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あの頃  作者: 涼木行
5/11

5

 


 二度目の歌唱を終え、国見はスマートフォンに耳を当て録音をチェックする。


「――うん、ちゃんと録れてるな。歌詞が聞き取れなくても紙あれば大丈夫だし。ご苦労さま」


「うぅ……」


 と飲み物を飲み息をつく渡利。


「まいってんなー。顔しれえじゃん。そんな疲れるもんなの?」


「というかやっぱり精神的に……国見さんにはもう三回目だけど、聴かれてる見られてるって意識するとすごい心臓とかバクバクして……」


「ほんと難儀だなー。あがり症ってやつか。とりあえず外の空気吸えよ」


 と国見は渡利を外に誘い出す。


「海がちけえのはいいよな。こうやってすぐ新鮮な空気吸えるし。せっかくだしもっと近く行こうぜ」


 と海の直ぐ側まで行き、波止場に腰掛けタバコに火をつける。


「はーっ……やっぱ海見ながら吸うタバコが一番だなー。お前もやってみろよ」


「いいです。でもやっぱりそういうもん?」


「アタシはね。最近はこんな田舎でも分煙進んでっからねー。せめー喫煙室とかに押し込められて吸ってると気分わりーよなやっぱ。その分こんなだだっぴれえ海見ながら吸うと心洗われんぞ? 肺は汚れてく一方だけどよ」


「それはさすがに笑えない」


「ハハハ! まあこんなん吸わねえほうがいいからなそりゃ。歌うんなら喉にわりぃしなおさらよ」


「そうだね……国見さんは、海好き?」


「まー好きっちゃ好きだけど。お前知ってっかわからねえけどさ、アタシここの出じゃないからね。元々東京で引っ越してきて。東京も一応海あっけど見ることなんか全然なかったから新鮮ではあったな。まー気分も晴れたし」


「そっか……」


「ああ。そういやさ、お前はやっぱ将来音楽で食ってきたいとか思ってたりすんの?」


「どうだろう。そんな真剣に考えたことないけど……でも他にできることないし、好きなこともないし。音楽を仕事にできたらそりゃ嬉しいけど……」


「そっか。まーまだ高二なんだしんなもんでいいんじゃね? 大学とかさ、音大だっけ? そういうとこ行って勉強してとかもあるんだろうしさ。まーなんかしらあんだろ、音楽の仕事つっても色々。アタシはんな詳しくないけどさ。親とかとはなんかそういうの話してんの?」


「うん……その、親じゃないけどうちの人とは……国見さんは知らなくて当然だけど、私親いないからさ」


「ああ、そっか……悪かった」


「ううん、いいよ。知らないんだから仕方ないし。国見さんも引っ越してきたっていうから」


「ああ……まあ答えなくてもいいけどさ、アタシの引っ越しどうこうってことはやっぱその、震災で亡くなった感じ?」


「うん……お母さんもお父さんもどっちも津波で」


「そっか……それはほんと、悪かったな。海なんか連れてきちまって」


「ううん、大丈夫。さすがにもう慣れたから。入ろうとかは全然思わないけどさ、もう見ても近づいても全然平気だし」


 渡利はそう言い、波止場の向こうに投げ出した足を軽く降る。


「――私もね、昔はもっと喋ってたんだって。全然覚えてないけど、小さい頃はもっとおしゃべりで、歌うのも好きで大声で歌ってて。


 お母さんがね、学校の音楽の先生で。小学校の先生だったんだけど、元は音大で音楽を勉強してたんだって。それで小さい頃からお母さんからピアノとか歌習ったりしてて。


 けど、津波があってさ。お母さんは一番海に近い学校にいたから。生徒の避難も優先させてたし。それで間に合わなくて……お父さんもね、小学校の先生で、職場恋愛ってやつかな。それでやっぱり生徒の避難のためにがんばってたけど間に合わなかったみたいで……


 それからかな。私が全然喋らなくなったの。私も小さかったからあんまりちゃんと覚えてないんだけどさ、おじいちゃんとかが言うにはそれからすごいふさぎこむようになって、喋らないし声も小さくなって、歌も――多分歌なんか歌っちゃいけないんじゃないかって思いこんでるみたいに、歌わなくなったって……」


「……そっか。大変だったな、色々と」


「うん、多分ね。でももう全然覚えてないし、みんなのほうがもっと大変だったろうから」


「だとしてもさ。子供のお前の思いはお前にしかわからなかったんだろうし……悪かったなほんと、そんな話させて」


「ううん、ほんとに大丈夫だから。多分私も、誰かに話したかったんだと思うし」


「そうか……」


 国見はそう言い、タバコを地面に押し当てると空に向かって一つ煙を吐いた。


「――アタシもさ、親いないんだよ。お前が知ってるかは知らないけど」


「そう、だったんだ……」


「ああ。つってもうちは津波とかはなんも関係ねえけどな。いないつっても死んだわけじゃねえし。ぶっちゃけそれすらわかんないんだけどよ。


 東京に住んでて引っ越してきたってのはさっき言ったじゃん。実はまあ、親の借金でさ。親父がバカなやつだったから、見栄だの夢だのなんだかんだで成り上がろうとしてよ、自分で会社興してとかで、それでまあバカなくせにそういうことすっから簡単に騙されて、大量に借金作ってな。当然仕事なんかうまくいくわけねえし、一瞬で借金の山よ。毎日借金取りは来るしよ、夜逃げはあるし、まーそんなんで母親の方もまいっちまってな。アタシら置いて逃げたよ」


