後悔と小さな再会
エレンを傷つけてしまい、ロブは部屋を飛び出して町に出た。
そこで彼は偶然、フローリアンと再会する。
彼のうちに泊めてもらうことになったロブは、フローリアンに今しがた起こったことを説明するが……。
もうじき、日付が変わろうとしている。
週末を明日に控えた街中は、獣の通りもまばらになりつつあった。
俺だって、本当ならこんな時間にほっつき歩いてたりはしなかった。
本当なら今頃は、エレンと一緒にベッドの中にいたはずだ。
シローさんの愚痴に付き合わされた愚痴を、彼女にこぼしながら。
それは、大変だったわね。
エレンは笑って、俺の頭を優しく撫でるだろう。
それがすごく、心地いい。
でも、そんな時間を手放したのは俺自身なんだ。
たとえレオとエレンがキスしたのを見たとしても、あんな風に彼女を責める必要はなかったんじゃないか。
今はただ、そんな気持ちでいっぱいだった。
とりあえず、今日はどこかで夜明かしをするしかない。
とてもじゃないけど、帰って彼女の隣で眠れる気がしない。
「……ロブ?」
「ロブだよね?」
すれ違った誰かが、不意に俺の名前を呼んだ。
振り返ると、そこにはフローリアンがいた。
学生時代とまるで変らず、大きな目を細めて笑っていた。
*
「適当に座ってて」
「何か飲む?」
「いや、俺はいい……」
突然の再会から数分後、俺はフローリアンの部屋にいた。
院の友達と食事をした帰りだというフローリアンの部屋に、俺は泊めてもらえることになったのだった。
幸運なことに、同棲中の彼女は今日から旅行に出掛けているという。
いつもなら遠慮して断ったかもしれないけど、俺は彼に、話を聞いてもらいたいと思った。
高校時代、大学時代に、いつもそうしてもらっていたみたいに。
「えー、意外!」
「ロブもそんなことするんだね」
俺から事の次第を聞いたフローリアンは、しかし思ったより驚いてもいなかった。
恋人にあんな形で嫉妬心をぶつけたオスは、軽蔑されて見下されても仕方がないと思っていたのに……。
俺が大ごとだと感じていることは、大抵の場合、フローリアンに言わせればそうでもないことが多い。
今回の一件も、どうやらそういうことらしかった。
「ロブはさ、そのレオって先輩とエレンが会うことを、ずっと我慢してたの?」
「我慢……ていうか、そうだな……多分してた」
俺はフローリアンに、エレンがかつては保健所にいたことを話した。
そしてそこで彼女を見守ってやっていたのが、レオだったということもだ。
「エレンにとってのレオはさ、苦しい時を助けてくれた、大切な家族なんだよ」
「それが分かってたから、エレンが会いたいならそうすればいいと思ってた」
「でも俺、思ったよりずっと、そのことにストレス感じてたみたいなんだよな」
「自分の彼女がその兄貴と仲良くするのが嫌なんて、心狭くない?」
そう、だからこそ俺は、ずっと不満を押し殺していた。
俺を気に食わないでいるレオがエレンと会っていることは、ずっと嫌だったはずなのに。
余裕のあるオスでいたくて、見栄を張ってただけだった。
「ええー、そんなことないよ」
「僕にだってあるよ、そういう経験」
「僕たちオスはさ、独占欲の強い生き物だと思うんだ」
「相手が誰だろうと、それこそ兄弟じゃなく父親だったとしても、彼女の気持ちがそっちに向きそうなら不機嫌にもなっちゃう」
「こういうのって、昔の名残なのかな?」
「昔の獣はさ、兄弟や親とだって、場合によってはツガうことがあったわけだよね」
「今はそんなことしないけど、身内にさえパートナーを取られるかもっていう警戒心だけ、しつこく遺伝子の中に残ってるのかも」
フローリアンは、手にしていた炭酸水をぐっとあおった。
キャップの開いたボトルの中で弾けるパチパチとした泡を、俺はフローリアンの話を聞きながら、何とはなしに見ていた。
「そういうもんかな……」
「そういうもんだよ」
「深刻に考え過ぎなくて、大丈夫だってば」
フローリアンは、朗らかに笑った。
その懐かしい笑顔に、俺は救われた気持ちになる。
「問題があったとしたら、気持ちのぶつけ方なんじゃないかな」
「我慢して爆発させる前に、もっといい発散の仕方があったと思うよ」
「きみたちは、もっとケンカしなきゃ」
ケンカ? と聞いた俺に、フローリアンは頷いて見せた。
思えば、付き合って以来、ケンカらしいケンカどころか、言い合いみたいのもしたことがなかったような気がする。
「ロブがエレンを思って、今まで我慢してきたのは偉いよ」
「だけどこういうことになっちゃったら、それもよかったのか分からなくなるよね」
「自分がどう感じてるかは、口に出してもいいんだよ」
「好きとか愛してるって言葉ばかりじゃなく、何を嫌だと思ってるか、相手に知ってもらうことは重要だよ」
「それを聞いて相手がどう思うか考えると憂鬱になるのも分かるし、言ったことで相手を悩ませることにもなりかねない」
「だけど、爆発させた気持ちをぶつけるよりは、ずっとましじゃないかな」
「僕たちみんな、そんなに万能じゃないんだからさ」
「まずは気持ちをぶつけ合って、そこから考えればいいと思うよ」
「それにね」
「うん?」
「ケンカの後って、これまた燃えるんだよねえ」
フローリアンが言うと、この手の下ネタも実に爽やかに聞こえる。
こういうところも、相変わらずだった。
フローリアンはニヤッと笑ってまた水を飲むと、キャップを締めた。
それを冷蔵庫にしまいに行く彼の背中を見ていたら、胸の中に溜まっていたモヤモヤが急にすっとなくなったように感じる。
「フローリアンは、きっといいカウンセラーになるよ」
「本当? ありがとねー」
はははと笑うと、彼はバスルームに向かった。
その背中を見送った俺は、枕とブランケットを用意してもらったソファに横になる。
しばらくして、シャワーの流れる微かな音が耳まで届く。
それを聞いているうちに、瞼の幕がゆっくりと下がっていった。




