ロブの憂鬱
再会後、急速に近付きつつあるエレンとレオに、ロブはやきもきする。
エレンのことを思って、彼女の連絡先をレオに渡すが、レオから連絡が来たと喜ぶエレンに複雑な気分になって……。
「ロブ、聞いたぜ?」
「レオとおまえの彼女、古い知り合いだったんだって?」
休憩時間、シローさんが声を落として尋ねてきた。
小さい部署だから、このことは瞬く間に広まったらしかった。
「ムースに聞いたんですか?」
「そうそう」
「あいつ、情報通だから……」
あの日の俺たちは、ムースにばっちりと見られていたらしかった。
衝撃の再会現場を目撃したムースは独自の情報網を駆使して、俺たちの相関図を描き出してみせたのだった。
「世間は狭いってことだよなあ」
「近くに知り合いがいるって分かって、レオがちょっとは軟化してくれると助かるけどな」
シローさんは、レオとエレンの再会をよく思っているような口振りだった。
いや、彼らに訪れた再会は、間違いなく喜ばれるべきものだとは思ってる。
でも、素直にそれを喜んでやれない俺がいるのも、また事実なのだった。
レオとの再会を果たしたエレンは、その週末中、どこかぼんやりとしていた。
彼女の中が、俺の知らないレオとの思い出でいっぱいになっているのは、想像に難くなかった。
エレンは何度か、俺に何かを言おうと口を開きかけたこともあった。
意を決して言葉を発したのに、その瞬間にはそれを悔いているような、どうにも変な感じだった。
その妙な雰囲気の正体が何なのか、俺には分かっていた。
だからこそ、居心地の悪さが漂う週末が開けた時、俺は真っ先にレオを訪ねたのだった。
「これ」
デスクに座って作業をしていたレオは、俺の手にある紙切れを訝し気に見つめた。
おそらくそのメモを差し出さなくても、彼は同じような目で俺を見たはずだ。
「……連絡先です」
「エレンの」
思うに、エレンの様子がおかしかったのは、こういうことだった。
彼女は俺に、レオの連絡先を聞きたかったに違いない。
再会を果たしはしたが、彼らはその先に進む術を、何も持ってはいなかった。
エレンは俺を通し、レオと連絡を取りたかったはずだ。
だけど、俺たちの仲が上手くいっていないのも知っていて、それでなかなか言い出せなかったんだろう。
レオのことは好きじゃないし、彼だって獣の俺を嫌っている。
それでもエレンのことを思えば、こうするのが正解だと思えたんだ。
「何か、連絡してやってください」
「彼女、待っていると思います」
「……」
レオは何も言わなかった。
ただ、俺が差し出したメモを黙って受け取ったところを見ると、彼もまた、エレンと連絡を取りたがっているのは明白だった。
今の俺は言うなれば、1組の男女を結びつける糸みたいなもんだ。
ただ2人を繋ぐために、そこにある糸……。
*
「ロブ、ありがとう!」
その日、俺が帰るや否や、エレンは飛び上がって俺に抱きついてきた。
こんなに嬉しそうな彼女を見るのは久しぶりに思えて、俺まで幸せな気持ちになった。
「どうしたの、急に」
「お兄ちゃん……レオに、わたしの連絡先を教えてくれたんでしょ?」
「ついさっき、彼から電話が来たのよ!」
「もうわたし、びっくりしちゃって……」
満面の笑顔でそう答える恋人をゆっくりと床に下ろしながら、俺はかなり複雑な気分だった。
俺のやったことで彼女が喜んでいるのは、素直に嬉しい。
そのはずなのに、気持ちにどうもノイズが混じる。
一旦抱えてしまったその違和感は、拭い去ることが出来なかった。
食事をしながら、エレンはレオと話したことを俺に話して聞かせる。
他愛ない内容を彼女が嬉しそうに話すのが、俺の心に波を立てる。
そのたびに、俺は自分に言い聞かせた。
レオは、エレンにとっての兄貴なんだ。
恋人が自分の家族について話すのを、いちいち気に病むことなんてない……。
何度も自分にそう言いながら、俺はエレンの気持ちを受け入れようと頑張っていた。
彼女の話を笑って聞き、レオとエレンが再会出来たのは、この上ない幸運だったんだと思い込もうとしていた。
「それでね、今度レオのうちに行ってみようと思うんだけど……」
「え?」
「ロブも、行かない?」
ベッドに潜り込んだ時、エレンは唐突にそんな提案をした。
仕事以外で、レオと会いたいか?
答えは、考えるまでもなかった。
それ以上に、エレンとレオが会う現場に、自分が居合わせることの意味を考えた。
それじゃまるで、監視してるみたいじゃないか。
2人の間で、何か間違いが起こるんじゃないかって心配している。
彼にそんな風に思われることを、俺は想像した。
言葉に言い表せない、嫌な気分が体を駆け巡った。
端的に言えば、そんなことをすれば、俺はかなり嫉妬深いオスってことになる。
エレンと一緒に訪ねたら、あいつがどんな顔をして出迎えるかも分かるような気がした。
「んー、俺はやめとこうかな」
「せっかくの再会だろ?」
「水入らずで楽しんできたらいいよ」
俺は平静を装って、そう答えた。
エレンがそれを言葉通りに受け取ってくれたかは、よく分からない。
俺たちが不仲なことを知っている彼女は、そのせいかと思ったかもしれなかった。
その後、エレンはレオと連絡を取り、数日後の週末に彼を訪ねることになったみたいだった。
俺が行かないと言った時には何か考える様子だった彼女も、今ではレオとの時間を心待ちにしている風がある。
それでいい。
エレンの中で、俺とレオが占める場所は、それぞれ混じり合わないところにあるんだ。
彼女がレオと共有する時間を増やしたとしても、それで俺の存在が薄れるわけじゃない。
俺はそう、自分に言い聞かせた。
言い聞かせるということ自体に、意地のようなものを感じながらだ。