「泉」「赤」「積み木」
8月。カンカン照りの太陽のもとで、山奥に住む老人は胸を膨らませていた。今日は、夏休みに入った孫娘が両親に連れられて遊びに来る日だ。まだ小学生であどけなく、いつも自分を振り回してばかりだが、どうしてもかわいい。長年連れ添った妻を亡くしたこの老人には、孫娘の成長を見るのが一番の楽しみになりつつあった。
「がっこうのしゅくだい、はんぶん終わらせたの!」
すごいね、と老人は返す。なんでもこの孫はきちんと両親の言いつけを守ってまじめに勉強しているらしい。真面目なところはこの子の母親そっくりだ。
「でもこうさくがまだ終わってないのー、だからおじいちゃんにつみきづくりをてつだってほしい!」
一番上のさんかくの部分は絶対赤で塗るんだ、と熱心に語る様子に、老人は目を細めた。この子と過ごせる一週間は楽しいものになりそうだ。
老人の日課として、毎朝山道を散歩する、というものがある。年を取り、早起きすることで身についた趣味だったが、今回、孫娘はこれに参加するといいだした。朝5時という早い時間がゆえに、親にもねぼすけのあんたじゃ無理だ、と笑われていたが、なんとこの子はきちんと起きだしてきた。「みんな、あたしが起きたこと気づいてなかったよ」と自慢そうに言う。それから2人でいろんなことを話した。最近の友達事情から好きなお姫様のことまで。孫は何でも教えてくれた。途中まで元気よくしゃべっていた彼女だったが、折り返し地点まで差し掛かった時に急にがくりと膝をついた。どうしたの、と慌てて尋ねるとぐにゃぐにゃする…というろれつの回らない声が返ってきた。熱中症だ、と老人はひらめいた。思えば朝、水分を取ったかを確認していなかった。自分が浮かれすぎていたのだ。そして、老人は水筒も何も持っていなかった。また、最寄りの店まではここから歩ける距離ではなかった。焦る老人だったが、慌てる思考の奥でぼんやり、泉にいこうと考えていた。山の奥できれいな水があるといったらそこしかない。ここから近いはずだ、と祈るように思いこみ、孫を抱えて向かった。
はたして、その泉はあった。水を飲み、すっかり元気になった孫はここは奇跡の泉だとはしゃいでいた。「また来ようね!」そうだね、と答えた老人だったが、このことが知れたらお前のお母さんに叱られてしまうよ、と心の中でつぶやいた。