表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

95/118

彼女に花を贈る者②

風邪で寝込んでいたロブは、エレンからとあるメッセージを受け取る。

でもそれは、何だか妙なメッセージで……。

彼女に花を贈るヤツがいるという話をエレンから聞いた、数週間後のことだった。

久々に連休という時、タイミングよくなのか何なのか、俺は風邪を引いて寝込む羽目になってしまったのだった。


「じゃあ、仕事に行ってくるけど……本当に大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫……ただの風邪だし……」


心配そうに俺を覗き込むエレンに向かって、俺はベッドの中から手をひらひらさせた。

何かあったら連絡してねと言い残し、彼女はいつものように仕事に向かったのだった。


風邪を引いて熱が出るなんて久々のことで、大人になってからだと辛いということがよく分かった。

俺は休みだったことを幸いにも不幸にも思いながら、うつうつと寝たり起きたりを繰り返していた。


どれくらい経った頃か。

体の熱さが寝苦しくて目を覚ました時、ちょうどスマホにメッセージが届いた。

大方、エレンが俺を心配して送ってきたんだろう。


ベッドに横たわりながらメッセージを開くと、やっぱり、差出人は彼女だった。

でも、何かがおかしかった。

メッセージは、こうだった。


『親愛なるオオカミ殿


一度あんたとは、ゆっくり話をしたいと思っていたんだ。

もちろん、彼女のことについてさ。

同じオオカミ、どちらが本当に彼女に相応しいのか、今一度よく考えてみないか?


地図を載せておいたから、その場所にあんただけで来てほしい。

僕を制圧しようなんて、そんなことは考えないでくれよ?』


まったく、意味が分からなかった。

熱のせいで、頭が上手く働かない気がする。


メッセージには、2つのファイルが添付されていた。

一つ目は、メッセージの中で言われている、地図みたいだった。

もうひとつを何気なく開いて、俺は驚愕した。


それは、1枚の写真だった。

誰かが、マットのような物に横たわっているものだった。

そして横たわっているのは、エレンだった。

髪をマットの上に広げ、眠っているように見える。


その瞬間、俺は差出人の正体を悟った。

こいつはきっと、エレンに花を贈っていたオオカミに違いない。

どういうわけかエレンを拉致し、彼女の携帯から、俺にメッセージを送ってきている。


自分を制圧しようなんて考えると、どういうことになるかな?

一緒に送られてきた写真が、その答えを示唆している。

下手な真似すると、彼女がどうなると思う? ってことだ。


ざっと血の気が引く音が、耳に響くような気がした。

俺は重い体をベッドから引き剥がして、急いで着替えをした。



「地図の場所は、どうやらここみたいだな」

「……すみません、シローさん」


指定の場所はそんなに遠くではなかったが、自分の体調と時間のことを考慮して、俺はシローさんに応援を頼んだ。

彼に車を出してもらい、指示された廃工場へとたどり着く。


「おいロブ、1匹で大丈夫かよ?」

「大丈夫です……相手を変に刺激したくないし」

「じゃあ、オレ、ここで待ってるからな」

「ありがとうございます」


既に扉のなくなっている廃工場の入り口をくぐり、何とか残っている階段を一歩一歩踏み締める。

ここへ来るまでの間に再び連絡があり、2階の一室に来るよう指示があった。

エレンの無事をひたすらに祈りながら、俺はその場所へと急いだ。


「やあ、やっと来たな」

「体調が優れないところ、申し訳なかったね」


半ば外れるような形でくっ付いているドアを押し開けると、その先には数匹の獣がいた。

古びた椅子に腰かけているのは、ひょろっとした体躯のオオカミだ。

こいつがエレンの話に出たヤツだということは、すぐに分かった。


その周りを、チンピラ風のオスが囲んでいる。

オオカミ以外は、みんな布袋で顔を隠していた。


「エレ……エレンはどこだ?」

「まるで、自分のモノみたいな言い草じゃないか」

「心配するなよ、彼女はそこにいるさ」


示された方向に目をやると、写真にあったように、マットレスの上にエレンが横たわっていた。

ゆっくりと上下する胸を見て、ほっと息を吐く。


「彼女に、何をした?」

「い、一体、何が目的だ……?」


俺は喘ぐように言ったが、怖気づいているわけじゃない。

熱のせいで視界がかすみ、息苦しい。


「心配するな」

「ちょっと、薬で眠ってもらっただけさ」


「何が目的かは、もう伝えただろう?」

「どちらのオオカミが、彼女により相応しいのかってことだよ」

「というより、僕こそが相応しいと思っているんだけど」


痩せたそのオオカミはニヤッと口元を歪めると、すっと立ち上がる。

背は、俺より少し低いくらい。

そいつがさっと手を上げると、それを合図に、布袋の連中が俺を取り囲んだ。


あちこちから体や腕を掴まれたが、下手に抵抗しない方がいいと感じた。

仕事柄、こいつらがプロだとは思わなかったが、今は相手の出方を見るのがいいだろう。


「疲れただろう? まあ、座ってくれ」

「ゆっくり、話をしようじゃないか」


布袋の獣たちに椅子に座らされ、手を後ろに回されて縛り上げられる。

頭には、錆びて穴だらけのバケツが被せられた。

視界が奪われ、辛うじて目に出来るのは、自分の胸元だけになった。


「いつだったか、彼女が言っていたんだ」

「自分には、オオカミのパートナーがいるんだって」


コンクリートの床を、何か、金属的な物が擦る音がする。

オオカミは、話を続けた。


「僕は彼女に、あなたは幸せなのかと問うたんだ」

「その獣を、パートナーにして……」

「彼女はそうだと言って微笑んだが……それが見せかけであることはよく分かっていた」


こいつ、一体何のことを話してるんだ?

理想と現実がごちゃ混ぜになったような話を、オオカミは自分に酔ったような口調で話している。


「僕にはすぐに分かったんだ」

「あんたとの関係を、彼女が望んでいないことに」

「そう、真に彼女を愛するがこそね……」


勘違い野郎。

俺はバケツの中で、咳のついでにそう呟いた。


「僕は彼女を、エレンを心から愛している」

「彼女のように心の清らかな女性は、僕にこそ相応しいんだ!」


「あんたのことは、探偵を使っていろいろ調べさせてもらったよ」

「ずいぶんと、野蛮なオオカミみたいじゃないか」


「あんたは、彼女を愛するに値しない」

「だから僕が成敗し、彼女を解き放ってやるんだ!!」


反吐が出るなどとよく言うけど、今この瞬間のためにある言葉なのは間違いない。

俺の胸がムカつくのは、風邪のせいばかりじゃないはずだ。


「……どう、成敗する気だ?」

「お前みたいな貧弱なヤツに、何が出来るって?」


俺は、バケツの中から言ってやった。

あいつがどんな顔をしているのか、俺には分からない。


「やれ」


そう聞こえたと思うや否や、側頭部に突然の打撃を食らわされた。

グワンと大きな衝撃と音が、脳天を突き抜ける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