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あの頃  作者: 涼木行
6/11

6

 


 再び後日。授業も終えた平日の放課後、渡利と国見の二人は国見のバイト先であるカラオケ店の一室にいた。


「な? ちゃんとお前の分も安くしてもらえただろ?」


「してもらえたというかサキちゃんがさせてただけだと思うけど……」


「いーんだよ細かいことは。時間も限られてるしさっさとやっぞ。ちゃんとご希望どおり歌覚えてきたんだからよ。一応スマホにも録ってきたけどちゃんと生で聴いた方がいいんだろ? こっちのが声出るし」


「うん、できれば。すごい楽しみだなー。私誰かに自分の曲歌ってもらうとか初めてだし」


「こっちだって他人が作った曲歌うのなんて初めてだっつーの。いや、それは嘘か。人が作った曲しか歌ってねえし。とにかく知ってるやつが作った曲とかはな。しかもそれ作ったやつの目の前で歌うんだから、まーさすがに少しは緊張するな」


「サキちゃんが?」


「緊張っつーか、やっぱちゃんと作ったやつの意図通りに歌えっかなとかさ。不安じゃねえけど、まーお前からすりゃ自分が作った大事な曲じゃん? それぶち壊しちゃわりーなーってな。まーどっちみち歌うけどよ。うーし、んじゃ再生頼むぜ」


「うん。じゃあその、今日は本当にありがとうございます。よろしくお願いします」


「いーから押せよ。今更んな挨拶もねえだろ」


「あ、うん、でもちゃんと言ってなかった気がするから。じゃあ、いきます」


 渡利はそう言い、再生ボタンを押した。



     *



「――おしっ、どうだ! 歌詞一個も間違えなかっただろ! まあ普通にカンニングしてたけど」


 と歌い終えた国見が軽く額に汗を浮かばせて言う。


「うん、すごい! サキちゃんかっこいいよほんと!」


 と顔を輝かせ拍手する渡利。


「だろ? けどそこは本題じゃねえだろ」


「あーうん、ごめん。でもすごいうまかったよ、本当に」


「まー下手なつもりはなかったからな。カラオケはけっこーやってっからよ」


「へー。やっぱり歌うの好きなの?」


「まー好きっちゃ好きだけど、それよかバイトで安く入れっからさ。イラついてる時とか大声出すとスカッとすっからな」


「だからそんないつもはっきり声通ってるんだね」


「普段から声でかくてやかましいってか?」


「そんな、そんなことないよ! 全然!」


 と慌てて腕を振って否定する渡利。


「私なんてもう、むしろ羨ましいくらいだし」


「なんだ、渡利もアタシみたいになりたかったか」


「……まあさすがにちょっとサキちゃんはうるさすぎるけど……」


「オイ! こんくらいでけえほうが圧あって色々物事押し通しやすくなんだよ!」


「それは羨ましいけどほんとはちゃんと話し合うべきだと思うし……」


「お利口さんだねーほんと。世の中なんて声でかくてオラついてるやつが勝つ世界だぞ? クレーマーとか見てみろよ。こんな田舎なおさらそうだし」


「うー、でもそれはやっぱり、私たちみたいな人には優しくない社会だし……」


「あー、そうだな。も少しお前みたいなやつのことも考えねえとか。まーバランスだよバランス! にしてもお前は小さすぎんだからよ。アタシほどといかなくても間を取ってさ! ちったー声張り上げて自分の意志通せるくらいにはな。じゃねえと歌も歌えねえだろ。自分の歌歌うなんてのは自分の意志通すみてえなもんだろ?」


「それは、確かにそうかも……そう考えると世の中の歌手ってすごいね。シンガーソングライターって人たち。あんな沢山の人に向かって自分の言葉歌ってるんだから」


「そうだなー。相当自信があんのか、それともしたくてしゃーねーのか……まーどっちもか。それよか歌だよ歌。アタシの。うまいはいいとして他はどうだったのよ。自分のイメージと比べてとかさ」


「あ、うん。その、まず思ったけどサキちゃんはやっぱり声がいいよね。ハスキーボイスでほんと大人っぽくって、艶っぽいっていうか、私なんかとはぜんぜん違うからすごいかっこいいと思う。聴いてて気持ちいいし。曲のイメージって言うけど、実際歌ってみるとむしろサキちゃんの声に合わせて色々変えたいなーって思うくらいで」