「そんな……」


「ああ。まあこの歳までくるとさすがに色々わかっけどな。子供捨ててとか言うやつもいるけど、まあ親である前に一人の人間なわけだしな。しかも自分は何も悪くねえのに親父のせいで地獄みてえな毎日でよ。そりゃ自分一人で逃げたくもなるわ。


 ま、そんなんで母親の方はいなくなってよ。親父の方も途中で蒸発して。んで親父の方のじーちゃんがアタシらんこと引き取ってくれて。知ってっかわからないけどうち下にも二人兄弟いっからさ。それでこっち来たんだよ。震災あったってのに。じーちゃんばーちゃんが受け入れてくれてな。


 だからま、親がどっちもいないってのはお前と一緒だけど、内容は全然違うわな」


 国見はそう言ってどこか自虐的に笑ってみせた。


「……そうかもしれないけど、そんなことないよ……」


「いや、同じではないよ、多分だけどな。アタシも知らねえで言うのはあれだけどさ、少なくともお前の親はちゃんとお前のこと大事にしてたわけだろ? でもうちの親はどっちも結果的にはアタシらんこと捨てていなくなったわけだからね。それでもまあ、生きてるかもしれないってだけ違うのかもしんないけどさ」


 と国見は言い、再びタバコに火をつける。


「ま、とにかく奇遇だよな。おもしれえっつうか不思議っつうか。別にここじゃそんな珍しい話でもねえのかもしんないけどよ、たまたまあんなカラオケで会ってなんか知らねえけど秘密知っちまってさ、しかもアタシみたいな不良崩れと渡利みたいな実は曲作ってるいい子ちゃんがどっちも親いないなんてさ。なんか勝手に親近感湧いちまうよな、全然ちげえのに」


「……でも、違うって言っても多分見かけとか話し方とか、タバコだけなのかもしれないよ……?」


「ハハハ! そこはでけえな。タッパも髪もピアスもちげえしな。タバコなんか決定的だし。でもま、確かにそうだろうと近い部分が少しはあったって不思議じゃねえのかもな」


 国見はそう言って笑いタバコの煙を吹く。


「んじゃお前もじーちゃんばーちゃんとこにいんの?」


「うん。それはそうなんだけど、うちの場合は伯父さんのところの三世帯住宅に私が居候してるって感じかな」


「あーなるほど。そりゃ確かにアタシよか肩身は狭いかもな。叔父の家族つっても完全に別の家庭なわけだしな。けどうちはじーちゃんたちが親父の借金まで肩代わりしてっからよ、肩身の狭さじゃ負けてないぜ」


 ということを、国見は平気で笑っていう。


「二人とも本来なら年金生活なのに老体に鞭打って働いてるしな。まーほんと頭上がらねえよ。んなこと言っといてこんな不良崩れやってんだから世話はねえんだけどさ」


「それは、まあ確かにあるあもしれないけど……」


「ハハハ! だろ?」


「でもそれも人それぞれだし……でもバイトしてるんだからそういうのもいいんじゃないかな。多分うちのこともあってバイトしてるんでしょ?」


「まあね。そりゃ自分で自由にできる金のためってのも少しはあるけど、言ったけどアタシにはまだ下に二人兄弟もいっからね。したらやっぱ稼げんなら稼がねえとじゃん。じーちゃんたちの年金も稼ぎもたかが知れてんだし」


「そっか……じゃあ遅刻とか欠席多いのもそういう理由だったんだね」


「まあ一部はね。んなの言い訳にはできないけど。色々ごまかしてバイトしてたりする部分もあっからさ。とはいえじーちゃんばーちゃんに金出してもらってんだからちゃんと通わねえとなんだけどさ」


「国見さん進級やばいとか噂だったもんね……」


「そんな広がってたのかよ。てかその国見さんってのもやめね? 他人じゃねえんだし」


「あ、え、じゃあえっと、野咲さん……?」


「同じじゃねえか! どっちも名字みてえだし。さんがかったりぃだろさんが」


「えっと、じゃ、じゃあ……く、クニちゃん、とか……?」


「なんかそれだとばーちゃんみてえだな」


「あ、えっとじゃあ……もうザキちゃんしか……」


「ドラクエかよ!」


「そ、そうなの?」


「ザキって呪文があんだよドラクエに。一発で敵殺すやつ」


「ああ、それは確かに良くないね……じゃ、じゃあちょっと違うけど、サキちゃん……」


「まー無難だな」


「いいの? なんかちょっとかわいすぎるからどうかと思ったけど」


「アタシがかわいすぎちゃわるいか」


「全然そんなことないけど、ただちょっと嫌がるかなーって……じゃあその、サキちゃんで……」


「おー。お前はリュウでいいの?」


「う、下の名前はちょっと……親には悪いんだけど自分でもそんな好きじゃないから」


「ハハハ! やっぱか」


「べ、別に嫌いってわけじゃないんだけど、ただ単純に、名前らしく育てなかったなあって……」


「いいじゃんんなの。名前なんかただの名前だろ。別にお前そのものじゃねえし。アタシなんか野に咲く野咲だぞ? 咲く要素なんかどこにもねえよ。野は野良犬みてえなもんだから合ってっけどさ」


 などと言ってゲラゲラ笑う国見。


「んじゃ今まで通り渡利って呼ぶわ。てかお前のリュウって名前どういう感じ書くん? なんか木っぽかったのは覚えてるんだけど」


「うん、木偏だから。ザクロ」


「ザクロ? って果物だよな普通に。じゃあミカンちゃんみたいなもんか」


「そうだけどさすがにちょっと違う気が……」


 と肩をすくめる他ない渡利であった。



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