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扉を開けた瞬間、その爆音で国見野咲の全身は破裂せんばかりに揺れた。その圧巻の声量と歌唱力に、国見は思わずフリーズする。それはゆうに10人は入れるバカ広いパーティ用のカラオケルームでたった一人歌う相手の少女も同じであった。振り返り、国見を見、その視線が合い――どこか世界の終わりのような絶望を讃え愕然と口を開け放っている。
「――っつれいしやしたー」
と国見はすぐさま我に返りオーダーされた飲み物を机の上に置く。そうして改めて横目でちらりと少女を見ると――相手は両手で顔を覆い隠している。その手の隙間からでもわかるほど顔は真っ赤に染まっていた。
――ていうかこいつ……
「あ」
その言葉に、相手の少女はびくりと体を震わせた。
「お前もしかして渡利?」
「――ひ、人違いです……」
と少女は顔を隠したまま、先程の歌声など嘘だったかのようなか細い声を絞り出した。
「いやいや、やっぱ渡利でしょ。渡利リュウ。名前男みてえでかカッケーのにすげえ声小せえやつだなーって覚えててさ」
「……そ、そちらは国見さん、で合ってます……?」
「ああ。国見野咲。名前も名字っぽいけど国見が名字だよ」
国見はそう言い、顔を多少見せたはいいが未だ怯えた――というより非常に気まずそうに視線を逸したままの渡利を見る。
「――ま、邪魔したな。アタシもバイト中だからさ。ごゆっくりどうぞー」
国見はそれだけ言うとひらりと手を上げ、ドアを閉めさっさと部屋を後にする。そうして再びカラオケのバイト業務に戻っていくのであったが、ライブでスピーカーの真ん前で爆音を浴びた時のような心臓の振動はしばらく戻らなかった。
*
翌日。高校の教室。いつものように遅刻して教室に入った国見は、すぐに教室のすみっこにいる渡利を見つけた。あちらもある意味国見を待っていた、探していたかのように入ってきたばかりの国見を見――視線が合い、途端にさっと視線を逸した。
「よー渡利。おはよ」
「お、おはよう、ございます……」
「ございますってお前、ビクつきすぎだろ。タメなんだからタメ口で話せよな」
「す、じゃなくて、ご、ごめん……」
「なんかカツアゲしてるみてえじゃねえか。言っとっけどカツアゲとかしたことねえぞアタシ。多分だけど。昨日の元気はどこいったんだよ」
と笑う国見に、渡利は慌てた様子で両手を振ると口元に人差し指を当て、
「し、しーっ! ダメ、今は、」
「あー、そっか。わりいな。んじゃ場所変えっか。ちょっと顔貸せよ」
と国見は言って渡利の腕を取り立ち上がらせる。
「え? いやでも、すぐ授業始まるよ?」
「いーって少しぐらい。アタシはともかくお前はいつも真面目に頭から最後まで出てんだろ? だったら少しくらいあっちもおまけしてくれるって」
などと言いつつ渡利の肩に腕を回し教室の外まで引っ張り出し、チャイムが鳴る中廊下を歩く。
「おい、どこ行くんだ国見。授業始まるぞ」
と言うすれ違った教師に、
「見てわかんないんすか青春っすよせーしゅん。邪魔すんなんて野暮でしょセンセー」
「邪魔もなにも授業始まるんだが……」
「大丈夫っすすぐ戻るんで。全部ぶブッチはしないんで」
「ならいいが……いや、よくないが、というか渡利はどうしたんだ」
と男性教師は肩を組まれてうつむいている渡利を見る。
「だから青春っすよせーしゅん。詮索入れるなんて野暮だって。女子高生同士人に聞かれたくない話もいろいろあんでしょ」
「青春というかカツアゲにしか見えないが……渡利、一応聞いとくけど大丈夫か……?」
その質問に渡利はうつむいたままコクンと一度だけ小さく頷いた。
「おいなんだソレ! もっとしゃきっとしろよなあ。んなうつむいてたらマジでアタシがカツアゲしてるみてえじゃねえか」
と国見は渡利の頬をぎゅっと掴み顔を上げさせる。
「うぅ、だってぇ……」
「だってなんだよ」
「……く、国見さんだって授業はちゃんと受けなきゃだし、休み時間だったら別に先生にも何も言われないですし……」
そう言って泣きそうな顔をする渡利に、国見はチッと舌打ちをし手を離した。
「わーったよ。そんな顔すんなって。マジでこっちが悪いことしてるみてえじゃん」
みたいじゃなくて実際してるんだけどな、と目の前の教師が頭の中でつっこんだのは言うまでもない。
「まったくおりこうさんだなー渡利さんは。昨日はあんなブイブイ言わせてたのによー」
「ぶ、ブイブイなんて言ってないし! です! というか昨日のことはっ」
「わーったわーったって。黙ってるからそっちも敬語やめろな」
「あ、はい……わかった、です」
「んじゃしゃあねえから授業受けっかー」
「仕方ないって……国見さんは何しに学校来てるの……?」
「今日はお前と話にだな」
この人は……とうなだれるしかない渡利であった。