「そう? なんだタバコ様々じゃねえか」


「うん、でもそのタバコのせいで音とか息切れてる部分もあったから……」


「……なんでも程々だな。本数少し減らすかー」


「ていうか本来吸っちゃいけないんだけど……」


「いーんだよ細かいことは! お前だってバイトの一つくらいすればタバコでも吸ってなきゃやってらんねーってわかるって」


「う、そんな仕事したくないなぁ……でも早ければあと二年で社会人だもんね……」


「そうだな。それが嫌ならマジでこの二年で音楽で食えるようになるしかねえじゃねえか。想像してみろよ、働き始めたはいいけど毎日同僚にいびられてよ、客はうぜえし無茶しか言わねえし。パワハラにセクハラてんこ盛りでストレスも盛々。酒とタバコに逃げるしかねえ毎日で当然体もぶっ壊す。どうよ、そんなんお前が耐えられそう?」


「絶対無理です」


「こういう時だけは自信満々だな。とにかくそういうのはぜってーやだろ? お前なんか。んじゃ本気で音楽でやってけるようになるしかねえじゃねえか。そのためにもちゃんと歌えるようになってさ、歌詞とかだって勉強っつうか練習して」


「……ほんとほんとだね。今までちゃんと考えたことなかったけど死活問題だった……そもそも私なんかどこも会社受からないだろうし、面接とか絶対無理だし……」


「ほんとネガティブには自信満々だなー。ていうかさ、そういうとこも込みでお前もバイトしてみねえ?」


「え? ば、バイト?」


「ああ。お前なんかこの前録音の機材がどうこう言ってたじゃん。ちっと時間かかっかもしれないけどバイトすりゃ買えんでしょ。それにお前のその引っ込み思案だのあがり症だの人見知りだの、とにかく歌う障害になってるもん克服すんのにもちったー役に立つんじゃね?」


「バイト……確かにお金のために考えたこともあるけど……うぅ、考えただけでお腹痛くなってくる……」


「ハハハ! やべえなお前。まーそんくらいはアタシも予想してるよ。んないきなりどっかでバイトなんて無理だろうしよ。だからうちでやれば?」


「え、うち?」


「うちっつうかここ」


 国見はとんとんと地面――この建物そのものを指差す。


「お前もここでバイトすりゃちゃんと正式に割引使えんじゃん。アタシもいっから多少安心だろ? 最初は厨房だけとかにしてあんま人前に出ないようにしときゃお大丈夫だろうし、慣れてきたら接客とかもすりゃいいしさ。しかも丁度一人辞めたとこなんだよね」


「そんな都合のいいことが……」


「あるんだよねー」


「……で、でも私なんかが……」


「だーいじょうぶだって! 誰にだって最初はあんだからさ。テンチョーにだって了解させるしさ」


「またそうやって脅すようなことを……」


「脅しじゃねえし! 圧よ圧! 交渉術!」


「……で、でもその厨房? とかだったらできそうかな……料理作ったりするってことだよね」


「ああ。まー料理つってもほとんど冷凍だからな。あと飲み物とかさ。まーそんなオーダー多くねえし客もいねえからテンパるようなことはねえよ。ファミレスとかと比べりゃな」


「そっか……サキちゃんはさ、ここ以外でもバイトしてるんだよね」


「ああ。いくつか掛け持ちな。金いっからさ」


「そっか……じゃ、じゃあその、すごくサキちゃんに甘えてる感じだけど、前向きに検討、させていただきます……」


「よし! そうと決まりゃ早速だな!」


「え?」


 などとキョトンとしている渡利をよそに、国見は室内の受話器を取る。


「あーもしもしー。バイトの国見っすー。そー今は客で来てる。ちょっとテンチョーお願いしまーす」


「え、え?」


「あーテンチョーっすかー? 国見っすー。この前ちらっと話したじゃないっすか、アタシの友達バイトにどーよって。そいつ今一緒で話したら前向きに検討とか言ってんで早速面接どーっすか?」


「え――ええ!?」


『うん、それはいいんだけど国見さん……今こっちも仕事中でこれお客さんが使う内線だからね……』

 と電話口の店長。


「いーじゃないっすかーんな細かいことー! 電話代もったいないっしょ! バイトの面接だって仕事のうちだしどうせ暇なんでしょ? 今からこっち来てくださいよ! 面通し面通し! んじゃそういうことでよろしくーっす! あ、あとどうせ来んならコーラも二つお願いしゃ―っす!」


 国見は一方的にそれだけ言い、受話器をおいた。


「――サキちゃん、いつもそんな感じなの……?」


「あ? そうだけどどれが?」


「どれがというか、今の人相手店長さんなんだよね……?」


「あー、平気平気。店長つってもまだ三十代だから。バイトしてやってんだからこんくらい別に屁でもねえって!」


 などと言って笑う国見。それを見て「この人よくクビになってないな……」と思う渡利であった。



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