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あの頃  作者: 涼木行
3/11

3

 


 後日。とある休日。荷物を持った国見は待ち合わせ場所の駅前にやってきていた。そうしてキョロキョロとあたりを見回すが、待ち合わせ相手の国見はまだ来ていないようであった。


「よかったぁ。国見さん待たせてたら普通にどつかれそうだからなぁ……」

 

 などと思い安心していると、


「おう」


「ひゃあっ! す、すみませんすみません」


「待て待て。アタシだアタシ」


 と声をかけてきた相手がサングラスを外しマスクをずらす。


「あ、え、国見さん?」


「おう。確かにわりいな、こんなまんまで声かけて」


 と返す国見は、帽子にマスクにサングラスといったまるで変装してるかのような格好。染めた長髪は後ろで縛っている。


「あ、いや、ちょっとびっくりしただけだから……」


「よく言うぜ。あんな『ひゃあっ!』なんて高い声出して飛び上がっといてよ。駅にいる全員お前のこと見てたぜ」


 とゲラゲラ笑って言う国見。


「うぅ、それはだって国見さんがそんな格好で声かけてくるから……」


「ハハハ。ヤクザだと思った?」


「それは……」


 と小さく頷く渡利。


「それより国見さん先来てたよね。待たせてごめんね」


「いいよ数分だし。タバコ吸えたから丁度良かったしな」


「あ、うん……今日はこの前のカラオケ行くんだよね」


「いや、悪いけどアタシも給料日前で金欠でさ。代わりの場所はちゃんと用意しといたから安心しろよ。荷物持つぞ」


 と言って渡利の荷物を半分預かり歩きだす国見。渡利は一抹の不安を抱きながらもそれについていくのであった。



     *



 ズカズカと大股で足早に歩く国見と、それとは対象的に小股でバタバタと慌ただしく後をついていく渡利。二人の身長差は20センチ程あったから当然の光景ではあった。


「――国見さん、ちょっと、歩くの速い……」


「お? そうか、悪かったな。せっかちだし足なげえからさ」


 と国見は長い脚を見せてケラケラと笑う。そうして向かっていく先は海の方。市街地とは真逆である。国見はその海岸通りを歩き、港に入ると一件の小さな小屋の前で足を止めた。そうしてシャッターを開けると、中には漁の道具などが詰め込まれており、外観通りの「港の漁師の小屋」であった。


「うちのじーちゃんの小屋だよ。じーちゃん漁師やってっからさ」


「あ、そ、そうですか……」


「そしてお前は今からここで簀巻きにされて外国に売り飛ばされる……」


「……そういうのってほんとにあるの?」


「お、案外ビビんないんだな。アタシなんかにこんなところに連れ込まれてんのに」


「うーん、でも国見さんはなんかそういうことはしなさそうだから……」


「ハハハ! そんな事言うのお前くらいじゃね? まー実際やんならあんなばっちり証拠残る動きしねえからな。カメラだらけの駅前で待ち合わせとかさ」


「そういう話になると一気に現実味ますね……」


「アタシなんか色々面倒事も多いからな。お前もそういうのは気をつけとけよ。女なんだしちっちゃくてかわいいんだから。監視カメラと人気気にして動くってのは防犯の第一歩だぞ。ただでさえこんな田舎カメラも人も少ねえんだから。ま、とにかくさ、じーちゃんに話したらここ使っていいって」


 と国見は再び小屋の中を見る。


「若干磯臭えけどそんなんお前も慣れてんだろ。案外スペースもあるし。ちゃんと電気も通ってるしさ。なにより絶景」


 と国見は正面を指差す。その先には、港と漁船と、水平線まで広がる海。今はどこまでも穏やかにきらめいている。


「あ、うん……」


「まー防音なんかねえようなもんだけどさ、でも見ての通り周り住居とか少ねえからな。近所迷惑は心配しなくていいわけよ。人も少ねえから気にする必要もねえし。いたってほとんど漁やってるジジババだしよ。んでこれ鍵」


「え?」


「いつでも勝手に使っていいからよ。アタシいなくたって好きに」


「え、っと、それはその、すごくありがたいけど……でもなんで? 私なんてその、会ったばっかっていうかちゃんと話したのなんてこの前が初めてなのに」


「そういうのアタシは別になんも考えてねえけどさ、あえていうなら曲作ってるようなやつに会ったのは初めてだからじゃね?」


「そ、そう……?」


「ああ。こんな田舎でさ、女子高生で曲作ってて。そういうのすげえしカッケーじゃん。てか本題だよ。お前が曲作ってるつったってアタシまだ一曲しか聴いてねんだしそれも一瞬なんだからさ。早く聴かせろよ」


「うん、それはもう、約束だから私も腹を決めてるけど――で、でも、私も誰かに聴いてもらうなんて初めてだから、それでその、なんていうか……」


「一人も聴かせてねえの? 家族とかにも?」


「う、うん……曲作ったりしてるのは、なんとなく知ってるのかもしれないけど、自分から聴かせたこととかはないし……」


「ほんとに今まで一人でやってたんだな」


「うん、だからその、あんまり期待しないでね……?」


「期待はするよ。そりゃこっちの勝手だからな。お前もそんな気にすんなよ。所詮アタシなんだしさ。別にんな耳の肥えたおえれーさんなわけじゃねえし、こちとらしょうもねえ音質でJ-POPしか聴いてねえんだしな。バイトのお陰で流行曲だけはちゃんと聴いてるけど」


「う、うん……じゃあその、かけるけど、これはまだボーカルの録音とかはしてない、歌なしのほんとの曲だけだから」


「カラオケ版ってことか」


「そうじゃないけど、まあそうかな……じゃあその、かけます……」


 渡利はそう言いと一つ息を吐き、意を決して再生ボタンを押すのであった。



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