32話
俺が有岡城に着くと既に攻城戦は始まっていた。
総構えで複雑な有岡城に味方は攻めあぐねているようで直ぐに俺は中川清秀と蜂谷頼隆を派遣し滝川と共に本陣に着陣の挨拶をしに行った。
「伯父上。津田阿波守、滝川左近将監ただいま参りました。」
「うむ、高槻城茨木城攻めは見事であった。後で褒美を使わそう。」
そう言う伯父上だが度重なる戦でかなり疲労しているようだ。
もう40を超えて家督を譲っているのだから心配だ。
「それにしても原田は何をしておる。まだ来ぬのか?」
「あっ、それは……。」
俺が恐る恐る言おうとすると使者が脇に控える明智殿に書状を手渡した。
それを見た瞬間明智殿の顔色が変わる。
「こっ、これはっ……。」
「なんだ十兵衛。見せよ!」
そう言って伯父上が書状を取り上げる。
「はっ、原田が……討死だと……?」
あっ、良かった。
俺が言わずともだな。
「おのれぇっ!雑賀の土民共がァッ!信張!」
それを見るなり書状を破り裂き机を蹴り飛ばした伯父上は一門の織田信張を呼んだ。
「はっ!」
「すぐに兵を率いて紀伊に迎え!雑賀の者共を皆殺しにせよ!その後はお前に紀伊を任せる!」
「お待ちくださいませ!原田殿はあくまで病の身を呈して奮戦されたのです!紀伊を没収とかいかがな事か!」
「黙れ十兵衛ッ!彼奴が病にかかるから悪いのじゃ!気合いが足りぬのじゃっ!原田の一門はみな追放せい!」
「上様!」
「くどいぞ十兵衛ッ!下がれ!お前ら全員下がれえっ!」
そう言うと伯父上は泣きじゃくりながら奥の部屋に引きこもってしまった。
「我らも出るとするか。」
滝川がそう言うと明智殿と俺以外は皆部屋を後にした。
「あれ、明智殿は行かないんですか?」
「七兵衛殿……いや婿殿こそ。」
「とりあえず荒木が片付いたらですね。ご息女はどのような娘で?」
「七兵衛殿が満足できるかどうか……。粗相のないように致しますが。」
「私も礼儀作法が無いのでそれはお似合いだ。楽しみにしております。」
そう言いながらしばらく談笑しているとボロボロになった長谷川が入って来た。
最前線で戦っていたであろう事は見ればすぐに分かる。
「上様はいらっしゃいますか?」
「ああ、奥にいるが如何した?」
「実は……。おい。」
長谷川が外にいる兵に命じると兵たちが戸を運んできた。
上には人が乗っているようだ。
「こっ、これは……!」
明智殿も俺もそれを見て驚いた。
伯父上が最も愛する万見重元の遺体である。
右胸を一突きにされたようで右胸が赤く滲んでいる。
ただでさえ機嫌の悪い伯父上がこれを見たらどうなるか。誰の目にも明らかであった。
「これは……。」
俺が隠そうと言おうとした瞬間に伯父上が出てきた。
「なんじゃ藤五郎。これはっ……!」
目元を赤くした伯父上が万見の遺体を見て立ち尽くす。
「万見万千代重元。城壁を登る際に荒木の兵に槍で付かれ討死致しました。」
「うっ、うそだ……。万千代!寝ておるだけだろう?ワシをからかっておるだけであろう?万千代ッ!」
伯父上が万見の肩を揺らす。
「何故じゃっ!何故目を覚まさぬ!万千代!ワシをからかうでない!」
もちろん万見が目を開ける訳もなく俺は明智殿と長谷川と目を合わせ部屋を出ることにした。
「万千代、万千代、万千代!ワシの万千代!起きろ!起きるのじゃっ!」
伯父上の悲痛な叫びを後にして部屋を出ようとした時である。
「七兵衛……。明日一気に方を付けよ。有岡城にいるものは女子供問わず殺せ。」
「しかしそれでは被害が……。」
「ええぃ!黙れ!どれだけ被害が出ても良い!万千代のかたきを取るのじゃ!」
そう言うと伯父上は戸をピシャリと閉めてしまった。
「あー、また明日来て説得しよう。」
俺がそう言うと2人も頷きその日は解散した。
そして夜。
急に小便に行きたくなった俺は近くの川に走った。
茂みでスッキリした俺が川を見るとそこには伯父上がいるでは無いか。
しかも天下人なのに水切りしてるぞ。
「そこにいるのは七兵衛か?」
見ているとふと伯父上が後ろを見ずに言う。
えっ、バレたのか?
