彼女に花を贈る者①
最近、エレンは部屋によく花を飾るようになった。
その理由を彼女から聞いたロブは、微かな胸騒ぎを覚えるのだが……。
部屋の鍵が開いた音で、はっと目を覚ました。
昨日の夜は突入があって、けっこうキツい1日だった。
昼前に帰って来て適当に食事をしたら、眠気に負けてしまったらしい。
「ごめん、起こしちゃった?」
「ううん、そんなことない……うぉ、うぉはよぉー」
「もう夕方だけどね」
欠伸をしながら出迎えた俺に、エレンはにっこりと微笑む。
俺は背後からべたっとエレンに張りつくと腰に手を回して、彼女の肩に顎を乗っけた。
肩にかかる髪の匂いを嗅いでいると、昨日の疲れもどこへやら、今から何でも出来ますよって気分になる。
やや下心が頭をもたげかけた時、ふと、彼女の手にしているブーケが目に留まった。
「今日も持って帰ってきたの?」
「買ったの?」
「え? ああ、これね……」
俺がブーケのことを言ったのを、エレンはすぐには分からなかったみたいだった。
俺が指差したのを見てやっと、自分が手にしていたそれに気付いたみたいだった。
ここ最近、うちにはよく花が飾られている。
エレンは花屋で働いているから、別に珍しいってわけじゃない。
今までだって、そういうことはよくあった。
イベントで余った花だとか、ベアンハルトさんが珍しい花を仕入れたからつい買っちゃったとか、そういう理由で花を買って帰ってきた。
ただ、ここ最近はちょっと違う感じがする。
まず、花を飾るのが定期的になった。
1週間に一度は必ず、新しい花が部屋のどこかに飾られている。
普段は、別にそんなことは気にもしなかった。
今も、特に気になったわけでもなかった。
ただ何となく、よく持って帰って来るなと思っただけだった。
「これ、お客さんからのプレゼントなの」
「少し前から来てくれるようになった、常連さんでね」
「へぇ……オス?」
俺も余計なことを聞くもんだなと思いつつ、確認せずにはいられない。
そりゃ、気になるに決まってる。
エレンがメスからブーケをもらうのと、オスからブーケをもらうのとには、とてつもない違いがあるだろう。
「オスよ」
「しかも、若いオオカミのお客さんなの」
「えぇ~~、何だそりゃ」
思わず、情けない声が出てしまった。
最悪、オスでも爺さんならまだよかったものの、若いオスがメスにブーケを贈るなんて、下心ありありじゃないか……!
俺は彼女の正面に回り込み、その顔をじっと見つめた。
「ほら、やっぱりそういう顔する」
「な、何、そういう顔って」
「だから、そういう顔よ」
何ぃ!?
若いオスオオカミが、俺の恋人に花を贈るだと!?
どこのどいつだ、出てこい!!
俺は鏡を見ることはしなかったけど、多分俺は、そういうことを言いたげな顔だったに違いない。
意識的に表情を崩し、さり気ない感じを装って俺は続けた。
「それでその……オスオオカミは、何で定期的にきみに花を贈るわけ?」
「い、一体、どういう理由で?」
まさかエレンが、花を贈られた嬉しさにそいつになびくのではなどとは、まったく思っていない。
それでもどこの誰とも分からない何者かが、自分の恋人に花を贈り続けているという気味の悪さに、声を震えさせてしまっている。
「理由は、よく分からないのよね」
「彼って、いつもわたしにブーケをオーダーしてくれて……いつも、同じものを2つ」
「それでそのうちのひとつを、わたしにくれるってわけなの」
「最初は断ってたんだけど、素敵なブーケを作ってくれたお礼だって言われちゃって」
「ベアンハルトさんにも相談して、とりあえずもらっておこうかってことになったの」
「いやそれ……どうなの」
「俺には、あなたのことが好きですって言ってるように聞こえるけど?」
「あら、そうは思わないけど?」
「だって、オオカミだぜ? しかも、若いヤツなんだろ?」
「ちょっと……あなただって、若いオオカミじゃない」
笑いを滲ませながらエレンが言うのを聞くと、急になるほどなという気もしてくるから不思議だ。
確かに、獣を見た目や雰囲気で判断するのはよくない。
自分だって、周囲のそういう目で苦労してきた口じゃないか……。
「まあ、そうだね」
「でしょ?」
「だけど、ちょっと気にはなってるのよね」
「もうかれこれ2か月、こんな感じだし」
水切りした花を花瓶に生けながら、エレンはぽつりと呟いた。
彼女自身、手放しで喜んでるってわけじゃなさそうだ。
その様子を見て、俺は少し安心した。
「いやでも、やっぱり下心がないとは言い切れないって」
「下手に受け取り続けてると、こっちも気があるって勘違いされるかもよ?」
「それはね、そうなんだけど……」
「急にいらないですとは、なかなか言い辛いのよね……」
まあ、それはそうだろう。
実のところ、彼が本当にそういう気でエレンに花を贈っているとは断定出来ないわけだし。
こっちが下手に勘違いして断れば、相手を傷つけることになってしまうかもしれない。
俺の恋人に花を贈るその何者かは、純粋に、花を愛する内気な青年なのかもしれない。
かつての俺が、そうであったように……ってか?
「その彼が来てる時に、俺も店に行こうかな」
「どうして?」
「もう相手がいるって、分かった方がいいんじゃない?」
「彼がきみに恋心を抱いているとしたら、早めに諦めた方が傷も浅いだろうしね」
「ああ、なるほどねー」
エレンは、ブーケの大部分を玄関に、そこからミモザの枝を抜き出して小さな花瓶に挿し、ダイニングテーブルに置いた。
テーブルの上でゆらりと小さく揺れた黄色い花は、エレンのお気に入りでもある。
「しかし、ほんと、どういうわけだよ」
「何、ロブ?」
「きみは何か、オオカミを寄せつけるフェロモンみたいのが出てるわけ?」
「ちょっと、確かめさせて……?」
再び背後から抱きついた俺を、エレンは笑っていなした。
夕食の準備が出来ないでしょと軽く叱られ、俺はソファに追いやられたのだった。