第一話「奇を衒えばいいってモンじゃ……」
え、一年たった?
「なーにをゆっとるんデスか」
舌っ足らずな口調で怪訝そうな表情をして、目の前のバカ女はカフェラテを啜る。コイツは私の漫画のマネージャーの東雲かほ。無駄に艶々な黒髪を短い二つ結びにし、化粧してるのかも分からん童顔を首に乗っけた貧乳だ。今日は打ち合わせの為に近所のファミレスに来ている。まぁもっとも、私にはもっと大事な別件が有っての事だが……。
「ラノベを書く?またまたどしたんデス?」
そう、今朝の一大決心を今し方話してやったのだ。
私の作品の方が優れていると、あのキモオタ御用達作家共に知らしめてやると。
「まぁ、言ってる事は何となく分かりましたケド、まーたお酒飲んでヘンな考えになったんデスね」
「またって何よヘンって何よ。私の方が面白いも書けるに決まってんのよ。奴らに知らしめなきゃいけないわ」
「まぁ、別に書くのはご勝手にデスが……」
私の熱弁虚しく、コイツはスマホを弄りながら、カフェラテに砂糖をドバドバ入れている。
サッーっと白い粉がカップの底に沈む様を見ながら続ける。
「漫画はどうするんデスか?」
「休載よ休載。よくある事でしょ、漫画家が一身上の都合で連載休むのなんて。ハ〇ターとか」
「アレはあの先生だから……っていうか、漫画家がよく平然とそんな事言えマスね」
「うっさいわねー私だって心苦しいのよ……っ」
「そんな棒読みで泣き真似されても」
呆れ顔で、もはやほぼ砂糖の島と化したカフェラテを一口飲み、まだ足りないと砂糖の瓶に手を伸ばす味覚音痴……。
昔は止めてたけど、結局止めないから……このバカ舌女は。
「とにかく!私はラノベを書くのよ!そして知らしめてやるんだからっ!」
「タイトルは?」
「最近のラノベ界隈に唾を吐こうと、バキバキの純文学で勝負してやるぜ〜とか意気込んだはイイものの、結局こんなタイトル考えつくから同じ穴の狢ってワケで……(汗)、よ!」
「親前朗読、ってネットで叩かれるでしょうね」
「何よー全然言えるわよ。っていうかそんな誹られる覚えなんて無いわ……最近はネットスラングをキャラに喋らしたりしてウケを狙ってる作品も多いわよねぇ……」
「何ブツブツ言ってるんデスか……まぁいいデス。とりあえず休載の件は了解しました」
「あら、意外とあっさりね」
正直こんなワガママもっととやかく言われるものかと思ってたが、思いの外すんなり了承してくれたの少し驚いた。
「止めても止めないでしょ?」
呆れた顔でカフェラテ(砂糖)を口に流すコイツは、流石私のマネージャーであり、親友だ。
コイツとは学生時代からの腐れ縁なのだ。
色々あって今は漫画家とそのマネージャーというか関係で、私の数少ない理解者。
「あんたも色々あったカラね、編集長も気に病んでたわ」
「はっ、大体アイツの所為でしょーが」
今連載していた漫画雑誌「週間ロストイメージ」の編集長と最近まで揉めて……っていうか、アイツが私が男と別れたをいい事に関係を迫って来たのよ。
いや、少し言い方が悪かった。そこまで強引な訳じゃないのだ。むしろ、紳士的で優しく私を労り、アイツなりに私を励ます気持ちもあったのだろう。話を聞くよと高そうなレストランへ食事に連れて行ってくれて、高くてセンスのいいコスメやらバックやらをプレゼントされ、そして想いを告げられた。
普通なら断る理由など何処にも無いはずなのだが、私は全力で拒絶した。そりゃそうだ。この編集長は女なんだからな!
浜辺麗子34歳。
若くして大手出版社文黎社の看板雑誌の編集長に登りつめ、更にその美貌……正直年上に見えないし嫉妬するほどの美女だ。しかし私はそんな趣味は無い。
だが断る、という感じだ。
しかし何故か向こうはメゲるどころかより一層好意を隠そうとしなかった。その所為で連絡の通知は常に999+だし、たまに社内で会うと視線がスゴいし執拗に食事や飲みに誘ってくるし、無駄に高そうなコスメやお菓子のプレゼントの嵐……もうシンドいのだ。
「編集長に気に入られるなんてイイじゃないデスかー」
分かっている癖に、表情はニコニコ虫も殺さなそうな笑顔だが、腹の中ではゲラゲラ笑い転げているんだろうなこの女は。
この場では一応、作家と担当と言う関係だからと使っている敬語も、私のイライラに拍車を掛ける。
「じゃあまぁ、今日はこんなトコで」
空になったカップを置き、伝票を手に取り立ち上がる東雲。
「あら、もう終わり?」
「今日は打ち合わせだけ、って言うか、アンタの考えを聞いただけデスからね」
「アレ?じゃ休載は?」
「そんな馬鹿みたいな勝手な都合で休める訳ないでしょーが」
「そんな!だってアイドルのLIVE行くのに休載してる作家もいるじゃない!」
「アンタとあの方じゃ立場が違うのデスよ」
むっきーとはまさにこの事。
思わずグラスの水をぶっかけてやろうかと思ったが、店員さんの迷惑を考えてなんとか自重した。
私は大人だ…私は大人だ……。
そう暗示を掛けながら落ち着きを取り戻そうとすると、
「あ、お会計お願いしマスね『夢望まろん』センセっ」
ニコニコと伝票を渡し、私の漫画のペンネームで呼ぶこの女の顔面に向けて、私は砂糖の瓶を笑顔で投げ付けた。
こうなったら、続きを書いて下さいとお願いされるくらい、面白いラノベを書くしかないわね。
……あ、ラノベ用のペンネームも考えてよっと。