「何故私だと?」
「ふん、息子同然のお前が分からぬわけが無いだろう。座れ。」
「では失礼します。」
伯父上が横を開けてくれたので俺はそこに座る。
「あの……。」
「お前、水切りできるか?」
伯父上が近くにある石を水に投げながら言う。
「柴田のオヤジから教わりました。」
「そうか、ワシと勘十郎と内蔵助と犬千代でようオヤジに教わってやっていたからのう。」
「……。」
勘十郎とは俺の死んだ父上の織田信勝の事だ。
そして父上を殺したのは隣に座っている伯父上なのだ。
「勘十郎は……母上に愛されておった。それ故にワシは羨ましくて仕方がなかった。母上に愛されようと様々なことをしたがどれも喜んでくれぬ。逆に勘十郎はそろばんのひとつも使えれば母上は大いにお褒めになる。」
伯父上は水面を眺めながら続ける。
「何故奴がワシを討とうと思ったかは知らぬ。しかしワシはただ勘十郎が羨ましかっただけなのじゃ。そしてその時に戦ってきた者共も半数近くは死んでしもうたわ。」
「原田と万見ですか?」
「左様、原田は真面目で良く五郎左と共にワシらを諫めに来ておったわ。あのようなくだらぬ戦でポックリ逝ってしまったがな。」
「ならば一族追放というのは……。」
「松永や荒木、別所の謀反で頭に血が上っておった。原田は丁重に弔い一族は奇妙の家臣として迎え入れる。それと有岡城は兵糧攻めに持ち込む。これ以上大切な家臣を失いたくはない。」
良かった、伯父上が平常心を取り戻してくれて。
そう思って安堵していると伯父上がまた話し始めた。
「奇妙は武勇に優れておる。しかし独創性はなく頑固すぎる。言わば古き人間なのだ。」
「その欠点を支えるために三介と三七がいるのでは?」
「そう言いたいところだがあやつらは凡人だ。本来ならワシらが支えてやらねばならぬのだがワシら年寄りは長くない。そうなった時、織田家で重臣といえば誰になる?」
まず堀久や菅谷、忠三郎は大丈夫だろ。
ん……しかし勝蔵や平八郎、玄蕃を奇妙殿が抑えられるのとはなぁ。
「ちょっと問題がありそうですね。」
「そうだろう。だからお前の力が必要なのだ。連中はお前のことは信用しているし何よりお前は数多の戦で武功を上げ諸国にもその名は響いておる。」
「滅相もありません。俺なんてまだまだです。」
「遠慮するな。奇妙がワシだとしたらお前は十兵衛じゃ。ワシが十兵衛を最も信用しているように奇妙はお前を最も信用している。そして十兵衛がワシに何でもしっかり言うように奇妙が間違ったことを言えばそなたはそれを指摘し右腕となれ。」
「しかしそれはまだまだ先のようですね。」
「ああ、天下泰平が成ってからの話じゃ。行くぞ七兵衛。共に戦を世から無くすのじゃ。」
伯父上は立ち上がると俺の手を引き陣に戻った。
その背中は天下人ではなく1人の父親であった。
そして俺は伯父上を……織田家を守るも再度決心したのだった。




