ミート・ザ・ペアレンツ①
ケガで休暇中のロブは、故郷の両親にエレンを紹介しようと決める。
実家の前に着くも、彼はなかなか入って行けなくて……。
「素敵ね」
「そう?」
流れていく景色に、エレンは目を輝かせていた。
車窓を次々と横切る景色なんか俺は見慣れていて、大した感動もなく眺めている。
窓の外を行く樹々の量が増え、実家のある村へと近付いているのが分かった。
うちの両親に会ってみない?
そんな提案をしたのは、俺からだった。
体の調子が戻るまで仕事は休むように言われていたし、ちょうどいい機会だと思った。
病室で目覚めたあの日、俺は不意に、エレンを両親に紹介しておかなければならないという思いに駆られたのだった。
そのことについては、今までまったく考えたこともない、ってわけでもなかった。
母親は折に触れては1匹身の俺を心配していたし、そういうのが面倒でもあったから、エレンを紹介したいとは思っていた。
とはいえ、俺にとっては難しい問題だったのだ。
エレンが人間であることは、変えようのない事実だ。
それは俺にとってはもはや何の意味もなさない事実なわけだけど、両親にとってはきっと違う。
俺とトムとの間に起こったこと、それによって俺がどうなってしまったのかを、彼らは嫌というほどに見せつけられてきたんだから。
父と母が何と言おうと、俺はエレンと一緒にいると決めていた。
その気持ちに、今も変わりはない。
ただ、それだけでは片付けられない。
エレンにとってのレオが特別なように、俺にとっての両親もまた、当然ながら特別な存在なのだ。
彼らが傷つくのは、なるべく見たくはない。
そしてその原因がエレンであるだろうことを考えると、俺は余計にいたたまれなくなるのだった。
「次の駅だよ」
「ほんと? よかった……」
「列車の旅は楽しいけど、お尻が痛くなっちゃうのよね」
列車はいつもと同じように、俺の生まれ育った村の駅の中に滑り込んでいく。
ドアがスライドして開き、長旅を終えた獣たちがやれやれといった様子で降りてくる。
この辺りで人間は珍しいのか、エレンを見て眉をひそめる者、あからさまな好奇心をむき出しにする者もいた。
当のエレンは、特に気にする様子もない。
「あれ、雪は?」
「雪って……まだそんなに積もる季節じゃないよ」
駅前に顔を出した時、山盛りの雪を期待していたエレンはがっかりしたみたいだった。
この辺りでは既に雪は降り始めてこそいるが、本格的に積もるのはもう少し後になる。
「今日は歩いて帰るからさ、雪どっさりじゃ遭難しちゃうよ」
「そんなに降るの?」
「ハンナの山小屋の辺りと、どっちがすごいかしら」
「あの辺りなんかも、真冬は本当にすごくて……」
他愛もない話をしながら、俺たちは歩き始める。
両親の待つ家へ向かう俺に、エレンが付いてくる感じだった。
駅から程近い場所に、昔よく行ったパン屋がある。
友達の家でもあって、初代の爺さんが亡くなって、その息子が跡を継いだと聞いていた。
そんなことを考えながら、そのパン屋の前を通った時だった。
パン屋のドアが開き、中から箒を手にしたアライグマの店主が現れた。
俺と同級だったティモシーの親父さんだった。
掃き掃除をしようとちょっとうつむいたところ、近付いてくる俺たちに気付いたみたいだった。
「ロブか? ずいぶんでっかくなっちまったなあ!」
「久しぶりです、おじさん」
「うちのティムはほとんど変わらんけど、おまえさんはやっぱりオオカミ……」
何てことはない世間話の途中、ティムの親父さんはエレンに気付いた。
つぶらな瞳をあらん限りに見開いて、彼は言葉を失った。
狭い村だから、俺とトムとのことはみんなが知っている。
自分を穴の開くほどに見つめてくるアライグマに動じることもなく、エレンは軽く会釈をした。
おじさんはそれで、全部分かったみたいだった。
ただ言葉を継ぐことは出来ないで、箒を手に突っ立ったままだった。
「これから家に帰るんで……ティムによろしく」
俺は一言そう言うと、エレンの手をギュッと握って歩き出した。
そんなことしていいの?
彼女はそう聞きたげだったけど、俺は気付かないふりをした。
*
「さて……」
実家の庭は、冬を前に色を失ってしまっている。
花はなくても母親が手入れをしているので、放置されて雑な感じはない。
家の前まで来たはいいけど、俺はなかなか中に入って行けなかった。
自分でも情けないけど、ここへ来て怖気づいてしまっていることに気付く。
そしてそれを、エレンや両親が互いに傷つくことを恐れているなんてすり替えもしていた。
それはそれで事実かもしれないけど、結局は、自分自身が怖いだけだった。
「ロブ、いいのよ?」
「ここまで来ちゃって言うのも何だけど……わたし、このまま帰っても」
「エレン……」
彼女自身の中にもきっと、これから我が身に降りかかろうとする事態へのイメージはあるはずだ。
それは今までの人生の中で幾度となく、彼女に対して起こってきたことでもあった。
自分が決して歓迎されないだろうことは分かっていても、それでもエレンは何も言わずに付いて来てくれたんだ。
俺は今一度、思い出さないといけない。
俺はなぜ、急にエレンを両親に紹介する気になったのかを。
「行こうか」
意を決し、ようやく一歩踏み出した時だった。
不意に玄関の扉が開き、心配と不満とを混ぜこぜにしたような顔の母親が現れた。
「まったくあの子は、駅からどれだけかかるんだか……」
いつものようにぼやいていた母は、庭の入り口で立ち尽くす俺を認めた。
当然、その隣にいたエレンも。