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いつかベランダできみと ~自分が嫌いなオオカミは年上美女の青い目で過去の呪縛を解かれるか?~  作者: エタミケイ


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レオの追憶①

エレンのことについて、ロブから牽制を受けたレオ。

彼はふと、エレンと過ごした昔の時間を思い出して……。

休憩時間にビルの玄関まで下りると、俺はいつもの灰皿の前で煙草に火を点けた。

すーっと息を吸い込んで、白く長い煙を吐き出す。

さっきのあいつ……ロブとかいうオオカミの目を思い出した。


気まぐれにエレンを傷つけるような真似をするなら、そん時は俺だってただじゃ済ませない。


寒気がするほど、熱血漢ぶった台詞だ。

ああいう真っ直ぐなやつが、俺は一番嫌いだった。


俺はまた煙草の煙を吐き出すと、まだ半分も吸っていないそれを、灰皿に擦りつけた。

煙草の煙が追いすがって来るのを感じながら、ビルの中に戻る。


俺が大嫌いな獣共のいる、クソッたれな職場に戻るためにだ。

エレベータのボタンを押しながら、俺はふと、エレンのことを思い出していた。


***


俺が言うのも何だけど、小汚い子どもだと思った。

黒い髪の毛はくしゃくしゃに絡まっていて、男だか女だか分かりゃしない。

収容所の中で一番のチビなのか、いつも他のやつにパンを盗られて泣いていた。


「ほらよ」


何であの時パンを差し出したのか、今ではもう分からない。

ほんの出来心だったとは思う。


涙で顔を汚したその子どもは、急いでパンを口に詰め込む。

あまりにガツガツやるもんだから、途中でむせる始末だ。

そんな様子に心を動かされでもしたのか、俺は性懲りもなく、二切れ目のパンを差し出したのだった。


それを手ににっこり笑ったあいつの、あの瞳の青さは今でもよく覚えている。

小汚い格好をしてはいたけど、目だけはクリクリとして可愛らしかった。


餌をやると懐くのは、人も獣も同じらしい。

パンを分けてやったあの日以来、あいつは俺について回るようになった。

面倒なことになった、出来心でパンなんかやるんじゃなかったと、最初は心底悔いた。


ここでは、馴れ合いは必要ない。

友達だろうと恋人だろうと家族だろうと、自分が生きるためには見限らなくてはならない。


役に立つならまだしも、こっちが助けてやらなきゃならないようなガキなんて、はっきり言って邪魔なだけだ。

まとわりついてくるあいつを、俺は何度も振り払った。


もうパンをやることはしなくなったけど、俺の傍にいるおかげで、あいつはパンを盗られなくなったらしかった。

それで、あいつは俺について回ることにしたのか?

そう考えた俺は、ある日あいつに言ってやった。


「もう、付きまとうのは止めろ」

「どんなに待ったって、もうパンはやらねえ」

「鬱陶しいんだよ」


俺がギロリと睨んでも、あいつは目の前に突っ立ったままだった。

指を咥えて、床に座り込んでいる俺を見ている。


「パンを盗られるのが心配なら、次から俺のことを言えばいい」

「もう誰も、おまえの分を取ったりはしねえ」

「だからもう、付きまとうのは止めろ」


俺の言うことが難しかったのか、あいつはなおも指を咥えて、小首を傾げているばかりだった。

相変わらず、俺の傍に付いて離れない。

一体どうすれば分からせることが出来るのか、俺は困っていた。


困るも何も、分からせることが出来ないなら振り切るだけじゃないか?

そんな考えが頭をよぎった時、妙なことが起こった。


「ん、ん」

「は?」


あいつが、俺の顔を指さしている。

あの不思議に青い目で、じっと俺を見ている。


「ケガ……痛い?」

「何だって?」


あいつは、まだまだ子どもっぽい手を、俺の眉に触れさせた。

そこには、縦に数センチの古傷がある。

以前ヘマをやって、看守に痛めつけられて出来た傷だった。


「いたいの、とーんでけー」


今でも時折鈍く痛むそれを、あいつの小さな手が撫でている。

何度も撫でては、目を細めて笑っている。

たっだ、それだけのことだったのに。


それだけのことだったのに、俺の中で何かが変わってしまった。

あいつは、足元をうろつき回る迷惑者じゃなく、いなくてはならない、なくてはならない存在になってしまった。


たった一人。


たった一人の、何の役にも立たないはずの小さな女の子。

それが、俺の中で大きな部分を占めるようになった。

彼女は俺が人生で初めて得た、家族と呼べる存在になってしまった。


そういう存在がいることは、ここでは恐ろしいほどに重要な意味を持つ。

何の希望の見出せない、こんな場所では。


「おい、そこのお前」

「てめえ、さっさと行きやがれ」


収容所で、獣たちが人間の名前を呼ぶことはない。

番号すらない。

人間どもに何らかの区別をつけて、管理したりする気はないということだ。


いつからか俺は、くしゃくしゃの髪をした彼女を【チビスケ】と呼ぶようになった。

あいつはあいつで、俺のことを【お兄ちゃん】と呼ぶのだった。


俺たちは互いを、()()()()()()()ではなく、()()()()()()()()として認識するようになった。


あいつを猫可愛がりするようなことはなかったが、面倒事に巻き込まれないよう、いつも注意していた。

世話を焼いてやることは間違いなくあいつのためになっただろうけど、同時に、俺のためにもなっていた。

何も出来ない非力な彼女だったけど、傍にいるだけで温かだった。

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