまして! 渡利リュウと申しましゅ!」
とカミカミの渡利。それを見て国見は、
「ヒャハハ! ひゃじめましてって! どんだけだよお前! 申しましゅ!」
などとゲラゲラ笑う。
「国見さん……」
「わーったって店長。正式じゃなくても面接だもんな。私ちょっとタバコ吸ってくっからさ。二人で仲良くやっててよ」
と立ち上がる。
「待った待った。お手洗い行ってくるって言ってよ。それじゃこっちが未成年の喫煙黙認してることになっちゃうからさ」
「何今更言ってんの。いつもスパスパ吸ってんじゃん」
「だから見て見ぬふりしてるんじゃない……」
「ハハハ! いつもあんがとございますテンチョー。んじゃご要望に応じてちょっとお花を摘んでまいりますわー」
国見はそう言って笑いながら部屋を後にした。
「――一応念のため確認しとくけど、渡利さんだったよね。ほんとに国見さんの友達?」
「あ、はい! その、サキちゃん、じゃなくて国見さんとは、全然違う感じですけどその、お友達をやらせていただいております!」
とカミカミに加えテンパった様子で答える渡利。
「そ、そっか……えっとその、確認だけど国見さんからはどういう感じで話聞いてるかな」
「ひゃい! そ、その、欠員が出ているので、こちらでバイト、アルバイトをしないかと持ちかけられまして、その、厨房で調理をする、解凍したり、あとは接客を、と伺っております!」
としどろもどろになりながらも、なんとか普段より声を振り絞る。
「そ、そうですか……えっと、こちらも少しだけは話を聞いていて。まあその、こういう話を勝手にされてたのは気分悪いかもしれないですけど、声が小さく人見知りがすごくてあがり症だけどすごく真面目でちゃんとした方だ、と伺っておりまして、それはまあ、実際お会いしてなんとなくわかりました」
「あ、はい! あ、ありがとうごじゃいます!」
「あ、うん……それで一応少し確認なんだけど、アルバイトは初めてですか?」
「はい! 今までまったく、したことはございません!」
「そうですか……まあまだ高校生ということですので、実際やる場合にはご家族や学校の許可も必要になりますけど、もうご家族の方なども了承済みで?」
「あ、いえ、えっとその……じ、実を言いますとサキちゃ、じゃなくて国見さんからもこの話を伺ったのはつい先程といいますか……」
「あいつー……やっぱちゃんと確認しとくけどさ、大丈夫なんだよねそれ? 国見さんに押し通されたというか、押しつけられたとかそういうんじゃない? あの人いつもあんなんだからさ」
「あ、いえ、それはその――確かに国見さんは、すごく圧が強いですけど、でも無理矢理とかそういうのは全然、ありません。私もその、とてもいい話だと思いますし、それにその、国見さんも私のことを考えて話してくれたと、すごく感謝してい、おります!」
「へー、そっか……まあでもそういうことならこっちも大丈夫かな。ただまあ当然今日聞いたばっかってなら家の人ともまったく話してないだろうから、こっちもそういう状況で今すぐ採用とかはまったく言えないからさ」
「はい! それはもう、当然のことだと思われます!」
「うん……でーその、一応確認しとくけど、渡利さんはやっぱりシフトとか国見さんと一緒のほうがいいかな? 最初の方なんかは特にさ」
「そ、それは、そうしていただけたらとてもありがたいのですが、でもそんなワガママ言ってもよろしいのでしょうか……?」
「大丈夫だよ、ある程度は都合つくし。高校生が入れるシフトなんてだいたい限られてるしね。それにまあ、あの人とはあんまり組みたくないって人も中にはいるから」
「あぁ……サキち、国見さんってやっぱりそんな感じなんでしょうか……」
「まあ、一応仕事はちゃんとするんだけどさ。できるしね。でもたまにサボるし、まああの調子だし……怖い人にとっては怖いかもね。だからまあ、友達と一緒なら逆に安心かもしれないし」
「そうですか……あ、あの、大変恐縮といいますか、不躾で申し訳ないんですけれども――サキちゃんはその、クビになったりは、しないのでしょうか……?」
「……まあ、あの人揉め事の対処とかできるからね。酔っ払いとかクレーマーの対処もうまいというか、代わってやってくれるし。まあやりすぎるんだけど、でもそういう点はすごく重宝してるかな……」
「あぁ、やっぱりそういう感じなんですね……」
「うん、そういう感じなんですよほんと……まあ困ることも多いけど、いてもらって助かることも多いし」
店長はそう言って乾いた笑みを浮かべる。
「まあそうですね。今さっき聞いたばっかっていうならこっちでもそんなちゃんとできる話もないですし、とりあえずご家族の方や学校の人とも話し合ってからまた連絡ください。これは最低限の注意事項といいますか、まあシフトや時給書かれた紙なんでお渡ししておきます」
「あ、はい。これはご丁寧にどうも、ありがとうございます」
と深々と頭を下げ受け取る渡利。
「はい。それとまあ、よっぽどのことがない限りは不採用とかにはならないと思いますので、気軽に応募してください。あの国見さんですら採用されてるわけですから」
「それは……でもサキちゃんにもいいところがたくさんありますし……」
「ははは。まあそれはそうですね。――面接とはまったく関係ない話ですけど、渡利さんはなんでといいますか、どんな感じで国見さんとお友達になられたんですかね。もちろんプライバシーな話なんで答えなくてもいいですけど、個人的に純粋に興味がありまして」
「え、いえ、それはその、全然大丈夫です。えっとその……実を言いますと、こちらで歌っている際にサキちゃんに見つかりまして……」
「こちらでって、うちのカラオケで歌ってたらってこと?」
「はい。その、お仕事中のサキちゃんが部屋に入ってきまして……それでまあ、同じクラスの渡利だろ、みたいな具合といいますか……」
「……それはその、大変失礼しました」
と頭を下げる店長。
「いえいえ、そんな。サキちゃんはあくまで仕事をしてただけですし、こちらが注文したものを運んできただけですので。それにその、おかげでお友達にもなれましたし」
「そうでしたか……まあでも、国見さんにも渡利さんのようなご友人がいたのはこちらも多少驚きましたね。意外と言いますか、まあよく知らずにそういうこと言うのもなんですけど」
「いえ、私自身今でも、たまに思いますので……」
渡利がそう答え、室内に静寂が訪れる。
「――休憩戻りましたー。もう終わりました?」
「――国見さん、そういう時はせめてノックしてから入ってくるもんだよ」
「いいじゃないっすかアタシ今一応客なんだし。それでどう? 採用っすか?」
「まだご家族にも話してないのに採用できるわけないでしょ。こちらでも前向きに検討ってだけだよ」
「お、なら良かったじゃん渡利! もう受かったもほぼ同じだな!」
「少しはこっちの身にもなってくれよ……まあ僕は仕事戻るからさ、程々にね。国見さんもこの後シフト入ってるんだから」
「うーっす。テンチョーも仕事中ありがとございましたー」
と手を降って店長を見送りドアを閉める国見。
「よし、んじゃ前祝いだな渡利」
「……それで落ちたらどうするの?」
「だーいじょうぶだって。もし落としたらアタシがテンチョーのことシメっから」
それは何も大丈夫じゃないし全然解決にもなってないのではないだろうか、と恨めしそうに国見を見て思いつつ、緊張でバクついていた心臓を鎮めるため一気にコーラを飲み干す渡利なのであった。