史実編1話
天正10年6月2日、四国征伐のために津田信澄は大坂に従弟で犬猿の仲の神戸信孝や丹羽長秀らと共に大坂に着陣していた。
とはいえ信孝も信澄も長秀も所領は他の方面軍の羽柴秀吉や柴田勝家、そして明智光秀に比べると遥かに少なく軍勢も寄せ集めだった。
そしてその軍議中に信長死すとの報告は届けられた。
「なっ……!明智めぇぇぇぇぇぇぇッッッ!」
その報せを聞いた信孝は顔を真っ赤にして椅子を蹴り飛ばした。
「こうはしておられませぬ!直ちに明智討伐の兵を掲げ、上様の仇を討ちましょうぞ!!」
そう言って信澄が立ち上がる。
光秀の娘を夫とする信澄の積極的発言に丹羽長秀は逆に不信感を抱いた。
(我らを明智との決戦に向かわせ挟撃する気ではないか……?)
だがそんな彼の不安を他所に信澄は続ける。
「明智日向守の軍勢は如何程だ?」
「はっ。恐らく1万程度かと。備えの兵も含めても2万が関の山でございます。」
蜂屋頼隆がそう報告する。
「ならば我らが池田、中川、高山、筒井らと連携を取れば大坂が襲われることはありますまい。神戸殿、直ぐに彼らに指示を!」
「ああ、分かっておる!しかしそなた、妙に威勢が良いのう、まるで我らに戦をさせたいようだが?」
信孝がねっとりした口調で言うと長秀も信澄に冷たい視線を向ける。
確実に彼らは信澄の謀反を疑っていた。
「俺が謀反だと……!?ふざけるな!俺は上様のおかげでここまでの立場になることが出来た!上様の仇討ちのためなら妻でも息子でもこの髻でも我が命でも何でも差し出そうッ!」
「三七様、ここはどうでしょう。津田殿から人質を取り戦には先鋒として戦って頂くと言うのは。」
信澄の誠意を感じとったのか蜂屋が提案する。
「……。」
信孝はまだ迷っていた。
というのもこの知らせを受けた時点で彼は犬猿の仲でいずれ自分の出世の邪魔になるであろう信澄を謀反人として討伐し兵達の士気を高めようとした。
しかしここで信澄が命までかけてしまったので下手に殺すと兵の士気に関わりなおかつ、織田家の相続という舞い降りてきたチャンスを手放す可能性すらある。
それだけは避けなければならないと彼は考えていた。
「ならば妻と離縁し幽閉致しましょう。どの道日向守の娘ならば処罰されるでしょうに。なんなら私が斬り捨てましょう。」
そう言って信澄が立ち上がった。
「まっ、まあ待て!何もそこまでする必要は無い。津田殿の誠意は伝わった。とにかく人質を五郎左に渡してそなたは明智討伐では先鋒として働いてもらうぞ。」
「ははっ!承知致しましたッ!」
信澄が平伏して言う。
信孝は内心は不満そうだったが長秀と頼隆は信澄の覚悟に感激していた。
こうして彼は暗殺を回避した……という訳にはいかない。
信孝なら難癖をつけて攻撃してくるかもしれない。
それを予想して彼は寝所のすぐ外に大漁の鉄砲隊を配置して夜襲に備えた。
対して信孝の陣では。
「京や大坂では七兵衛が明智と結んでいるという噂が流れておる。やはり奴は内通しているのではないか?」
「噂は噂でございます。現に七兵衛殿は人質を差し出し勝左と連絡を取り明智討伐を主導しております。ここで津田殿を討てば逆に兵の士気が下がり脱走するものも増えるのでは……。」
長秀が案じるように言う。
「ええぃ……。ここで奴を始末できたかもしれぬというのに……。」
「そのような発言は控えられませ。仮に内通していたとして二千程度の津田殿に何ができましょうか。私がしっかりと監視しておきます。」
「くっ……。何かあったらすぐに叩き斬れ。」
だがこの話を盗み聞きしていた男がいた。
七兵衛と同じく信長側近衆の矢部家定である。
「三七め。やはりそれが狙いであったか……。」
信澄は声を震わせながら言う。
尊敬し崇拝している伯父と自分の幼なじみや仲間が多数亡くなった時にこのようなことを考えている信孝に彼は大いに腹を立てた。
「先手必勝と言いますがここは津田様も……。」
「バカ言うな。だがこの話はいずれ使える。必ずあのアホを出し抜いてくれるわ……。」
こうして両者は1週間ほど睨み合っていた。
そして6月10日、大坂の織田軍に急報が入った。
羽柴秀吉率いる大軍が接近中
それを聞いて信澄はほくそ笑んだ。




