レオの追憶④
出来心で、エレンにキスをしたレオ。
この一件をきっかけに、彼はエレンの過去を知ることになり……。
「話したいことがあるの」
「入ってもいい?」
エレンが突然俺を訪ねてきたのは、キスの翌日だった。
要望通り、俺はあいつを招き入れてやった。
なぜキスをしたのかなんて、エレンは聞いてはこなかった。
ただとうとうと、俺と離れてから、自分の身に何が起こったかを話して聞かせてくれた。
それは、俺がまだ聞いたことのない話だった。
「わたし、ライオンに飼われてたの」
「病気になった、ハンナの治療費を稼ぐためにね」
「レオ、飼われるって、どういう意味か分かるよね……?」
あいつの話に、俺は胃がひっくり返るような感覚に襲われる。
飼われるってことがどういうことを指すのか、もちろん、俺は知っている。
ボロボロになるまで弄ばれて、最後には捨てられたこと。
希望はなくなってしまったけど、それでも、もう一度生きてみようと思ったこと。
「この町へ来て、それで、ロブに出会ったの」
「彼って、ちょっと変わってるでしょ?」
「肉食獣なのに、とっても優しいの」
「ねえ、レオ」
「わたし、ロブのことが好きなの」
「獣にめちゃくちゃにされたわたしだけど、それでも彼が好きなの」
エレンの青い瞳は、何の曇りもなく、真っ直ぐ俺に向けられていた。
それは彼女が、心からそう思っているという証でもあった。
「それでおまえ、その先に何があるっていうんだよ」
「……分からない」
「でも、いつだってそうだったでしょ? 保健所にいた頃からずっと……」
「レオ、わたしがここへ来たのは、知ってほしかっただけなの」
「わたしがどれだけ、彼のことを大切に思っているかってこと」
「わたしにとって、彼は特別なの」
それは、牽制にも聞こえた。
わたしたちは愛し合っている。
だからもう、邪魔はするなと。
あるいは、こうだったか。
わたしはもう、あなたに守ってもらわないといけない、小さな女の子ではない。
だからもう、肩の荷を下ろせばいいのだと。
本当のところ、エレンが俺に何を伝えんとしていたのかは分からない。
俺は分かったとだけ言い、彼女を送り出したのだった。
*****
オフィスに戻ると、オオカミのやつは自分のデスクに齧りついていた。
その斜めにある自分の席に着きながら、俺はふと考えた。
俺はやっぱり、獣が嫌いだ。
それは収容所での生活を通して体に染みついてしまったもので、今後どんな出来事があったにしても、劇的な雪解けを迎えることはなさそうだった。
ただ分かるのは、俺はもう、2度とあいつにキスをしないということだった。
そう思っても、別に悲しくはならなかった。
あの雪の日に手を引いた彼女は、今では別のやつの手を取って生きている。
そこに一抹の寂しさを覚えはしても、悔しさはもうない。
あの甘ったれなオオカミ野郎のことは好きになれないが、エレンが幸せに生きることに不満はない。
ずいぶんとこじれた思いだと、自分で考えて可笑しくなった。
もちろん、表情には少しも見せるわけはないが。