彼女に花を贈る者②
風邪で寝込んでいたロブは、エレンからとあるメッセージを受け取る。
でもそれは、何だか妙なメッセージで……。
彼女に花を贈るヤツがいるという話をエレンから聞いた、数週間後のことだった。
久々に連休という時、タイミングよくなのか何なのか、俺は風邪を引いて寝込む羽目になってしまったのだった。
「じゃあ、仕事に行ってくるけど……本当に大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫……ただの風邪だし……」
心配そうに俺を覗き込むエレンに向かって、俺はベッドの中から手をひらひらさせた。
何かあったら連絡してねと言い残し、彼女はいつものように仕事に向かったのだった。
風邪を引いて熱が出るなんて久々のことで、大人になってからだと辛いということがよく分かった。
俺は休みだったことを幸いにも不幸にも思いながら、うつうつと寝たり起きたりを繰り返していた。
どれくらい経った頃か。
体の熱さが寝苦しくて目を覚ました時、ちょうどスマホにメッセージが届いた。
大方、エレンが俺を心配して送ってきたんだろう。
ベッドに横たわりながらメッセージを開くと、やっぱり、差出人は彼女だった。
でも、何かがおかしかった。
メッセージは、こうだった。
『親愛なるオオカミ殿
一度あんたとは、ゆっくり話をしたいと思っていたんだ。
もちろん、彼女のことについてさ。
同じオオカミ、どちらが本当に彼女に相応しいのか、今一度よく考えてみないか?
地図を載せておいたから、その場所にあんただけで来てほしい。
僕を制圧しようなんて、そんなことは考えないでくれよ?』
まったく、意味が分からなかった。
熱のせいで、頭が上手く働かない気がする。
メッセージには、2つのファイルが添付されていた。
一つ目は、メッセージの中で言われている、地図みたいだった。
もうひとつを何気なく開いて、俺は驚愕した。
それは、1枚の写真だった。
誰かが、マットのような物に横たわっているものだった。
そして横たわっているのは、エレンだった。
髪をマットの上に広げ、眠っているように見える。
その瞬間、俺は差出人の正体を悟った。
こいつはきっと、エレンに花を贈っていたオオカミに違いない。
どういうわけかエレンを拉致し、彼女の携帯から、俺にメッセージを送ってきている。
自分を制圧しようなんて考えると、どういうことになるかな?
一緒に送られてきた写真が、その答えを示唆している。
下手な真似すると、彼女がどうなると思う? ってことだ。
ざっと血の気が引く音が、耳に響くような気がした。
俺は重い体をベッドから引き剥がして、急いで着替えをした。
*
「地図の場所は、どうやらここみたいだな」
「……すみません、シローさん」
指定の場所はそんなに遠くではなかったが、自分の体調と時間のことを考慮して、俺はシローさんに応援を頼んだ。
彼に車を出してもらい、指示された廃工場へとたどり着く。
「おいロブ、1匹で大丈夫かよ?」
「大丈夫です……相手を変に刺激したくないし」
「じゃあ、オレ、ここで待ってるからな」
「ありがとうございます」
既に扉のなくなっている廃工場の入り口をくぐり、何とか残っている階段を一歩一歩踏み締める。
ここへ来るまでの間に再び連絡があり、2階の一室に来るよう指示があった。
エレンの無事をひたすらに祈りながら、俺はその場所へと急いだ。
「やあ、やっと来たな」
「体調が優れないところ、申し訳なかったね」
半ば外れるような形でくっ付いているドアを押し開けると、その先には数匹の獣がいた。
古びた椅子に腰かけているのは、ひょろっとした体躯のオオカミだ。
こいつがエレンの話に出たヤツだということは、すぐに分かった。
その周りを、チンピラ風のオスが囲んでいる。
オオカミ以外は、みんな布袋で顔を隠していた。
「エレ……エレンはどこだ?」
「まるで、自分のモノみたいな言い草じゃないか」
「心配するなよ、彼女はそこにいるさ」
示された方向に目をやると、写真にあったように、マットレスの上にエレンが横たわっていた。
ゆっくりと上下する胸を見て、ほっと息を吐く。
「彼女に、何をした?」
「い、一体、何が目的だ……?」
俺は喘ぐように言ったが、怖気づいているわけじゃない。
熱のせいで視界がかすみ、息苦しい。
「心配するな」
「ちょっと、薬で眠ってもらっただけさ」
「何が目的かは、もう伝えただろう?」
「どちらのオオカミが、彼女により相応しいのかってことだよ」
「というより、僕こそが相応しいと思っているんだけど」
痩せたそのオオカミはニヤッと口元を歪めると、すっと立ち上がる。
背は、俺より少し低いくらい。
そいつがさっと手を上げると、それを合図に、布袋の連中が俺を取り囲んだ。
あちこちから体や腕を掴まれたが、下手に抵抗しない方がいいと感じた。
仕事柄、こいつらがプロだとは思わなかったが、今は相手の出方を見るのがいいだろう。
「疲れただろう? まあ、座ってくれ」
「ゆっくり、話をしようじゃないか」
布袋の獣たちに椅子に座らされ、手を後ろに回されて縛り上げられる。
頭には、錆びて穴だらけのバケツが被せられた。
視界が奪われ、辛うじて目に出来るのは、自分の胸元だけになった。
「いつだったか、彼女が言っていたんだ」
「自分には、オオカミのパートナーがいるんだって」
コンクリートの床を、何か、金属的な物が擦る音がする。
オオカミは、話を続けた。
「僕は彼女に、あなたは幸せなのかと問うたんだ」
「その獣を、パートナーにして……」
「彼女はそうだと言って微笑んだが……それが見せかけであることはよく分かっていた」
こいつ、一体何のことを話してるんだ?
理想と現実がごちゃ混ぜになったような話を、オオカミは自分に酔ったような口調で話している。
「僕にはすぐに分かったんだ」
「あんたとの関係を、彼女が望んでいないことに」
「そう、真に彼女を愛するがこそね……」
勘違い野郎。
俺はバケツの中で、咳のついでにそう呟いた。
「僕は彼女を、エレンを心から愛している」
「彼女のように心の清らかな女性は、僕にこそ相応しいんだ!」
「あんたのことは、探偵を使っていろいろ調べさせてもらったよ」
「ずいぶんと、野蛮なオオカミみたいじゃないか」
「あんたは、彼女を愛するに値しない」
「だから僕が成敗し、彼女を解き放ってやるんだ!!」
反吐が出るなどとよく言うけど、今この瞬間のためにある言葉なのは間違いない。
俺の胸がムカつくのは、風邪のせいばかりじゃないはずだ。
「……どう、成敗する気だ?」
「お前みたいな貧弱なヤツに、何が出来るって?」
俺は、バケツの中から言ってやった。
あいつがどんな顔をしているのか、俺には分からない。
「やれ」
そう聞こえたと思うや否や、側頭部に突然の打撃を食らわされた。
グワンと大きな衝撃と音が、脳天を突き抜ける。